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池の底

一、


「はあ? 廃屋から声がする?」

 越冬する動物でも居着いてんじゃねえの、と適当なコメントをした志登に、報告を上げてきた夜勤明けの隊員は言い募る。

「副隊長、ちゃんと聞いてください! 人間の声なのに、探しても全然発見できないんです。三日に一度は誰かが捜しているのに、おかしいですよ!」

 【住】地区十七番街〈ロー〉には山と温泉地が多く、〈世界を滅ぼす〉大戦以前から営業している温泉宿も数多く存在する。隊員の言う廃屋も、大戦以前から営業をしていたが数年前に廃業した旅館だという。おまけに今は真冬であり、温泉宿はかきいれ時だった。くだんの旅館の周囲の宿もにぎわっている。

「正直に言いますけど、業務に支障が出ています。ここばかりに手を取られて地区の他の場所の警邏巡回がおろそかになっているんです。しかも決まって夜勤のタイミングばかりなので本部にも人が少なくて応援も頼めませんし」

 恨めしそうに訴える隊員に志登が折れた。日勤のタイミングが一番人が多いのはわかっているが、トラブルが起きるのは決まって夜だ。

「わかった、わかったから。次の夜勤班が変わるタイミングで俺も交替班に入る。これで一旦手打ちにしてくれ」

「絶対ですよ。逃げちゃだめですからね!」

 そう念を押すと隊員は「それでは、お疲れさまでした」と志登に頭を下げて第一部隊執務室を出て行った。


「松本」

「いやだ」

「まだ何も言ってねえだろうが」

「志登さんが一人でうちの執務室に来るときにはろくなこと言わない。前科がどれだけあると思ってるの」

「覚えてねえな」

 けろり、とした顔で言ってのける志登に松本は「志登さんホンットそういうところが稲堂丸隊長にそっくり!」と言った。

「いいから仕事の話をさせろ。来週から夜勤班に入って勤務するんだろ?」

「ど、どうしてそれを」

 動揺する松本に志登はあっさりと答えた。

「六条院隊長から聞いた」

 どうして言っちゃうかなあ! と内心で松本は六条院に苦情を入れる。現実の本人は〈中央議会所〉に出かけていて不在だ。

「で、俺の勤務がどうかしたの?」

 体勢を立て直そうと松本は志登に訊ねる。だが、志登はその隙を与えず、松本に投了と言わせるための一言を発した。

「偶然だが俺も来週は夜勤班で勤務するから、捜査協力を持ちかけた。副隊長二人が出れば解決も早いんじゃないですか、って。六条院隊長がどう答えたかは、わかるだろ?」

「……わかりたくないけど、わかった」

 必要な仕事はするべきだがなるべく効率よく、を日頃から口にし、実践している六条院が志登の提案に乗ったことは火を見るよりも明らかだった。

「とりあえず、志登さんの仕事内容を聞くよ」

「そうこなくちゃな」


 松本が現在関わっている事件は【住】地区十五番街〈オミクロン〉で起きた連続放火事件だった。現場で何回も不審な人物が目撃されているにも関わらず、行方をくらませてしまうため身柄確保には至っていなかった。

「ライター持ってるだけで捕まえるわけにはいかないから困ってる」

「そりゃそうだ。ライター持ってるだけで捕まるなら、世の喫煙者みんな捕まるだろ。まあ大体の放火犯ってのは行為がエスカレートするもんだし、あの地区の空き家張ればなんとかなるだろ」

「あのさあ、簡単に言うけど空き家って結構多いんだよ。しらみつぶしに当たるのも大変なんだって」

「そんなときのための文明の利器だろ」

 監視カメラとかセンサーライトがあったら警戒するだろ、と志登は言う。

「放火することがそいつの快感になってんだ。だから放火犯は自らの欲求を満たせる場所を探す。ただ全戸にカメラとかセンサーライトつけても犯人は出てこねえから、一部隙を残しとくんだよ。機械の設置は日勤班にやらせて、夕勤と夜勤の班で捕まえる、って作戦でどうだ?」

