トイレットペーパー【アイテム】
トイレとかウンコとかの話が含まれます。
一応ご注意ください。
馬車の荷台がごとごとと揺れる。
俺は据え付けられた簡素なベンチの尻の痛さをなんとかしようと外套を丸めて座りを確かめるがなかなかいい感じに落ち着かない。
「お前さん乗合馬車は初めてかな?」
俺の横に座る小太りの男が話しかけてくる。
もともと日本人の俺が荷馬車で移動するのは当然初めてだ。
俺以外に客は4人。
話しかけてきた小太りの男は商人で、二人は冒険者、残る一人は買い出しの帰りらしい。
出口に近い最後部の席には客とは別の冒険者が二人いてこちらは馬車の護衛。
皆平然とただの板でしかないベンチに座っている。
尻が鉄でできているのか。
「こういうのは慣れですよ」
と商人の男が笑う。
慣れ、ねぇ。
現代地球の乗り物と言えば椅子のクッションは当然、形も座り心地を考えて作られているし、振動も少ない。
今の俺に比べればアマゾンの荷物の方がよっぽど快適な環境で運ばれている事だろう。
そんな環境で育ったデリケートな俺の尻には異世界の荷馬車はキツい。
だったら立った方がマシでは? と思うかもしれないが舗装されていない道とサスのない馬車のコンボは想像以上で、たまに蹴り上げられるような衝撃が尻を浮かすため、立っていたらそのまま荷台から投げ出されてしまうだろう。
馬車の移動は時速にしてせいぜい10キロ弱。
ジョギングぐらいのペースだ。
走って追いつけない速度ではないが、楽するために馬車に乗っているのに運動してどうするとも思う。
ああまた揺れた。
こうしてあれこれ考えているのも、ぼーっとしてると揺れで酔ってしまいそうだからだ。
そういえば馬車で酔ったりしたらどうするんだろう。
トイレはないよな。
「時間と場所に余裕があれば馬車を停めて休憩したりするのさ」
茶髪の冒険者の片割れが言う。
「馬車にスコップがついてるだろ? それで穴を掘って汚物は埋めるのがルールだ」
なるほど。荷台の脇に括り付けてあるスコップはそういう用途か。
「あと、埋めた場所には何かしら棒を立てておくのがマナーだな」
目の上に傷があるもう一人の冒険者も話に乗ってきた。
なぜに棒? 目印か何か?
「そりゃあ誰しも汚物のある場所を掘り返すのは嫌だからだ」
皆がゲラゲラ笑う。
掘ったらウンコが出てくるのは乗合馬車あるあるらしい。
用を足した後の尻はどうやって拭いているのだろう?
「そこは普段と変わらん。柔らかい草を使うか、水があれば桶で汲んできて洗う。砂漠なら砂を使うし、寒い地域なら雪で洗う事もあるな」
さすが冒険者。いろんな地域の情報を持っているな。
地球でもインドあたりには手と水で尻を清める習慣があるとか聞いた事がある。
常に左手を使うので「不浄の左手」と呼び左手で食事をするのはマナーに反するとかなんとか。
うーん、日本人としてはどうするべきなんだろうな。
理想はトイレットペーパーだが、流す必要はないのだからウェットティッシュも捨てがたい。紙はあるが基本的に和紙っぽいので分厚いしごわごわしているし、何より使い捨て出来る程安くない。
布類を洗って使いまわすのは衛生的にムリだ。
魔法でウォシュレットみたいな事はできないのかな?
