第16話 不自然な影を見つけました
九王たちは気象研究所の建物から出て、トラックに乗り込んでいた。
「もう用は済んだから、おうちに帰るのか?」
「それもいいんですが、せっかくの研究学園都市ですから、もうちょっと散策してもいいと思うんですよ」
「確かに、ここには研究所がたくさんあるからね。何か面白いものが見つかるかもしれないね」
九王の意見にウッマが賛同する。
「確かに、さっきの気象研究所でいいデータが回収できたからな。だが本当にいいデータがあるかは分からないぞ? 今回は運が良かっただけで、これから行く場所には使えないか、最先端すぎる技術データしかない可能性だってある」
「それでも、私たちの未来に繋がる可能性があります。それに、研究に無駄はないんです。どんなデータにだって私たちの糧になるはずですから」
それを聞いた小堀は、銀河艦隊にいた頃を思い出す。銀河艦隊に所属する十数隻のストレージ艦隊には、当時の地球にあったデータ以外にも艦隊が宇宙に進出した頃からのデータが全て保存されている。その中には宇宙時代の研究データも当然ながら大量に存在するのだ。小堀が工学の博士課程に進んだ際、このストレージ艦隊に保存されていた研究データを使って博士課程を修了した経緯がある。
「……確かに無駄になるものはないな」
そういって小堀はエンジンを始動し、気象研究所を離れる。大通りに出ようと、門のところで一時停止した時だった。
小堀の運転に口出ししようとした九王が、運転席の小堀のことを見た視線の先に、何か大きめの影が動くのを見た。
「えっ?」
「あ? なんだ?」
「今、右方向に何か動く影を見ました」
「動く影? 錯覚じゃ……ないか、機械だし」
直後に九王は叫ぶ。
「もしかしたら幽霊かもしれません! 追ってください!」
「追ってくださいって……」
「ほら! ハーリーハーリー!」
「煽ってんのかよ……、全く……」
仕方ないな、という表情をして、小堀はハンドルを右に切る。そしてアクセルをベタ踏みした。
エンジンの回転数が急に上がり、甲高い音が周囲に響き渡る。ギアを1から3にいきなり上げられるほどの速度に達していた。
スピードが上がると、歩道上を走る二足歩行の何かがいることに気が付く。
「アレは……、人類?」
「……いや、アレは仲間だ」
踏み込んだアクセルを緩めながら、小堀はクラクションを何度か鳴らす。
二足歩行の何かは、こちらの様子を見る。その風貌は、小堀にそっくりだった。
「aap……」
「……何語?」
だが、話している言語が異なっていたようだ。
しばらくして。
「君もこの列島の調査に参加した一人か。同郷のヤツと会えて嬉しいよ」
彼はハルバルジャン・シン。地球で言えばインド系の血筋を持った、小堀と同じクローンサイボーグである。
今は九王たちに合わせて、日本語による自動翻訳をしてもらっている。
「シンはこの辺りの環境調査をしているのか?」
「あぁ。ここは研究者にとって素晴らしい環境だよ。一つの建物からデータを吸い上げるだけで数日は時間が消える。今この瞬間も母艦にデータを送信しているところだ」
「それは良いことだな」
そんな話を切り上げ、シンは九王の方を見る。
「それで、彼女は一体何者なんだ?」
「彼女はこの国の研究機関が開発した、環境測定専門のヒューマノイドだ。彼女から環境データを多少譲ってもらっている」
「ほう、そいつはラッキーだな。いくらかデータ収集が楽になっただろう?」
「まぁ、確かにな」
「それで、そのデータは母艦に送ったのか?」
「……あー、まだだ。ちょっと通信機器が調子悪くてな……」
嘘である。本当はシャトルに置きっぱなしで、持ってくるのを忘れていただけだ。
「そうか。なら母艦からのメッセージを伝えておこう。どうやら地上から異常な電磁波が発生しているようだ。間違っちゃいけないのは、強力ではなく異常という点だ」
「異常って、何が異常なんだ?」
「波長の長さだ。2.554ピコメートル。ガンマ線の領域にあるこの電磁波が、地上から発せられているらしい」
「ガンマ線……」
「母艦と突撃調査隊では、ソルレイバーストと呼ぶことにした」
「直訳で、地球線バースト……、ですか」
シンの言葉に、九王はブツブツと呟く。
「念のため、追加の調査員を送ってくれるらしい。体調がすぐれないとか、脳の疲労感が段違いとかあるなら、一回母艦に戻ることを推奨していると連絡が来た。お前も通信機器の不調が直ったら確認することだな」
そういってシンは荷物を背負いなおす。
「俺はこのまま追加の調査員と合流して、ソルレイバーストの調査も行っていくつもりだ。またどこかで会う日が来るだろう。ではさらばだ、小堀」
そういってシンはダッシュで北に走っていった。
「なんか元気な人でしたね」
九王は小堀に言う。
「まぁ、ああいう感じのヤツじゃないと、この任務を達成することはできないからな」
小堀はトラックに乗り、エンジンをかける。
「とにかく、今日のところはこの辺で終わりにして。帰ろうぜ」
「そうですね」
九王もトラックに乗り込み、一行は理研のある埼玉県和光市へと進むのだった。




