え、映画館です……
電車に乗り、二駅過ぎた次の駅で降りると、映画館のある町に着く。
メグの自宅がある町は田舎のような、都会のようなどうにも中途半端な場所で、映画館のような広い場所を必要とする娯楽施設は街に行かないとないのだった。
「あ、あの、こ、これ見るんですか……?」
「おう! どうだどうだ! 『死霊のはらわた』っていまどきこんなタイトルだぜ!? 見なきゃ損だろ!」
「え、ええっと……?」
メグと礼人が見つめる先にある看板には、大きく『死霊のはらわた』とあった。
あんまりにもベタすぎてツッコむ気にもならなくなるタイトルである。
「よし、怖かったら遠慮なく俺の腕を掴んでいいんだぜ?」
普通、恋人同士が見る映画といったら、たいていがラブロマンスである。が。『死霊のはらわた』なるものがそのジャンルであるかどうかは明確であり、そしてそのタイトルが意味するジャンルもまた、明確だった。
「う、うう……はい……」
話は変わるが、吊り橋効果、というものがある。
吊り橋の上で異性に告白なりお茶に誘うなりすると、された異性は吊り橋の上にいる時の恐怖と、恋愛感情をごっちゃにしてしまい、告白に対していい返事をしちゃったりお茶に誘われちゃったりする、というものだ。恋人同士であっても、それは有効かもしれない。もちろん、兵部がこのことを知っているし、映画の選択をしたのも、彼だ。
……まあ、だからと言ってなんの関係もないが。……なんの、関係もないが。
話は戻る。いや進む。
「……な、なんであんなタイトルなの……? 兵部のやつ、正気を疑うわ……」
後ろを見守っていたクレアが、おののきながら言った。
隣にいる沙耶はくすくすといやらしい笑みを浮かべている。
「あれ、くれあんはホラー苦手だっけ?」
「……に、苦手なんかじゃ、ないわよ……。で、でも、どうもその、妙に非科学的なのは……その、手がつけられないじゃない」
「ああ、苦手なんじゃなくて、怖いんだ」
「………ち、違うわよ!」
「否定にずいぶんかかったね、くれあん。よし、そこまで言うのなら一緒に見に行こうよ。私もいまどきあんな陳腐なタイトルでやってるホラー、興味あるもん」
「い、いや」
ふるふると涙交じりにクレアは否定する。
「……ふふふ、大丈夫大丈夫。怖くない、怖くない。……そうくれあんが言ったんだよ?」
「う、……そ、それは、そうだけど、お、お金、もったいないし、近づきすぎてばれても、だし……」
「お金は私が出すよ。近づきすぎに関しては大丈夫。きっと二人の世界に入っちゃうって」
クレアの出す理由を、ことごとくつぶしていく沙耶。
「う、うう……ううーーー!」
唸るが、言葉は出てこない。
「どうする? 行く? 怖いって素直に言えば、許してあげるけど?」
「う、うう! だ、大丈夫だもん! ほ、ホラー映画なんて、なんてことないもん! 何十本でも見れるもん!」
幼言葉になって彼女は叫ぶ。クレアは意地になったら確実に損をするタイプである。
「よし、じゃ、これ終わって、尾行が終わったら私んちでホラー映画見よ! 『ライブズ』とか『ホライゾン』とかいう怖~い映画いっぱい録画してるんだ! ほら、ニュースで一時期社会現象になったじゃない! あの、『家族が信用できなくなる』っていう触れ込みで、実際そうなった人がたくさん出てきたやつ!」
「あ、あれ? ほ、ほんとに、あれ見るの?」
お願いだからウソだと言って、という思いを込めて沙耶を見るが、彼女は満面の笑みで首を縦に振った。
「まあ、まずはこれ見て、それから『ホライゾン』ね」
「そんなぁ……」
半ば強引に沙耶に引き連れられながらも、クレアの足は映画館に向かっていくのだった……。
ちなみに、余談であるが。伝説的な大ヒットと社会影響を及ぼした『ホライゾン』はその名の通り『現実と虚構の世界の境界線にあるホラー』を目指して製作された。そのあまりのリアルさに社会現象まで巻き起こし、最終的には回収騒ぎとなった。その大ヒット問題作を、なぜ沙耶が所持しているのか。それは、彼女が部類のホラー映画マニアであり、上映された『ホライゾン』の海賊版を製作したからである。販売はこそしていないものの、それだけで十分にメグの母親のお世話になる資格がある。
……とまあ、そんなことはさておき。
映画館内。
「………………」
「ひゃー。なかなか人がいるじゃねえか。こういうのってB級だろ?なんでこんなに人がいるんだよ?」
きゃっきゃと騒がしく礼人は話しかけるが、メグは返事をしない。彼はそれを恐怖によるものだと解釈した。
「メグっち、怖いの?」
「え、は、め、めぐっち?」
気軽に話しかけると、メグはかわいく戸惑った。
「……いや?」
「え、あの、その」
「嫌なんだ。じゃあ、別のにしよう。……メグメグ?」
「え、ええっと……」
「嫌?」
「ええっと……」
「じゃあ、メーとか?」
「羊さんみたいです……」
「じゃあ、ハニーは?」
「え」
メグは、どうして今の流れハニーになるんですか?
とか思っていたが、礼人にはまったく届いていなかった。
「よし、決まり」
「ええ!?」
さっきまでちょっとでもそぶりを見せたら変えたのに、どうしてですかっ!?
なんて心の叫びも聞こえないし届くはずがない。
「俺が気に入ったから俺は今日からメグのことハニーって呼ぶな。くくく、クラスの連中、どんな反応しやがるかな……?」
すっごくいやらしい笑みを浮かべて、礼人は言う。と、そこで、何かに気づいたような表情になって、ポン、と手を打った。
「そうだ、今のままじゃあ俺がただお前のことを『ハニー』って呼ぶ変なやつじゃん?」
自覚はあったんですか……。なんて、思っても口には出さないメグ。
「じゃあ、今日からハニーは俺のこと『あなた』って呼んべよ」
「………え、ええっと……?」
「うん、決定」
「そ、それって、その、ふ、夫婦がするものなんじゃ……?」
「一緒だよ一緒。恋人同士なんて夫婦予備軍みたいなものじゃん?」
「それはそうかもしれませんけど……」
そこで納得するあたり、メグもメグである。それでも、なにか釈然としないメグだった。いくら納得していなくても、メグは基本的には礼人に従順である。でなければこんな、ゴシック調の服など着てくるわけがない。よって。
「……わかりました……」
彼女には、そう答えるほかありませんでしたとさ。