租税と領主の収入テンプレート【政治・経済】
ごとごととロバ車が走る先に村が見えてきた。
モーフ村だ。
「で、こんなさびれた村に何の用があるんです? クロミミの旦那」
30半ばのややくたびれた剣士は我がクロミミ商会ロバ車の護衛をやってくれているペンタだ。
俺が商人ギルドのお使いでモーフ村の領主に話を聞きに行くので念のためついてきてもらった。
ペーペーの商人である俺が行っていいのかとギルドに聞いたが、むしろ今回はペーペーの方がいいんだそうだ。
「モーフ村の領主のドナルド様から何度も何度も相談したいと連絡があったんだけど、正直構ってられないというのがギルドの上の意向なのよ」
3日前に商人ギルドの受付嬢から依頼をされた。
領主って言ったら一応貴族。
にもかかわらず依頼が直接受付嬢から出てくるあたり相手をしたくないのは本当のようだ。
貴族なんだから相談に乗っておけば商人ギルド的にいいことあったりしないの?
「ドナルド様ケチなのよ。店を出してくれとか住人を集めてくれとか言ってくるのに予算はないって言うのよ? 話にならないわ」
お金の使い方を知らない貴族の相手はしたくないってことらしい。
「通行税は銅貨3枚だ」
村の入口で兵士に声をかけられたので銅貨を渡す。
入り口と言っても壁があるわけではなくただ門があるだけだ。
「まさかこの村の規模で通行税取られるとはなぁ」
ペンタが呆れる。
俺も同意見だ。
寂れた村で入場税なんか取ったら誰も村に来なくなるぞ。
税が高いと言うわけではないが、銅貨3枚あればメシが食える。
意味もなく払うような額でもないのだ。
ここの領主は何を考えているのかねぇ。
領主の屋敷はそれなりの大きさで領主のメンツは立つ程度。
大都市のそれと比べるべくもないが、可もなく、不可もなくだ。
謁見の間に通されたので、お土産を案内してくれた老紳士に渡して待つ。
どんな規模の領地でも領主の館には謁見の間は作るものらしいよ。
まぁ応接間みたいなものか。
「ドナルド・モーガン様御入来」
執事っぽい老紳士が宣言したので膝をついて待つ。
脇のドアから誰か入ってきて正面の椅子に座った気配を感じながら声がかかるのを待つ。
「私がドナルドである」
顔をあげていいのかな?
と思って老紳士の方をちらっと見ると手をちょいちょい動かして「立て」と合図しているのが見える。あ、立っていいのね。
どうも。クロミミって呼ばれてます。
ボックターリの商人ギルドから来ました。
あ、お土産はお酒なので皆さんでどうぞ。
で、ギルドに用事ってどういう話なのですかね。
詳細を聞いてこいと言われたのですが。
「下っ端か」
まだ20代ぐらいの若いドナルド領主様は舌打ちする。
舌打ちもしたくなるよね。わかる。
でもまぁ、問題がわからない事にはギルドも判断できないからさ。
教えてくださいよ。
「我がモーフ村は―――」
ドナルド様によれば、領地のかわりに50人の兵力を用意する事を義務付けられているが、兵士を雇う金がなくて困っているらしい。
そもそも農家ばっかりで人口も少ないから住人を増やしたいが仕事もないとのこと。
公共事業は?
えーと、壁作ったり道路作ったりするやつです。
あー、それも給料に払う金がないと。
食料とか産業は?
農家が多いから食料はあるものの、買いたたかれるからあまり金にならないのね。
他は羊の毛がそこそこ取れると。
飯と土地はあるけど金とヒトがない状態か。
なるほどねー
とはいえ話だけではわからない部分があるな。
帳簿見せてもらえます?
「下っ端に帳簿など見せられるわけがないだろう」
気持ちはわかりますけど、ギルドが協力する場合帳簿は絶対確認されますよ?
実態が見えないと何ができるか判断できないからね。
ドナルド様はしぶしぶ帳簿を見せるように老紳士に指示を出すと、すぐに帳簿を持ってきた。
俺はポケットからソロバンを取り出して帳簿の数字をはじいていく。
これかい? これは東洋の計算機だよ。
あ、いえ、言ってみたかっただけです。
なるほどね。
相当にメシ余り状態になっているな。
飢饉でもあれば大逆転できるんだろうけど目先の金だけあってもな。
そういえばドナルド様っていつまで領主やるんですか?
いや、深い意味はないですよ。
「昇進や失態がない限り死ぬまで領主だ。決まっておろう」
じゃあこのままだと領主じゃなくなっちゃうかもしれませんね(笑)
とは言えない。
帳簿を見た感じ打つ手がないわけではなさそうだ。
多少の無理は必要だが。
「ほう? 手があるのか」
いやーでも下っ端の考えですしね?
他の領主の意見とかの方が信用できるのでは?
