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第1話:ギャル勇者、陰キャ魔王をスカウトする☆

 魔王アスタルテは、今日も自室に引きこもっていた。


 高い天井の石造りの部屋。壁一面に積み上がった古びた魔導書の山が、まるで要塞のように彼の周囲を囲んでいる。外界の光は遮られ、唯一の明かりは机に置かれた魔法灯の紫がかった淡い光だけだ。部屋の空気は乾ききり、紙とインクの匂いが濃厚に漂っていた。


 玉座も軍議室もほったらかし。広大な地下書庫の最奥に籠り、ひたすら古い知識を漁る毎日――魔王として名を轟かせた大陸の支配者とは思えない生活だ。


「……人間界、また勇者が生まれた? ふぅん、どうでもいい」


 アスタルテは、机の上に開いた新聞のような報告書にちらりと目をやった。表紙には「王国に新たな勇者誕生」という見出しが躍っている。だが彼の目はすぐ魔導書のページへと戻った。


 大陸を震撼させた“魔王”と人々が呼び恐れる存在だが、彼の暮らしぶりは驚くほど地味で静かだ。性格は内向的。会話は得意ではない。人前に出ると緊張で身体が硬直してしまう。軍勢を率いる覇王というよりは、極度の人見知りで人付き合いが壊滅的な、いわゆる“陰キャ”魔王だった。


 そんな彼のもとに――その日、とんでもない訪問者が現れた。


「おじゃましまーす☆」


 まるで友人の家に遊びに来たかのような軽い声が、突然響いた。


 次の瞬間、扉が勢いよく開き、蝶番がギギギと悲鳴を上げる。

 部屋の乾いた空気が一変した。太陽のように眩しい光をまとった少女が、まるで疾風のように飛び込んできたのだ。


 目がくらむほど明るい金髪のツインテール。胸元や裾がやけに短めの勇者服は装飾が派手で、動くたびにきらりと光を反射する。爪先にはギラギラしたネイルアートが施されており、まるで街の流行をそのまま体現したような姿だった。


 どう見ても“魔王討伐に来た勇者”というよりは、城下町の繁華街にいそうなギャルそのものだ。


「……誰?」


 あまりの唐突さに、アスタルテは抱えていた魔導書を床に落としてしまった。ぱさりと乾いた音が響き、埃が舞い上がる。


 少女はそんな彼の動揺など気にする様子もなく、まっすぐ歩み寄ってきた。

 大きな瞳がきらきらと輝き、満面の笑みを浮かべる。


「アタシ、勇者のルミ! 魔王クン、世界救いに行こっ☆」


「……は?」


 耳を疑った。勇者が魔王を“クン付け”で呼ぶことにも驚いたが、それ以上に「世界を救いに行こう」と誘ってくる意味が分からない。


「ちょっと待って。君、俺を討伐に来たんじゃ……?」


「は? 討伐とか古くない? 今どきは協力でしょ♡」


「いやいやいや、そんな軽いノリで……!」


 アスタルテは慌てて立ち上がり、椅子ががたんと後ろに倒れた。

 少女――ルミは勇者らしからぬ屈託のない笑顔を見せ、まるで友達を誘うかのように手を差し伸べてきた。


「アタシさ、最近分かっちゃったんだよね。世界ヤバいって」


「……?」


「裏で暗躍してる組織《灰の蛇》が、王国とか魔族の領地をじわじわ侵食してるの。このままじゃ人間も魔族も滅びちゃうよ?」


「灰の蛇……?」


 アスタルテはその名前に聞き覚えがあった。

 近ごろ魔族領でも不審な兵器の流通や暴動が起きている。その背後にいると噂される謎の組織――。


「でもさ、アタシ一人じゃムリぽ☆」


「いや勇者だろ……?」


「だから魔王クンの出番♡ 一緒に世界救っちゃお!」


 あまりにも唐突な勧誘に、アスタルテは完全に固まった。


「断る理由ある?」


「い、いや……理由しかないだろ!」


 アスタルテは慌ててルミの差し出した手を払いのけた。


「そもそも俺、人間界に出たこともないし……勇者と組むなんて前代未聞だし……!」


「前例とか関係なくない? アタシ、魔王クンならいけるって思ったんだよね」


「……な、なんで」


「目、いい感じだから☆」


「いや、理由が軽い!」


 アスタルテは思わず顔を覆った。

 どうやらこの少女、性格も思考も底抜けにポジティブらしい。


「でも本当に、魔王クンの力が必要なの。

 《灰の蛇》のボス、ヤバい力持ってるらしいし……」


 ルミの表情が一瞬だけ真剣になった。

 その目をまっすぐ見返した瞬間、アスタルテの胸の奥が少しだけざわついた。


「……っ」


「一緒に来てよ。アタシ、魔王クンとなら絶対勝てる気がする」


「……そんな簡単に言われても……」


「じゃあ一緒に来るまでここに居座るね☆」


「はああああっ!?」


 ルミはそのままアスタルテの部屋に腰を下ろした。

 その笑顔は動かざる決意に満ちていて、まるで城を落としに来た敵将のようだ。


 結局、アスタルテはルミに押し切られる形で外界に出ることになった。

 魔王城の重い門を出たのは、いったい何年ぶりだろう。


 曇り空の下、ひんやりとした風が肌を撫でる。

 アスタルテは緊張からか肩をすくめながら、ルミに半ば引きずられるように歩いた。


「よーし、まずは仲間集めだよ!」


「え、まだ集まってないのかよ!」


「当たり前じゃん☆ アタシと魔王クンのツートップから始めるの♡」


「俺もトップ扱いなの……?」


 ルミに手を引かれ、アスタルテは不安いっぱいの旅を始めた。

 だがその背後では、黒い影が木陰から彼らをじっと見つめていた。


 《灰の蛇》――この世界の秩序を壊そうとする謎の組織。

 その狙いは、アスタルテが持つ“開門者の力”だった。


「……これから大変なことになる予感しかしない」


「大丈夫だよ魔王クン、アタシがいるから☆」


「その自信どこから……」


 ツッコミを入れながらも、アスタルテはルミの手を離さなかった。

 陰キャ魔王とギャル勇者の、世界を救う旅が今、幕を開けた。



こうしてギャル勇者ルミに巻き込まれ、陰キャ魔王アスタルテの引きこもり生活は強制終了。

そして――想像以上にやばい旅が始まる。


次回、盗賊少女カナエと運命の出会い!?

魔王クン、人間界で生き残れるのか…!?


※ブクマ&応援コメントをもらえると魔王クンのHPが回復します✨

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