 志登の分析と作戦は明確だった。松本を振り回すことも多いが、仕事は正確であり、隙もない。

「立案ありがとう。隊長にも相談してみて許可が出たらそれで行く」

「おう」

「それで、志登さんの方の話はなに?」

「廃旅館の探索」

 端的にまとめた志登に松本は心底いやそうな顔をした。

「人間の声が聞こえるけど探しても誰も見つからねえんだと。それも決まって夜勤の時間」

「絶対に行きたくないんだけど。しかも【住】地区十七番街でしょ?」

「例の足のアザはもう消えたんだろ?」

「そういう問題じゃないってば」

 人がこまめに手入れをする場所であればいいが、そうでない場所の空気はよどみ、松本にとっては行きたくない場所になる。

「仕方ねえだろ、俺だって行きたくねえ。でも、通報を受けたら無視できねえし、ここに人手を取られてるのも困ってるんだよ」

 そして急遽夜勤班に入ったところで志登と組める相手もいない。誰か別の班の人間か別の隊の人間を巻き込む以外に単独行動を回避することはできなかった。

「行きたくないけど行くしかないってことは理解した。とりあえずヘルメットと安全靴があれば行ける?」

「あ、あと捨ててもいい服と着替えな」

 以前の山岳での経験を思い出しつつ志登は答える。

「これって手当出たっけ……」

「上限はあるけど出た。俺の登山靴はそれで買った」

「公費の私的利用って言うんじゃないのそれ」

「ちゃんと仕事で壊れたから買い換えたっつーの」

 二人はそれからも備品の用意や、廃旅館の見取り図を見ながらああでもないこうでもないと言い続けた。


二、


「いやあ思ったより早く行く機会があってよかった」

 週明けの夜勤初日にさっそく通報が入ったことで、志登と松本は【住】地区十七番街〈ロー〉の廃旅館『朱江屋旅館』にやってきた。最近はあまりに通報の頻度が多く、建物を管理している不動産会社から〈アンダーライン〉に鍵が預けられていた。廃業してからは誰も手入れをしていないらしく、表の看板は掠れて文字が読みづらい。

「そういやこの旅館ってなんで閉館したの」

 いかにも、という雰囲気の廃墟に頬を引きつらせつつ松本が訊ねた。周囲にも灯りがなく、首から下げた懐中電灯が早速活躍している。古い木枠にガラスがはめ込まれた玄関の一部には蜘蛛が巣をはっていた。

「施設老朽化と……たしか後継ぎがいなかったんじゃなかったか。数年前に女将さんが亡くなって閉館が決まったって聞いた」

「あとここなんで『朱江屋』って名前なの? 女将さんの名字か名前?」

「いや、地名からだ。今でこそ碁盤の目で東西南北と数字で管理してるけど、〈世界を滅ぼす〉大戦以前は別の地名がついてたんだと。ここの地名が昔は『朱江』だったからそこから取ったらしい」

「なるほどね」

 よし、行くか、と言って志登はガラス戸を引き開けた。ほこりと砂がふわり、と舞い、誰も手を入れていないことがよく分かった。

「靴、脱がなくていいよね」

「そりゃそうだ。何のために安全靴で来たと思ってんだよ」

 旅館は比較的単純に作られており、上から見るとおよそ長方形をしていた。不動産会社から手にいれた間取り図には入口から見て右手側に客室と大浴場、左手側に宴会場と厨房があると書かれている。また、入口の正面奥には階段があり、二階へと続いている。

「声がしたっていうのはどのあたりからなんだろうね」

「そこまではわかんねえんだよな。ただ、大体の隊員たちは一番奥の大浴場から見て回ってるらしい」

「じゃあ、それに従ってみようか」

 右手側に真っ直ぐ続く廊下を歩き、突き当りで左に曲がる。しばらく真っ直ぐ歩いたのち更に左に曲がると、正面に女湯、右手側に男湯があった。

「女湯からでいいか?」

「あのさあ、こんな廃墟同然の場所の女湯に入りたいって本気で思ってる? 俺たち仕事できたんだよ」

「思ってねえよ冗談だよ。思ったより暗いし静かだし不気味だったからなごませようと思っただけだ」

「それには俺も同意する。あと志登さんには聞こえてないみたいだから言うけど、さっきからずっと水の音がしてる」

「不気味なこと言うのはやめろよ!」

 松本は壁を照らした。『温泉の効能』と書かれた古めかしい掲示が照らされる。源泉かけ流し、とも書かれていた。おそらく泉源もすぐ近くでずっと湧き続けており、松本の耳がとらえたのはその音だろう。ただし泉温は十三度程度であり、加温も加水もされていない状態だ。

