私の両親は、いろんな意味で特殊です
とてとてとて。
階段からおっこちないように気をつけながら、私はキッチンに向かいました。もうすでにお父さんはお料理を始めていて、一階のリビングにはもういい匂いが漂っていました。
「あ、お父さん、私手伝うよ」
「ああ、すまないね」
お父さんは中肉中背で、性格もいい人だし、礼人君によく似ています。いえ、きっと礼人君がお父さんに似ている、と言った方がいいのでしょうけれど……。まあ、つい、思っちゃうんです。
「可憐はどうしたの?」
「寝てる。きっといつもの絶食ダイエットじゃない?」
「……あまり年頃の子どもにそんな無茶な食生活してほしくないんだけどなあ……」
悲しそうにお父さんは言います。ご飯を一緒に食べれないことも、残念がっているようでした。
「だ、大丈夫だよお父さん。可憐は別にお父さんのお料理が食べたくないっていうわけじゃないよ!」
「本当にそうだろうか……?ダイエットというのは建前……いや、口実で、本当はあの子にはもう彼氏……いや、婚約者がいて、その人に食べさせてもらってるんじゃないだろうか?ああ、最近の子はそういうのも早いって聞いていたし、いや、昔だってあの子あたりの年齢になると婚約していたんだ、ここに三十年の日本がおかしかっただけなんだ、今のあの子は元の日本人に戻っただけで………………ブツブツ」
「お、お父さん!?お、落ちついてください!し、しっかり!可憐にはまだ彼氏どころかボーイフレンドもいませんって!」
あわわ、また始まってしまいました、お父さんの絶望癖。なんでもかんでもネガティブに考えて勝手に絶望して勝手にどん底までいってひどい時には勝手に樹海に行こうとする、そんなとんでもない癖です。今の絶望は……軽い方ですね。まだまだ大丈夫です。ひどい時は死んでやるって言って利かないんですから。
「そ、そうなのか……?」
「うん、本当だよ?」
「……そうか。そうかそうかそうか。それはそれはよかった。本当によかった。よかった……」
「……ほっ」
「どうかしたかい?」
「ううん何でもないです!……さ、ご飯作るの手伝うよ?」
「ああ、悪いね」
よかったです。今ここにお母さんはいませんから、もし絶望しすぎてどん底になってしまったらエプロンつけたまま樹海に行きかねないですから……。ホント、止めなきゃいけない家族の身にもなってほしいですよ。
「……ああ、そうだ恵」
「なんですか?」
何でもない風に私は返事しましたけど、実はびっくりしていたのです。私のことをお父さんが恵、だなんて呼ぶなんてめったにないことですから。いつもはメグ、メグ、って言ってるのに……。なんだか、真剣なお話でもされるような感じがします。
「キミは……恋愛とか、どう思ってるんだい?」
「ふぇっ!?」
なんでお父さんから、こ、ここここ、こんな質問が!?
「ど、どどどどど、どうしてそんなことをお聞きになるのですか?」
「……少しね、気になって」
「何がですか?」
「恋が全て……そんな考えになっていやしないか、ってね」
「……」
私は少しだけ、何も言えませんでした。この二年間、まさにそれだったからです。礼人君のために、礼人君のために、ってずっと考えていました。
「まあ、それが悪いことかと言えば……うん、悪いことだよ。目が狭くなるからね。……礼人君、だったかな?」
「ふぇ?」
「隠さなくたっていいよ。好きなんだろう?」
「みゃ!?」
な、なななななんでお父さんがそれを!?
「お、おおおおおおおお父さん、そ、それはそのそれがこれでああなって」
「別にかまわないさ」
「え?」
「いいかい、恵。恋をしてキミは変わるだろう。実際、変わったしね。……あとは……恋人が彼氏になるまであとどうするか、だね?」
「は、はい……」
もう私は観念しました。……なんでお父さんがこのことを……?本当に不思議です。なんででしょう?何があったのでしょうか……?どうしてばれたのでしょう……?
