お弁当作ろう彼のため!
チャンスの神様って、前髪しかないんでしたっけ?
それで、昨日私はちゃんとチャンスの神様の前髪……つかめたんですよね?
だって、だって、憧れの礼人君にお弁当を作ってくる約束をして、……それで、……それで。
お昼休みになって、そしたら……。
「…………好き。愛してる」
「え、……あの、礼人、君?」
「……だから。……シよ?」
「な、何を……ですか?」
「わかってるくせに。……そう言うのが好みなの?無理やりされるのが」
「え、え、え」
「……可愛い」
ど、ど、どどどどどどどどどどどどどどどどどうなってるんですかあああああああああああああああああ!?チャンスの神様、いや運命の女神様、一体、一体全体これは、どういうことなんですかああああああああああああああああ!!?
走馬灯のように、今日の思い出がよみがえります……。
午前五時。
ピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピ……………………
ピッ!
「……ふわあ……もう朝……かあ……」
私は目覚まし時計をパシリと叩くと、もぞもぞと布団から這い出て、大きく伸びをします。
春になって桜が開き始めたとは言え、まだ気温は冬より少し高い程度なので、パジャマだけでは少し肌寒いです。
「……うみゅ……」
礼人君のためにおべんと作らなきゃ……。
私は半分眠気マナコでキッチンへと向かいました。
「……みゅ~……」
眠いよ~でも頑張らないと……もしかしたらこれが最後かもしれないんだし、頑張ろう。
そんなことを想いながら、せっせとフライパンを動かします。眠気で半分夢見心地ですけど、失敗なんてことはしません。私の料理の腕は今日のためにあるようなものだと思って、気を抜かずに頑張ります。
そうして奮闘すること一時間。眠気が完全に覚めるころには私の目の前に二つのお弁当が。
「……ふうっ!上出来!これならきっと、きっときっときっと礼人君も喜んでくれます!」
私は額を拭い、一息つきます。
ふう。本当にうまくいきました。自分の分はいつものようにボロボロですが、礼人君の分はそれはもうきれいに出来ています。なんせ細心の注意をはらいましたからね。ミリ単位に至るまで私の思い通りの盛り付けです。具は少なすぎることなく多すぎることなく。豪華すぎるわけでも質素すぎるわけでもない。礼人君の好きなお料理をバランスよく詰め込んだまさに愛妻弁当!
これで私は、勝てる!
……誰にでしょう?
さて、まだ六時になったばかりですけでど……学校に行きましょうか。家に居てこのお弁当のことを気付かれてからかわれたりしてもなんですので。
では、出発です。
テキパキと準備をして、私は家をそっと出ました。
私の通う高校と家とはあまり遠く離れていなくて、歩いて三十分もかかりません。普段は自転車通学なのですが、今日は大切なお弁当があるのと時間が空いているのとを合わせて徒歩で登校することにしました。
通学路は住宅街をずっと歩くので危険は少ないですが、買い食い等できないのが欠点と言えば欠点ですね。でも、命の危機と食いっ気を天秤にかけて後者をとれるほど私は勇者じゃありません。
朝の住宅街を、私はゆったりとしたペースで歩いて行きます。
特にお弁当の形を崩さないよう気をつけながら、ゆっくりと。
……結局、ゆっくり歩きすぎて、学校に着いたのはいつもと同じ時間でした。……私の平均登校時間は八時です。つまり二時間も歩いていたという計算になります。……うわあ。
「……マジ?」
「うん、ほんと」
八時二十分ごろクレアちゃんが登校してきて、朝の出来事を……つまり、五時に起きて六時にお弁当を作り終えてその足で登校してお弁当を大切に思うあまり八時登校になっちゃったことを、話していました。話し終えた私に対するクレアちゃんの返答が、これです。
「……あんた、意外と……その」
「なに?」
「バカ?」
「うるさいなー!いいじゃん別に!」
「あはは、ごめんごめん。でもそういうところって可愛いと思う」
「クレアちゃんに可愛く思ってもらえても……」
いつもどおりに私たちは話しているのですが……私はどうしてもクレアちゃんに対する疑念が消えません。礼人君の好みをどうして事細かに知っていたのか?それが気になって気になって仕方ないのです。一度、勝負なんかじゃないと思ったのですが、それでも気になるものは気になるのです。……もし、クレアちゃんと礼人君が付き合っていたら……。そう思うと、胸がもやもやして仕方ないのです。
「……ね、ねえクレアちゃん」
「何?」
「クレアちゃんはその、礼人君と……」
キーンコーンカーンコーン……。
……む、タイミングの悪いチャイムだなあ……。
「あ、先生だ。今日は早いね」
「……うん……」
結局、今日はクレアちゃんに礼人君のことを訊く機会はありませんでした。……チャンスを逃した、ってことなのかな……?
そんな心配をしつつも、私は昼休みを心待ちにしました。授業中も、休み時間もです。
え、授業?聞いてれるわけないじゃないですか。礼人君を見つめるのに夢中ですよ。
まあ、そんな感じで時間が経って。
そして、待ちに待った昼休みがやってきました。
うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお頑張るぞおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!
心の中で叫びます。
「あ、あ、ああああのっ!」
「……あ、昨日の」
「は、はははははい!」
「お弁当、作ってきてくれた?」
「も、もちろんです!」
「……そう。じゃあ、食べに行こうか」
……?妙に、その、積極的……ですね?
私はその時、違和感をかすかに感じていました。……ここもきっと、ある意味でチャンスだったのでしょう。いえ、運命のわけ目、だったのかもしれません。
礼人君は席を立ち、教室を出ようとしました。
「あ、あの、ど、どこへ……?」
「屋上へ行こう。女の子とお弁当食べるときは屋上、って僕は決めてるんだ」
「あ、はい!」
女の子、と言うところに私の心はうかれました。
「……メグ!」
「……クレアちゃん?」
引き留めるように、クレアちゃんは私の名前を呼びました。
「……その、気をつけて」
「……?大丈夫ですよ。私、今回は頑張ったんですから!」
そう言うと私は足早に礼人君を追いかけ、屋上にたどり着きました。
特に鍵もかかっていなかったようで、私は特に気にせずに屋上に上がりました。
……この後知ったんですが……。
この学校、本来は屋上を封鎖しているはずだったらしいです。なんでもずっと昔に自殺者がどうこう、っていう経緯で。
それなのに、鍵も貼り紙もしていませんでした。……なぜでしょうね?
なんて疑問さえも、全てを知った私には浮かんできませんでした。
そして……走馬灯はすぐ直前の場面になりました。