水魔法でピューっと。
「水魔法で尻を洗う?? そんな事に魔法を使う奴は見たことないが面白い事を考えるヤツだな!」
またも冒険者の二人組がゲラゲラ笑う。
みんな困ってるなら誰かやってもおかしくないと思うけどな。
「見えない場所を狙って魔法で使うのはかなり難しい。自分の尻は見えんからどこに水が飛んでいくかわからんぞ」
そうか。機械じゃないから決まったところに飛んでいかないのか。
「魔法で出した水はすぐに消えてしまうが、それでも尻を洗った水を浴びるのはちょっとな」
そっすね。
乾いた後でウンコ臭くなるのは嫌っすね。
「こうして話を聞くと尻拭きにはビジネスチャンスがありそうな気がしますな!」
小太りの商人も楽しそうだ。
話の内容はウンコとかトイレなんだけどね。
話を聞く限り尻拭きは自前で用意するのが一般的みたいだからね。
製品として売られているものがないということは未開拓の市場なわけですよ。
ブルーオーシャンですよ。
御者からもうすぐ目的地のデント村に着くと声がかかる。
周りの景色は背の高い青々とした畑に変わっていた。
「デント村はコーンの生産が多い村でしてな。コーン粉が安く手に入りますよ」
コーン粉はいいね。
タコスとか作れそう。
「それに収穫前の時期は食害から守るために討伐の依頼も多いんだ」
「収穫の手伝いもセットだけどな」
と、冒険者の二人組。
「ウチの村はコーンだけじゃありません。お肉も評判なんですよ!」
トイレの話はスルーしていたが村の話ならばとお使い帰りの人も話に加わる。
コーンを飼料に畜産か。なかなか商売が上手い村のようだ。
そういえば昔のアメリカではトウモロコシの毛を尻拭きに使ったという話もある。
もしかしたら本当にビジネスチャンスがあるかもしれないな。
俺は宿で出るであろう肉料理に思いをはせながら、デント村の門をくぐるのだった。
のちにトウモロコシの皮を使った尻拭きを開発し、デント村に「尻拭き御殿」と呼ばれる家を立てることになるのだがそれはまた別のお話。
---おまけ---
トイレットペーパー、尻拭きです。
尻拭きの地域性については本文で述べた通りですが、基本的に作品内で触れられることがない部分ですね。
そもそもではありますが、中世以前で明確に「服の下に着る汚れてもいい着衣」という意味での下着はフンドシぐらいしかありません。
それ以外は服の延長線上の下着で、我々の感覚からすればノーパンです。
最古にしてベストな形を作り出したのはエジプト人。すげぇやファラオ。
フンドシは材料が少な目で体型を選ばず構造も簡単。
付け心地はともかく文明レベルを問わず作る事ができるので、異世界の下着として普及させておくならフンドシ一択です。
ノーパンに抵抗がある人は是非採用してください。作品内で文字にすることがあるかどうかはわかりませんが。
さて、汚れた尻を覆う物が決まったところでトイレットペーパーです。
日本人的には紙のイメージが強いので葉っぱを使いがちですが、干し草や藁、それを撚って縄にしたものもオススメです。
使い捨てですが安価ですし、使用後に燃やすことができます。
中世ベースの異世界文化を考える上で縄は割と重要です。
糸じゃないです。縄です。
ロープとしてはもちろん、カゴやバッグや靴の材料、帯の代用、火種の持ち運び、束ねてタワシの代用など日常生活にめちゃくちゃ絡んできます。そんな安くてどこのご家庭にもある縄を尻拭きに使わないはずがないのです。
もうちょっといい道具は尻拭き棒ですね。
『テルマエロマエ』にも登場していましたが、スポンジを付けた棒で尻を洗うものですね。
使いまわしが衛生的かどうかはおいといて拭かないよりはいいでしょう。
他には尻拭き用の奴隷などがいてもいいかもしれません。
貴族とか王様とかであればそういう風習があっても不思議ではないです。
ただまぁトイレは生活の中でも屈指の無防備な時間ですからね。奴隷に任せていいものか疑問が出るかもしれません。
そういう意味では尻拭き係は信頼された名誉職と言えなくもないです。
ここはその世界の価値観に任せましょう。
工業化未満の文明では紙はどうしても高級品です。
金持ちだけ紙で尻を拭くという形もアリでしょう。
めんどくさい!
安いトイレットペーパーを使いたい!
というのであればそこは異世界。
ノベプラ掲載時にトヒサマ様からコメントでいただきましたが、トイレットペーパーを作る生物がいれば問題がない。(『エルフを狩る者たち』にピチカートというトイレットペーパーを作る生き物がいるそうです)
あるいは皮がトイレットペーパーになっている実がなる植物があればいいのです。
植物なのに毛が生えているシュロの木や手触りのいい毛が生えたキウイの実が存在するのですからトイレットペーパーぐらいなんでもないはずです。
サンプルとして考えてみました。
ネピの木
熱帯から温帯に分布する常緑樹。温帯では冬の終わりに白い花を咲かせ、初夏に実をつける。
幹は細めで表面の手触りはさらさら。高さは2メートル前後までしか成長せず、それ以降は横に広がっていく。
実は15センチ前後の球状で薄く柔らかい皮で何重にも包まれ、中心部分に種を持つ。
実が成熟すると皮が広がりながら乾燥し、直径30センチ程度の密度の低いボール状になって落果。風に転がされながら分布を広げる。
乾燥した皮は水をよく吸い、雨が降ると皮に水を貯えて種の苗床として使われる。
実が成熟する前に収穫し、丸ごとトイレに置いて皮を1枚ずつ剥いて尻拭きにするのが一般的な利用法。
乾燥してしまった実も少し濡らす事である程度柔らかさが戻る。
いかがでしょうか。
ネピの実のイメージは中心に種があるレタスやたまねぎのような感じですね。
他にも幹がロール状になってる植物とか花弁が大きく柔らかい花などでも良いと思います。
参考になれば幸いです。