わ、わた、私が……!
「……こ、ここがカラオケ、ですか」
「入ったことねえの?」
「……はい、実は」
狭く、煙草の匂いの充満するカラオケ個室内。メグは鼻を押さえながら答えた。彼女がカラオケが苦手な理由。それは、一度たりとも入ったことがないからだ。
「歌いたい時とか、どうするの?」
「歌います。その場で」
「へえ。自由だな。俺はとてもじゃないけどできねえや」
彼の言葉にとげはなく、声には感心したような色があった。
「へ、変じゃないですか?」
「別に。アカペラで歌うメグも想像したら、結構かわいいぞ?」
「……!」
またメグは顔を赤くした。
「さて、と。歌うか。まずは俺からでいい?」
「あ、はいどうぞ」
「ええと、やり方教えるぞ。まず、この液晶を選んで、検索、結果をタッチして……」
テレビの横に備え付けられた端末を持ち、実演しながら説明する。
「……びっくりです」
「何が?」
「私、カラオケって本を見て、それから曲の番号を入れるものだとばっかり……」
「……ああ、それ、結構前のことだぜ? 今はだいたいが、こんな感じ。……田舎じゃ、どうか知らないけど」
ぴ、ぴ、とタッチペンで液晶をタッチしながら礼人は言う。
「よし、入力終了」
と、ほぼ同時に、曲が流れ始める。アップテンポの曲で、なめらかな音がいくつも続く。
礼人はメグに視線を一度向けてからマイクを手にし、歌い始めた。
「~♪」
熱烈なラブソング。歌詞の中には性愛の相手として求めるようなものもあったが、彼は臆することなく、むしろ強調して歌った。
「……よし、終わり!」
歌い終わって、少し暑くなったのか、礼人は冷房をつける。
「……え、ええっと……」
メグも拙い手先で曲を入力する。曲が始まり、前奏が流される。ローテンポの曲で、彼氏に対して引っ込み思案なメグをそのまま表したような曲だった。
「……♪」
きれいな歌声が部屋に響く。礼人は拍手も忘れて、その歌声に聞き入っていた。
「……お、終わりました……」
「すげえ」
礼人はきらきらした目でメグを見つめる。
「え、ええ?」
「ハニー、お前最高。なんでこんなに歌がうまいんだ! ……いとおしくなってきた」
ドサリ。自分が押し倒された音だとメグが知るのは、視界が礼人の顔でいっぱいになってからのことだった。
「……ふえ?」
「ごめん、メグ。嘘だった」
「え?」
「ちょっと、な」
「え、ちょ、ちょっと待ってください! そ、そんな、今日は」
「いいじゃねえかよ。……今日はあのうるさい奴もいねえしよ」
すぐにクレアのことだとわかった。メグは、かすかな嫉妬を胸にともす。なんで、こんなところで、こんなことしてるのにクレアさんのこと思い出すんですか? そんな理不尽ともいえる感情が、彼女を大胆にさせた。
「……やめてください!」
ドン、と礼人を突き飛ばす。
「うわ、え、ギャッ!?」
まさかメグに突き飛ばされるとは思っていなかったのか、抵抗もせずに吹き飛ばされ、礼人は後頭部をテレビに打ちつけて、それきり動かなくなった。
「え、れ、礼人、君?」
おっかなびっくり、メグは礼人に駆け寄る。ピクリとも動かない。いや、動いてはいるが、細かく痙攣している。
「……も、もしかして私、殺っちゃいました?」
ズーン、と後悔と絶望がメグの頭を駆け巡る。恋人を殺してしまった!?
「う、うわ、た、大変、です、わ、私、れ、礼人君を、こ、ころ、殺し……」
きゅう。小動物が息絶える時のような声をあげて、メグは気を失ってしまった。
「……ったく」
それと同時、事の成り行きを盗み聞きしていた二人が二人のいる部屋に入ってきた。
「面白いくらい簡単に気絶したね」
「まあ、それだけ重要事項なんでしょ、メグの中じゃ。私だったら、こいつ殺したぐらいじゃ、なんとも思わないけど」
「殺したことないくせに~。クレアみたいのはね、本当にやっちゃったらメグ以上にあたふたするのが定説なんだよ?」
「うっさい! アニメマンガと私とを一緒にするな!」
「にふふ~」
冗談を飛ばしながら、二人はてきぱきと二人の死体? を片づけていく。クレアはメグを肩に担ぎ、沙耶は礼人の足を持つ。
「……沙耶、まさかとは思うけど、それで帰るつもり?」
「うん? あったりまえ」
このまま沙耶がどこかへ行けば、礼人は引きずられることになる。
「だって、メグをヤろうとしたんだよ?」
「親友じゃない、んじゃなかったの?」
「友達だもん」
「……やれやれ。あんたも相当意地っ張りね」
「む。くれあんのくせに生意気だぞ?」
「くれあん言うな」
ズルズルと音を立てながら、二人はカラオケを出た。店員には、『こいつ酔っぱらってるんで』で、通した。……よく警察を呼ばれずに帰れたものだ、とクレアと沙耶はわりと冗談抜きでそう思ったのだった。