「まあ、奥から戻るのがセオリーだから女湯から行こうか」

 松本と志登は懐中電灯で照らしつつ、女湯へと続く戸を引いた。中は他と同じくほこりっぽく、一部に足跡が見えるのはおそらく別日に第一部隊の隊員たちが歩いたあとだろう。

 誰かいますか、と声をかけながら脱衣所、内湯、露天風呂と見て回ったが、人はいなかった。露天風呂は松本が予想した通り、温泉で満たされていたが、その中で溺れている人間もいなかった。

「……閉館から何年も経ってる浴槽で溺死体なんて発見したくねえよ」

「そうだね」

 続いて男湯の脱衣所に足を踏み入れる。先よりは空気がひんやりとしていたが、その謎はすぐに解けた。内湯と露天風呂の境のガラス戸が一部破損していた。

「手入れされてねえとこういうことになるんだな」

 ガラスの破片をむやみに踏まないように足元を照らしながらゆっくりと歩く。内湯の方はすっかり風呂釜から水は抜けており、鏡はくもりたい放題だった。異常がないことを確認して露天風呂に出る。

「思ったより寒い」

「そりゃそうだろ。外だし、お湯がはられてるわけでもな、うわッ!」

「志登さん!」

 話しながら風呂釜の淵を歩いていたが、突如志登が背中から湯船の中に落ちた。松本が手を伸ばしたがその手は虚しく空中をかすめ、派手な水しぶきが上がった。水が松本にもかかる。

 しかし、すぐに水面に顔を出すと思った志登が中々顔を出さない。静かに溺れている可能性が否定できず、松本はそばにあった古びた湯かき棒を手に取った。真冬に十三度の水の中に入るのは気が進まなかったが、志登の命には代えられない。着替えを持ってきておいてよかった、と心底思いつつ、松本は湯船に足を踏み入れた。

湯かき棒で探りつつ十歩ほど歩いたところで志登と思しきものに棒が当たった。どうやら排水口に向かって少しだけ流されたようだった。慌てて水中から志登を引き起こす。ゲホゲホと盛大に咳き込む志登に安心すると同時に「真冬にこんなとこ落ちるなんて自殺行為しないでよ!」と叱った。

「ちがう、俺のせいじゃない。誰かに肩をつかんで引っ張りこまれた」

 松本からは志登が足を滑らせて落ちたようにしか見えなかったが、志登の体感はどうやら違うらしい。水の中でも更に誰かに手を引かれた、と志登は続けて言った。

「誰かって誰」

「わからない。ただ、」

「ただ?」

「生身の人間じゃ、ない気がする」

「……だろうね」

 生身の人間であれば松本が志登を救出した際に気づくはずだ。何より生身の人間が真冬の廃旅館の露天風呂の湯船の中に潜んでいるということ自体が恐怖だ。

「なんだろうな……俺に敵意を向けていたわけでもねえし……ヘックショイ!」

 志登が盛大なくしゃみをして身体を震わせる。気化熱でどんどん体温が奪われる前に着替えた方がいい、と松本は判断する。

「風邪ひく前に着替えに戻ろう。調査の続きは明日以降だね」

「……ああ」

 二人はそう言って露天風呂をあとにする。かけ流しの温泉が水面をゆらゆらと揺らしているのが当たり前の光景であるはずなのに、なぜかひどく不気味だった。


三、


 翌日。

 強制的な真冬の水垢離をさせられたにも関わらず、志登は健康そのものだった。悪運の強さは筋金入りである。そして、何人も志登と同じように調べたにも関わらず、志登だけに妙なことが起きたのは絶対におかしい、と判断して二人は旅館を中心にあの土地とその近くで起きた災害についても調べ始めた。