「他の領主は限界まで絞り取るのが統治の技術だと言うのでな。私はあまり非道な領主にはなりたくない」
ドナルド様の表情が曇る。
あー、基本いい人なんだろうな。
若いし、村規模の領主に向いてるタイプなのかもね。
「それで、どのような方法だ。参考までに申してみよ」
俺が提案したのは題して基本無料プランだ。
入植者の税を免除するかわりに家を建てる事業に従事してもらう。
食料は余っているので食事は領主が出す。
本来家を建てる際には資産税がかかるが、所有者を領主にしてしまえば税は関係ない。
建てた後に入植者を住まわせ領主が家賃をもらう形にするのだが、入植者はお金がないので賃金から引く。
食事代と家賃で支払う現金を減らし建物と労働力を得る。
入植者は衣食住を保証された状態で少ないながらも賃金を得る。
入植者が逃げても建てた家は残るので損は少ないし、入植者がそのまま残れば税が取れるようになるわけだ。
短期的には現金が減るが余った食料を安く売るより長期的な利益は高くなる。
食料をヒトや不動産という資産に変えていくわけだ。
商人ギルドにしても人が余ってる場所の方が企業誘致しやすくなると思うよ。
羊の毛があるなら紡績とか織物とかね。
「なんという発想だ。お主本当に下っ端か?」
ドナルド様も老紳士も驚いている。
俺は異世界に飛ばされただけの下っ端商人ですよ。
ちょっとビジネスモデルをいろいろ知ってるだけで。
ドナルド様はもっと話を聞きたそうにしているが、丁重にお断りする。
ここから先は有料ですよ。
立ち話もアレですから、俺が持ってきた酒でも飲みながら商談といきましょう。
なかなか手に入らない貴重な酒で、ジャック〇ニエルっていうんですけど。
―――おまけ―――
「俺たちは雰囲気で異世界ファンタジーを書いている」
異世界ファンタジーを書く作家がどこまで経済を設定しているかと言えば貨幣単位を設定しておしまい。
というケースがほとんどです。
なぜなら情報が全然ないから。
ベースにするものがほとんどゼロ。
雰囲気で書くしかないのです。
そこで今回私I/Oが税制と領主の収入のテンプレートを作りました。
テンプレートの前提は以下の通り。
・農業生産量を基礎とする
・農業は三圃制|(輪作)を基本とする
・作物は小麦と大麦と牧草|(マメ科)とする
・租税は6公4民とする
・市民|(=非農民)の税は農民と同等以上とする
・金額のベースを外食の価格3銅貨|(0.3銀貨)とする
農業生産量を基礎としたのは食える分しか人は増やせないという前提。
市民の税を農民以上としたのは農民が農業やめちゃうと困るからです。
計算結果からすると、2000人規模の街で動員できる戦力は400人弱。
領主の年間予算は金貨で3000枚ぐらい。
これは領主の生活費や公共事業の予算や軍以外の人件費もコミコミ。
「金貨100枚出そう!」というのが結構な大盤振る舞いである事がわかると思います。
以降は領主の収入計算に使用した農業生産量の計算と税計算、異世界に転用する場合の注意点と、これらをベースとした宿代がいくらになるかなどを書いています。
まず三圃制における農業生産量を定義します。
耕作面積3(麦1、大麦1、休耕地(牧草地)1)
収量定義 麦を4倍、大麦を6倍とする
価格差 小麦:大麦 2:3(小麦を粉にするとさらにお値段アップ)
小麦収量100に対して
麦 種籾25、税60、収入15
大麦収量150
大麦 種籾25、税90、収入35
農家の収入小麦38=農家1世帯の1年分
1世帯を4人、労働人数を2とする
一人が1年生きるためのコスト 38÷4=小麦9.5
農家の税総額=小麦120
税収から20を備蓄
100を販売して約市民10人分=市民2.5世帯分
市民1世帯の税=小麦120分
内訳:資産税+人頭税×4
半々とすれば、資産税60、人頭税15
住人の人数は家主が申請して提出
敷地面積で資産税が決定。広さの確認は役人の仕事だが基本的に建築時に税額を決定して以降は放置。
資産税を滞納すると差し押さえされ、販売される。
市民の税は物納も可能。
資産税は農家の税収額がベースになっており、税が安くなると離農が進んでしまうため極端に下がる事はない。
小麦100を売っても小麦100分の収入しかないが、消費する市民がいれば売上100+税収300が領主に転がり込むので、いかに市民を増やすかは領主にとってとても重要な課題である。
最低賃金は労働者と扶養1名が1年生活する食費+税60が適正となり合計で79を年間最低賃金とする
農家4人|(扶養家族含む)で市民10人が賄えるので領地の総人口は農民×3.5
農家1世帯からの税収を120、農家1世帯で市民2.5世帯なので市民からの税収を300として領主の税収は420