「後悔しないようにしなさい。男親のボクがキミに言えるのは……これだけさ」
「……は、ふぁい……」
「……ふふふ、さあ、続きをしようか。ハルにおいしいご飯を作ってやらなきゃ。きっとおなかをすかせて帰ってくる」
「はい……」
ハル、と言うのは私のお母さんのことです。春香、だからハル。一度だけ呼び方をハルにゃんにするかどうかお母さんに提案してブッ飛ばされたみたいですけど……。今の呼び方で本当によかったと思います。
「……た~だ~い~ま~!」
「お帰りなさい!」
「おかえり~!」
お料理……ハンバーグが出来上がったころ、まるで見計らったみたいにお母さんが帰ってきました。
「……ううん?これはいい匂いね。……でも、肉は今パスしたいかな……」
「どうしたんだいハル?また?」
「最近多いね、お母さん。大丈夫?」
げっそりとした表情でお母さんは私たちが作った晩御飯をいらない、と言いました。……でも、仕方ないことですし、もしハンバーグじゃなくても、きっとお母さんは今日ご飯を食べなかった……いえ、食べれなかったでしょうから。
「……はあ。まったく。最近多いのよね、列車飛び込み。いくら見慣れてるとは言え今日のは特にヒドくてさ……ぐちゃぐちゃのべちゃべちゃで。人の原型とどめてないって言うか、……そうそう、そこにあるミンチあるじゃない?まんまそれで。ああもう……なんて言うか……吐きそうだった……」
「……そう。災難だったね、ハル」
「………うう……」
私は想像して少し呻きます。な、なんで食事前にお母さんはそんな残酷なことを言うのでしょうか?
……お母さんの職業は警察官。現場最前線にいる警官で、しかもなぜかそっち方面の部署に回されてしまったみたいで、毎日のようにぐちゃぐちゃなホラー顔負けのスプラッターとか見ているのです。
……私も今日みたいなお母さんの愚痴を毎日聞かされてるせいで……うう。
「あら?どうしたのメグ。あなたらしくない」
「ほ、ほっといてください……!」
「……ああ、ご飯前だったのね。ごめんごめん」
「いや、気にしないでいいよ、ハル」
ちなみにお父さんはお母さんの前ではなぜか絶望モードに入りません。……愛のなせる業、でしょうか?……なんてどうでもいいこと考えて気持ちを紛らわせますけど……どうしても食欲は湧きません。
「……お母さん、私、もう寝るね……?」
「どうしたの?今日は早いじゃない」
「うん……明日早いから……」
礼人君のお弁当を作るんです、早起きするに越したことはありません。
「そう。……ま、頑張ってね。……ああ、高校かぁ……純、たしか私たちが逢ったのも、高校時代だったよね?」
「うん?まあね」
「昔の純ってはっちゃけてたよね~」
「……ああ、うん。……その、あんまり言わないで?恥ずかしいから……」
「あはは、ごめんごめん。……でも、あのころが一番平和で、安穏としていた気がするわ……」
「それは間違いなく気がする、じゃなくて事実に他ならないね」
「……あれ?少し口調戻ってるよ?」
「……キミもだよ、ハル」
「昔みたいには呼んでくれないんだね、ダーリン♪」
「……やめてください」
「うふふ、冗談よ冗談。……今日はゆっくり話しましょ?明日は非番だし」
「それはよかった。キミと話せる時間ができて、本当にうれしいな」
「そうでしょそうでしょ。でね、……が……で」
「そうそう、………………は…………………だったね」
「うんうん!…………………………………な………………」
私はそんな会話を後ろで聞きながら、自分の部屋に戻りました。
部屋に戻った私は食欲もないしやることもないので眠ることにしました。
……礼人君のお弁当、うまく作れるかな……?
そんなことを考えているうちに、私は眠っていました。