松本は志登が「排水口に向かって手を引かれた」と言ったことをヒントに排水がどこに向かうかを調べたところ、近くの貯水池にたどり着いた。どうやら元々露天風呂からは下水道が整備されていなかったようだ。

「貯水池まで引っ張りたかったのか?」

 どう考えても俺は排水口を通れねえよ、と投げやりに言う志登に「そのまま引っ張り続けられてたら溺死してるよ」と松本は冷静に指摘した。

「あ、ねえちょっとこれ見て。あのあたり一回大きな地滑りが起きてる」

「もしかしてあの旅館も建て直してんのか?」

「可能性はあるね。しかもこの地滑りで行方不明者が出てて、最後まで一人見つからなかったらしい」

「……それに呼ばれたってことか?」

 かもね、と松本は相づちを打つ。松本は志登の感覚を頼りに推測するしかないため、はっきりとしたことは言えない。

「まーなんで今になって? とは思うけどね。旅館も閉まって、誰も人が来なくなって寂しくなったんじゃないの」

「お前の推測、時々雑だな」

 志登のコメントを無視して松本は話を続けた。

「多分、どこか水がたまりやすい場所があるはずだから、そのあたりを捜索したらいいんじゃないかな」

「……そうだな。日勤班やらせてみる」

 俺ももうあの廃旅館には行きたくねえな、と志登が愚痴っぽく言った。松本はそんな志登に続きがあるんだけど、と話を再開した。

「これは俺の昔の記憶だからあんまりアテにしないでほしいけど、東西南北と番号で管理する前の地名には意味があったはずなんだよ」

「意味?」

「そう、アカエって地名が気になって、昔の地名と災害の記録のデータも見てたんだけど、アカは水気が多い湿地につけられることが多くて、江は川とか水がある場所を示してる。簡単に言えば、地盤がよくない。これは俺の推測だけど、旅館に名前をつけた女将さんもそれを知っててつけたんじゃないかな」

 警鐘を鳴らすための地名が失われる恐ろしさを理解した上で、屋号としてつけたが、残念ながらその旅館も役目を終えてしまった――というのが松本の推測だ。

「真相を知ってる人はもう誰もいねえってことか」

「寂しいけどね。俺たちが知らないだけでそういう場所は多いと思う」

 松本はそう言って端末の画面をオフにした。昨日、今日と第一部隊の方に付き合ってくれた松本に志登は訊ねる。

「そういやお前のとこが追ってた放火犯は?」

「昨日志登さんが溺れかけてた時間に無事に捕まった。志登さんのアドバイスで設置したセンサーライトの効き目が抜群だったって」

「最初の一言は余計だろ!」


四、


 後日、近くの貯水池からはすでに白骨化した遺体が引き上げられた。

「……貯水池あたりを捜索したらいいと思う、って言ったけどさ」

「こんなに出てくるとは思ってなかったな」

 少なくとも五人分はあると思います、と隊員から報告を受けた志登は思わず頭を抱えた。過去の災害による行方不明者は一名だったが、残りの四名は一体誰なのか。なお科技研の羽根戸からは、既に骨も崩れかけており、DNA鑑定による同定は難しい、と告げられた。かろうじて残っている歯形から地道に同定をするらしい。

「一つ気づいたことがあるんだが、言ってもいいか」

「あんまりいいことじゃなさそうだけど、どうぞ」

「お前、『人が来なくなって寂しくなったんじゃないか』って言ってただろ? あれ、寂しかったんじゃなくて〝ほかに仲間がほしくなった〟だったんじゃねえかなって」

「……」

 返す言葉が無くて黙り込んだ松本の脇腹を志登がつつく。

「黙るなよ」

「仲間にならなくてよかったね。俺がいなかったらお仲間コースまっしぐらだったんだからこれは貸しだよ」

「……そうだな。助かった」

 次どっかで埋め合わせしてやるよ、と言って志登はため息を吐いた。


【END】

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