映画上映です!
闇が迫ってくる。
闇の量は多く、また、その力も圧倒的であった。
彼と彼女は、命からがら死の館から逃げてきたのであった。それでも、二人を追う闇からは、逃げられなかった。
「い、嫌……」
彼女は迫りくる闇を前に腰を抜かし、身動きが取れない。
「う、ぐう……!」
彼は闇にのまれつつある。今まで彼らが葬ってきた死霊、それらの恨みが集まった闇なのだ、彼と彼女には執念を持って襲いかかっている。体勢を崩された彼と彼女に、闇を追い払う力など、あるわけがなかった。
「い、いや……!」
「に、逃げて! 逃げてくれ、クレア!」
彼が叫ぶ。
「嫌! 私は……!」
彼女はなんとかして彼を助けようとしている。が……。闇に触れたら最後、二度と離してはくれない。それを彼女もわかっているから……逃げずに、彼と命運をともにしようと考えている。
「に、逃げてくれ、クレア……頼むよ。今なら、今なら君だけは助かるんだ、だから……!」
「嫌! あなたを失って、私はこの先一体どうやって生きればいいの!?」
「僕がいなくなったところで、君は死にはしない! だか………ら、…………にげ…………っ………。
クレア……………」
ずぶずぶと、ずぶずぶと。彼は闇にのみこまれ、そして、ついに、見えなくなった。
「あ、ああ……。ローレンス……」
彼女は彼の名前を呼ぶ。いとおしげに、悲しげに。
「愛していたわ……いえ、愛しているわ……」
闇が、彼女の体を包む。彼女は激痛にさいなまれるが、もはやそれは苦しくもなんともなかった。どころか、彼と一緒になれるなら、と幸せですらあった。
「……また、一緒に………」
その言葉を最後に、彼女の意思は、闇に完全に飲み込まれた。
「………ぐすっ」
「……ああ~……。その、なんだ」
映画館のすぐそばの公園。メグと礼人はそこのベンチで座っていた。
メグは目に涙をため、ハンカチでとめどなくあふれるそれをぬぐっている。
まったく、女ってやつはすぐ泣くな……。とか礼人は思っているが、彼の目じりには液体が流れた跡があった。
「バッドエンドだったけど、面白かったじゃねえか」
「ハッピーエンドです!」
メグは言いきった。
「……そうか?」
「そうです! 愛するひとと一緒にいれるなんて、最高の幸せじゃないですか!」
「でも、二人は死霊に食われて……」
「そんな些事はどうでもよいのです!」
些事か? とか礼人は思ったが、あんまりにも熱弁するメグが珍しかったので、黙って聞いている。
「愛は、恐怖や恐れも幸せと変える力を持っているのです! ああ、私も死ぬならあんな死に方がいいです……」
感極まったような言い方で、彼女は言った。
「……まあ、それについてはだいたいおんなじだけどよ……。その『愛する人』って、俺のこと、か……?」
いつも自身に満ち溢れている礼人としては珍しいことに、不安そうな表情を礼人はしている。
「……………………も、もちろんですよ。わ、私、言ったじゃないですか。私、礼人君……あなたのことが、大好きなんですから」
「……ありがと」
メグはもう一度ハンカチで涙をぬぐうと、立ち上がった。
「あ、あの、あなた。お食事にしませんか?」
「おう、そうだなハニー。近くにゃファーストフードしかねえが……」
「構いませんよ、あなたとなら、どこへでも!」
「……ありがとよ」
ふっと、礼人は優しげな表情を浮かべ、メグをエスコートするのだった。
同時刻、同公園内で。
「………あんなのってない!」
「はいはい。さっきからクレアそればっかだね」
クレアと沙耶がさっきと変らず二人を尾行、盗聴していた。
移動する二人を追いかけながら、沙耶たちはさっきの映画について話しているのだった。
「ねえ、あんなのありだとおもう!? なんで最後にあんな無理やりいい話に持っていこうとするのかな!? というかそもそも名前からして気に食わないっ!」
「それに関してはご愁傷さまとしか……」
さきほどの映画、沙耶の中では意外と高評価だったりする。
B級映画にしては非常に凝った作りをしていて、よくこんな時間あったなあ……と感心させられる場面が多々あった。……クレアやその他大勢の素人さんはそのことに気づかなかったようだが。
だからと言って、クレアの憤慨……というか不満も理解できないわけではない。どころかよくわかる。
クレア、沙耶。ともに物語の中ではよく出てくる名前である。
「……な、ん、で! あんな風に最後ヒロインはあきらめたの!? 幽霊バカスカ撃ち殺してローレンスのことだって全然気にかけてない、みたいなそぶり見せといてなんで最後の最後であんなこと言うのかな!?」
「ああ、それに関しては、一言」
「なに?」
「ツンデレだよ」
「……つん、でれ? ロシアとか、もっと寒い地域とかのこと?」
「それはツンドラ」
「こう、髪を二つにくくること?」
「それはツインテ」
「……じゃあ、何?」
沙耶はホラー映画だけでなく、日本のサブカルチャーのほとんどを網羅している。アニメ、マンガ、小説……ライトノベル。ひらたくありていに言えばオタクとなる。
一方クレアは普通の少女である。少し言動に過激なところがあるが、まあ、それは普通の範疇である。
「ツンデレ、っていうのは……クレアみたいなの」
「……はあ? って、どっちのクレア?」
「どっちも」
「はあ?」
さっきの映画と自分が同じだといわれて、ますます混乱するクレア。
「ツンデレ、っていうのは、普段ツンツンしてるけど、二人っきりのときとか、一定の条件満たしたらデレデレになるキャラのこと。ツンツンしてるけど実はデレデレ、ツンツンデレデレ、ツンデレ、みたいな感じかな?」
「……それってさ、なんか本気で嫌ってても、なんかそれっぽく解釈できるんじゃない?」
「まあね? クレア、礼人のこと好き?」
「嫌い」
「よね~。でも、見る人が見れば、クレアって充分ツンデレだよ?」
「……」
スーパーポジティブな考え方に、クレアはしばしあっけにとられる。
「……くだらない」
「だね~」
会話をきりやめ、二人はまた、尾行を始めた。