第5話:灰の蛇のボス前哨戦!陰キャ魔王の力が覚醒…!?
沼地の廃墟の奥。
アスタルテたち4人は、崩れかけた石造りの通路を慎重に進んでいた。
天井の石が不気味に軋む音を立て、ところどころから冷たい水がぽたぽたと落ちている。
足元の石畳は苔に覆われ、滑りそうになるたびにアスタルテの心臓は跳ね上がった。
「……嫌な気配がする」
カナエが短剣を構え、猫のように周囲の気配を探っている。
彼女の低い声にルミが小声で返した。
「ね、ちょっと怖いんだけど……」
「怖いとか言わないの。そういうのが一番フラグ立つんだから」
グレイが聖杖を握りしめながら頷いた。
「ここまで露骨に敵が出てこないのも不自然だな。罠かもしれん」
「魔王クン、結界スタンバイしておこ?」
「……分かった」
アスタルテは深く息を吸い込み、魔力を練り始めた。
しかし、その瞬間――。
通路が突然、鈍い音を立てて崩れた。
「きゃっ!?」
地面が足元から消え、全員が暗闇の中へと落下した。
瓦礫の塊が周囲を飛び交い、石の破片が肩や腕をかすめるたびに痛みが走る。
「わ、わあああっ!?」
「落ち着け!」グレイが叫ぶ。「魔力で身体を守れ!」
アスタルテは慌てて簡易結界を展開し、落下の衝撃を緩和した。
全員が崩れた床の下、広大な広間へと叩きつけられる。
床の石が割れ、砂埃が舞い上がった。
「……いったぁ……」
ルミが尻もちをつきながら周囲を見渡す。
その足元には、紫色の魔法陣が広間全体を覆っていた。
魔力の脈動が足裏にびりびりと伝わる。
「閉じ込められた!?」
「……来るわよ」
カナエの言葉と同時に、闇の奥から複数の気配が現れた。
広間の四方から現れたのは、これまでの魔族兵器とは比べ物にならないほど大型の個体だった。
鎧のような外装をまとい、刃や槍のように変形した腕を振りかざしている。
その中央に立つ一人の人影が、一際強い魔力を放っていた。
「……ようやく来たか」
低い声が響く。
赤い瞳がぎらりと輝き、その男の姿を見てアスタルテは凍りついた。
「お前……!」
ルミが即座に剣を構える。
「灰の蛇のボス……!」
「その通りだ、勇者。そして“開門者”アスタルテ」
男はゆっくりと歩み出た。
黒いローブの裾が床を擦り、広間に魔力の重圧が広がっていく。
「君の力があれば、世界を変えることができる。――私のもとに来い」
「……は?」
アスタルテは言葉を失った。
何を言っているのか理解できず、口がぱくぱくと動くだけだった。
「ちょ、なに誘ってんの!?」
ルミが即座に叫んだが、ボスは一瞥するだけで無視した。
「アスタルテ。君の力は世界の法則を超えている。
虚空魔法ではなく、“門”を開く力だ」
「門……?」
「君はまだ知らないだろうが、その力で世界のルールを書き換えられる。
君が望めば、この世界すら作り替えられるのだ」
「……っ!」
アスタルテの背筋が冷たくなった。
だがルミが前に飛び出して言い放つ。
「ふざけないで! 魔王クンはアタシたちの仲間だよ!」
「……仲間?」
ボスの赤い瞳がさらに光を増した。
「くだらない」
「全員、始末しろ」
ボスの号令で魔族兵器が一斉に動き出した。
「防御を固めろ! アスタルテ、結界だ!」
グレイが聖杖を掲げて叫ぶ。
「……ああっ!」
アスタルテは急いで結界を展開したが、敵の攻撃は重すぎた。
刃が結界に突き立つたびに耳をつんざく音が響き、ひびが次々と走る。
「くっ……持たない!」
「魔王クン、耐えて!」
ルミが剣を振るい、カナエが影のように敵兵器を切り裂く。
だが数が多すぎた。
「このままじゃ……!」
アスタルテの胸の奥で、紫と白の魔力が渦を巻き始める。
(俺が……みんなを守らないと……!)
「――《共鳴虚空結界・極界》!!」
アスタルテの身体から爆発的な光が広間を包み込み、敵兵器を一気に吹き飛ばした。
「す、すご……!」
ルミが目を見開く。
カナエでさえ口元をわずかに開けたまま動きを止めていた。
しかし、アスタルテはその場に膝をつき、肩で荒い息をしていた。
「……魔王クン、大丈夫!?」
「わ、分からない……でも、まだ……」
広間の奥で、ボスがゆっくりと歩み出てきた。
「やはりその力だ。やはり君は……“開門者”」
「俺は……お前なんかの仲間にならない!」
「そうか……ならば証明してみろ。君がその力を制御できるのかどうかを」
ボスが手をかざすと、広間全体の魔法陣が再び光を放ち始めた。
「……っ、これって!」
「広間ごと爆発させるつもりよ!」
カナエの声にアスタルテの顔が青ざめた。
「魔王クン、どうするの!?」
ルミが叫ぶ。
アスタルテは唇をかみしめながらも立ち上がった。
「……俺が……やる」
「でも――!」
「みんなを守るんだ!」
アスタルテは結界をさらに拡張し、魔法陣の暴走を食い止めようとする。
その背中をルミが支え、カナエが無言で背後に回った。
「大丈夫、アタシがいるから!」
「頼りにしてる」カナエが小さく呟いた。
グレイは祈りの言葉を紡ぎながら叫ぶ。
「行くぞ、全員の魔力を重ねろ!」
「――《共鳴虚空結界・極光》!!」
紫と白の光が広間全体を覆い、暴走する魔力を押し返していく。
「ぬぅぅぅぅぅっ……!」
アスタルテの全身が焼けるように熱かった。
だが仲間たちの手の温もりが確かにそこにあった。
やがて暴走は収まり、広間に静寂が訪れた。
だがボスの姿はどこにもなかった。
「逃げた……!?」
ルミが歯を食いしばった。
「今回の爆発は陽動ね。私たちを試したのよ」
カナエが短剣を握りしめる。
アスタルテは結界を解き、膝をついた。
「……俺のせいで……」
「ちょっと魔王クン、何言ってんの?」
ルミが真剣な顔で彼を見た。
「アタシたち、助かったんだよ。魔王クンのおかげで」
「……ルミ……」
アスタルテの胸に小さな温かさが広がった。
「次は負けない。絶対に、あいつを止める」
「よーし☆ それでこそ魔王クン!」
ルミが拳を突き出し、アスタルテも力なく笑いながら拳を重ねた。
灰の蛇のボスから語られた「開門者」の秘密。
そして、世界の危機はもう待ったなしに――!
次回、王国侵攻戦が勃発!
魔王クン、みんなを守れるのか!?
※ブクマで応援してもらえると、魔王クンが泣いて喜びます