第14話 ありえませんでした
柏市インターチェンジから少し離れた所にある江戸川。その江戸川沿いにある閑静な住宅街の中に、目的の事故物件はあった。
「流山市にある5階建てのマンションの4階に、その事故物件があると言います」
「その情報の出所はどこなんだ?」
「ネットにあった事故物件紹介サイト『中島てゐ』というサイトからです」
「それ信用できるのか? いや、俺としては信用できないほうがありがたいのだが……」
九王のガイドにより、小堀は仕方なく事故物件であるマンションの駐車場に入る。
「で、このホルンメゾンⅢがその事故物件ってわけね」
大通りに面している5階建てのマンションを見上げる小堀。
「マンションとしてはそんなに大きくないが、それでもここに住めたなら気分は上がるだろうな」
小堀はそんなことを言うが、当のマンションは共用の場所で雑草が生い茂っており、少々使い勝手が悪そうに見える。
「ここの角部屋である404号室が事故物件となっているそうです。早速行ってみましょう」
「おう。じゃあ俺はトラックで待機してるぜ」
「何言ってるんですか。小堀さんも来るんですよ?」
「俺は嫌だって言ったじゃんかよぉ!」
「ですが、今回はウッマが入れるような場所じゃないので……」
「僕、階段は苦手なんだ」
ウッマは当然のように言う。
「じゃあなんでここに来たんだよ! 俺ありきで来てるじゃねーか!」
「本当なら人手はあればあるだけ嬉しいんですが、そうも言ってられないので……」
「とにかく、俺は絶対にいかないからな」
小堀はさっさとトラックの運転席に乗り込む。
しかし九王には、何か秘策があるようだ。
「でもいいんですか? 将来的に小堀さんの仲間が大勢地球に再入植するんですよね? インフラがそのまま使える、とか言ってましたけど、本当にそうでしょうか? 地球人類が滅亡してからすでに数十年も経っていますから、もしかしたらどこかに致命的な欠陥が生じてる可能性も無きにしも非ずですよ? その事前調査もしておいたほうがいいんじゃないですか?」
九王は小堀に聞こえるように、ワザと大声で話す。
「クッ……! こっちの調査目的の一つをベラベラしゃべりやがって……!」
小堀も自分の仕事をこなす必要があるのは分かっている。しかし、自分に課せられた任務と心霊を天秤にかけた時、どちらが重要であるかは明白だ。
「……クソッ!」
小堀はトラックから降りて、ウッマの元に向かう。
「この計測装置を持って部屋に向かえばいいんだろ!?」
「話が分かるようで助かります」
「なんでこんなヤツと一緒に行動しちまったんだよマジで……」
小堀はそんなことをブツクサと言いながら、九王と共にマンションへと入る。
階段を上がり、4階へ。そしてその奥の角部屋である404号室へと到着した。
「いやぁ、不気味さがマシマシですねぇ」
「そんなのどうでもいいから、さっさと用事済ませようぜ……」
小堀に急かされるように、九王は部屋の扉を開ける。中は人が住んでいた様子はなく、家具がない空っぽの状態だった。
「うわぁ……。物がないっていうのが、より一層恐怖を引き立たせてるぞオイ……」
小堀はビビりながら、部屋の外から様子を伺う。九王は特に何も感じないようで、そのままスッと中に入る。
「ちょ、一人にしないでくれ……!」
扉が閉まる前に、小堀は部屋の中へと入った。
「うーん、何か変な物があるとかではないんですね」
「そんな呪物みたいなのがあったらこっちが困るんだが……」
小堀は計測装置を床に置き、部屋の中を見る。
「とにかく、俺は俺の仕事をさっさと片付ける。観測調査には付き合うが、何もするつもりはないからな!」
「それで大丈夫ですよ」
そうして、九王は計測装置の展開を、小堀は建造物の調査を開始する。
小堀は壁に小さなハンマーをコンコンと叩きつけ、反響する音の様子を耳で拾っている。
一方で九王のほうは、計測機器の展開が終わったようで、今度は部屋のあちこちにアクションカメラを仕掛けていた。すでに全てのカメラと同期できるように設定しており、些細な変化すら見逃さないようにしていた。
「では心霊観測を行います。小堀さん、調査は終わりましたか?」
「まぁな……。今はまだ自立できているが、5年以内には倒壊するってことが分かったぜ……」
「それならいいです。それでは清応49年5月5日19時44分、心霊観測を行います。小堀さんはなるべく動かないで静かにしていてください」
「……言われなくても」
そうしてしばらく静かな時間がやってくる。虫の鳴き声一つも聞こえない、非常に静寂な時間だ。
何も音がしないまま数時間が経過した。時刻はまもなく24時を過ぎるころだ。
その時だった。
『パチッ』
南側にある窓の近くで、単発のラップ音が響く。それを聞いた小堀は鬼の形相になり、無言で体を丸め耳を塞いでいた。
九王はすぐさま聞こえた音を簡易解析に回す。音の性質として、木材からたまに発せられる音に似ていたが、それにしては雑音が混ざり過ぎているようだった。
再び無音の時間が続くが、それも長くはなかった。
『パン』『パン』『ドン』
続くラップ音。今度は木材とは違う、叩かれるような音も聞こえてくる。
『コン』『コン』『コン』
少し遠くで叩かれていた音が、少しずつこちらに接近してきているようだった。
そしてその音は突然やってくる。
『トットットットッ』
部屋の外の廊下で、誰かが駆ける音がした。
(これはさすがにおかしいですね……)
九王は不思議に思い、同期していたカメラの映像を確認する。しかし部屋の外にカメラは仕掛けておらず、残念ながら音の発生源は不明だった。
ならばと計測機器とカメラを総動員して、簡易立体音響測距システムを構築する。そして音の響きから音の発生源を特定しようとした。
簡易的ではあるものの、音の発生源が分かった。部屋の扉から外へ4mの所だ。
(4m?)
それはおかしい。そこは廊下のさらに向こうだからだ。
その後も音が鳴るたび、立体音響測距システムを使用して音の発生源を確認しようとしたが、小堀から発せられる音以外は、壁や床の中から聞こえているのだ。
だが、それ以上の情報は得られないまま、九王と小堀は朝を迎えた。
「やっと朝か……」
朝日を確認した小堀は、グロッキーな表情で体を起こす。
九王は何か釈然としない表情だった。
「もういいだろ、戻ろうぜ……」
「……そうですね」
そういって九王と小堀はカメラを回収し、計測機器を持って撤収するのだった。




