第7話:決戦!灰の蛇のボスとの最終ラウンド
王城前の広場は、まさに地獄絵図だった。
瓦礫と炎があたり一面を覆い、黒煙が夜空に渦を巻いて昇っていく。
焦げた木材と血の匂いが鼻をつき、避難しきれなかった人々の悲鳴が絶え間なく響き渡っていた。
必死に防衛線を張る兵士たちの怒号も、崩れ落ちる城壁の轟音にかき消されていく。
「……ここまで酷いとは……!」
アスタルテは、喉の奥がきゅっと縮むのを感じた。
魔王城に引きこもっていた頃は知り得なかった、人間界の混沌と痛みが目の前に広がっている。
「魔王クン、顔が真っ青だよ! でも立って! あれ、見て!」
ルミの指差す先、炎の向こうに一際異質な存在が現れた。
広場の奥、黒煙を背に赤い瞳がぎらりと光った。
周囲の兵士たちが息を呑み、一斉に後退する。
「……やはり来たか」
重苦しい低音が広場に響いた。
灰の蛇のボス――これまでアスタルテたちを執拗に狙ってきた存在が、ついに姿を現したのだ。
背丈はアスタルテの倍近くあり、漆黒のローブはまるで闇そのもの。
その足取りはゆっくりだが、放たれる魔力の圧に地面が軋む。
「アスタルテ。“開門者”よ、今度こそ私のもとへ来い」
「そんなわけないだろ!」
アスタルテが一歩前に出て叫んだ。
ボスの赤い瞳が細まり、冷笑が浮かぶ。
「ならば、君を力尽くで連れて行く。王国ごと――」
ボスが片手を上げた瞬間、王城全体が不気味な紫の光に包まれた。
「やば……!」
カナエが短剣を握りしめ、グレイが聖杖を掲げた。
だがボスの魔力は桁違いで、広場全体が押し潰されるような重圧に震える。
「アスタルテ、どうする!?」
ルミが振り返った。
アスタルテは迷わなかった。両手を広げ、魔力を全開に解き放つ。
「――《共鳴虚空結界・極界》!」
紫と白の光が王城全体を包み込み、ボスの魔力と正面からぶつかり合う。
衝撃が大地を揺らし、アスタルテの膝がガクガクと震えた。
「くっ……重い……! これ、持たないかもしれない!」
「魔王クン、アタシたちが支えるから!」
ルミが剣を構えて前に出た。
カナエが影のように背後に回り込み、グレイが聖光の魔法を展開する。
「……無駄だ」
ボスが指先を軽く動かした。
地面の至るところから黒い鎖がうねりを上げて伸び、ルミたちの手足に絡みつく。
「なっ……!? これ、引き剥がせない……!」
鎖はまるで生き物のように絡みつき、仲間たちを地面に縫いつけた。
ルミが剣を振るっても、鎖はあっさりと再生する。
「灰の蛇の力の本質は“支配”だ。君たちに抗う力はない」
「そんなの、ふざけないで!」
ルミが必死に鎖を断ち切ろうとするが、ボスの魔力は圧倒的すぎた。
「アスタルテ。君の力を使えば、こんな無駄な戦いは必要ない」
ボスの低い声が響き、赤い瞳がアスタルテの奥底を射抜く。
「世界を作り替えられるんだぞ? 君の望む世界を、すべての痛みから解放された世界を……」
「……!」
アスタルテの心が一瞬揺れた。
その甘美な響きに、これまでの孤独や恐怖が反応する。
(もし、この力で……全部終わらせられるなら……)
しかし、その背後から声が届いた。
「魔王クン、アタシたち信じてよ!」
ルミが鎖に縛られながらも必死に叫んでいた。
「ルミ……」
「アタシたち、魔王クンと一緒だからここまで来れたんだよ!」
カナエも短剣を握った手で鎖を引きちぎろうとしながら叫ぶ。
「一人じゃない! 今のお前ならできる!」
「……そうだ」
グレイの声が重なった。
「君はもう独りじゃない」
アスタルテの胸に温かい光が広がっていく。
孤独だった魔王城での記憶が、今の仲間たちの顔で塗り替えられていく。
「……俺は……お前なんかの誘いには乗らない!」
アスタルテの声が広場に響いた。
紫と白の光がさらに強く輝き、結界が一気に拡張される。
「――《共鳴虚空結界・極光》!!」
圧倒的な光が鎖を砕き、仲間たちを解放した。
広場の空気が一瞬澄んだように感じられた。
「ルミ、カナエ、グレイ! 今だ!」
「おっけー☆」
ルミが剣を振り上げ、カナエとグレイが左右から援護に回る。
アスタルテは全魔力をルミの剣に注ぎ込んだ。
剣が紫と白の巨大な光刃へと変貌する。
「――《共鳴虚空斬・終極》!!!」
ルミが渾身の力で剣を振り下ろす。
光刃が一直線にボスへ向かい、轟音と共に空気を裂いた。
「ぐ……ぬぅぅぅぅっ!!」
ボスが漆黒の魔力で防御を試みるが、仲間たちの連携はそれを上回った。
カナエが急所を狙い、グレイの聖光が防御を弱め、ルミの剣が防御を打ち砕いた。
赤い瞳が絶望に染まる。
「ば……かな……!」
閃光が王城前の広場を貫き、轟音が響き渡った。
灰の蛇のボスはその場に膝をつき、ゆっくりと崩れ落ちた。
広場には、炎のぱちぱちと燃える音と、遠くで鳴く鐘の音だけが残る。
「……終わったの?」
カナエが短剣を下ろし、グレイが静かに頷いた。
「ボスは消えた。だが灰の蛇の残党がまだどこかに潜んでいるはずだ」
「でも……王国は守れたよ!」
ルミが剣を下ろし、振り返ってアスタルテに笑いかけた。
「魔王クンのおかげだよ!」
「……いや、みんなのおかげだ」
アスタルテも微笑み返す。
その目には、もう以前のような迷いはなかった。
王国の鐘が静かに鳴り響く。
兵士や市民たちが少しずつ立ち上がり、互いの無事を確かめ合う。
「魔王クン、これからどうする?」
ルミが問いかけると、アスタルテは空を見上げた。
黒煙の向こうに夜空の星がわずかに瞬いている。
「……世界はまだ危険に満ちてる。
でも、もう一人じゃない。俺たちなら乗り越えられる」
「よーし☆ 世界救済チーム、再出発だね!」
「その名前、やっぱりやめてくれないか……?」
アスタルテは呆れたようにため息をついたが、口元は自然と笑っていた。
こうして――陰キャ魔王とギャル勇者の世界救済の旅は、第一幕の幕を閉じた。
灰の蛇のボスを打ち破り、王国は守られた。
だが世界の脅威はまだ終わっていない――!
次回から第二幕、新たな大陸編がスタート!
陰キャ魔王とギャル勇者の冒険は続く!
※第一幕完走したよー!感想をもらえるとめちゃ嬉しいです