農家の年間賃金は79毎労働者なので、領主の予算を半分とした場合、軍備に使えるのは210となり、農家1世帯あたり最低賃金の兵士2.65名の雇用が可能になる。
以上の計算を元にしたざっくりとした領地規模
軍備=税収の半分なので限界戦力は兵士数の2倍。
村:50世帯|(200人)
農家14世帯、市民35世帯、兵士37名
領主予算:小麦2940
町:500世帯|(2000人)
農家142世帯、市民358世帯、兵士376名
領主予算:小麦29820
上記の税収計算は均衡がとれた状態が前提であり、農家の比率が高い|(市民が少ない)領地の場合、市民からの税が少なくなり、必然的に兵数も予算も減る。
逆に市民が多いと税収は増えるが食料の輸入が必要になる。
ここまで予算の全てを小麦で計算しているが、これを貨幣換算にする場合、年間の食費小麦9.5をベースとする。
9.5÷365で0.026、1日2食として0.013が1食分の食費になる。
1食分というのは自炊ベースであり、原価と考える。
宿屋の食事が銅貨3枚分であれば原価率33%(現代としては結構高め)として1食分は銅貨1枚となる。
銅貨1枚=0.013小麦となるので、村の領主の予算2940小麦は銅貨226154枚。銅貨1000枚=銀貨100枚=金貨1枚として金貨226枚となる。
ちなみに農家1世帯分の全生産量は金貨で15枚程度で、農家1世帯の年収は税込みで銀貨292枚程度|(労働者1名あたり銀貨146枚)となる。
市民1名が1年暮らすのに必要な年収は税30小麦+食費9.5小麦でおよそ金貨3枚程度になる。市民もなかなか大変である。
このように農業の技術がイマイチな中世ヨーロッパにおいて、万の軍隊を出すのは容易な事ではない。
領地の治安維持を考えると兵士も全数を出すのは難しく、領民を徴兵しても兵士の倍の人数を動員するのがせいぜいと思われる。
日本は食事が米ベースで収穫効率が段違いなので、万単位も別に不思議ではないのだけどね。
2000人の街は中世では平均的なサイズである。
この状態から農業技術が進んだり収量の多いジャガイモなどの作物の発見などがあると、面積当たりの収穫量が増え、食料が余り、市民の人口が増える。
市民が増える余地がなくなると、食料を輸出するようになる。
食料の輸出が増えると、食料を自給せず輸入で賄う大都市が増える。
当然ながら流通の発達も重要になるが、大都市が誕生する経緯は歴史的にも上記とそれほど変わらない。
また労働賃金だが、市民を雇う費用と非市民|(扶養者や放浪者)を雇う費用は異なる。
市民を雇う際の最低日当は銅貨16枚前後だが、税金分を省いた場合銅貨5枚あるいはそれ以下もありうる事を追記しておきたい。
そりゃ奴隷も流行るわ。
だいたいのランニングコストをはじき出した所で異世界に応用していきたい。
異世界に魔物がいる場合、人間の安全圏が狭まる。
その結果農地の面積も狭くなり、生産できる食料の関係で領地のサイズはコンパクトになるだろう。かかしゴーレムや警備犬など農地を守る方法を何かしら用意するとアクセントになると思う。
逆に異世界に魔法があり、農地の収穫量を増やすことができる場合、農地の面積以上に人口を増やすことが可能になる。
魔物がいて魔法もある場合は差し引きでイーブンになるかもしれない。
手っ取り早く食糧問題を解決したい場合はジャガイモの導入がおすすめ。
収穫倍率が10倍程度ある上に、収穫重量が麦種の約4倍あるため、簡単に人口が増やしたり農地を減らしたりできる。輪作は必須だけどね。
それ以上の所はまぁ、適当にやっていいと思います。
農家や市民の年収、領地の規模に対する兵力や予算感に根拠があるだけで地に足が付いた異世界になるはずです。「金貨1枚あれば半年遊んで暮らせるよ!」というセリフにも説得力が増すというものです。
あー、一応宿屋の値段とかも計算しておきましょうか。
資産税が銀貨461枚|(60小麦)分の広さの宿屋で部屋数が10の宿屋です。
必要な経費は税込み一家4人分で158小麦で銀貨1215枚。
料理は経費と儲けでトントンぐらいとします。
10部屋で1215枚の銀貨を稼ぐ必要があり、1部屋あたり銅貨で1215枚。
稼働率を30%とすると、利用回数は110回。1215÷110=11なので、銅貨11枚。1泊につき銀貨で1枚ぐらいですかね。
数人泊まれる広さならそれほど高くはないかもしれません。
減価償却分は食事やサービスで捻出してもらいましょう。
いかがだったでしょうか。
予算に頭を抱える領主の姿や税に追い回される異世界人の姿がなんとなく見えましたでしょうか。
有識者から見れば穴だらけの計算かもしれませんが、このレベルのテンプレすらなかったとご理解いただければ幸いです。
ついでにもっとガッチリしっかりしたテンプレを考えてもらえると嬉しいなぁ(本音)