始まりの始業式
朝の日差しがまぶしいくらいに強くなってきた今日この頃。
学校の桜はもうすぐ満開になろうかという季節です。
私は今歩きなれた住宅街をどこか新鮮な気持ちで歩きながら、自分が通う高校に向かっていました。
今日は始業式。今日から私は高校三年生になります。
「あ、おはようメグ」
「おはよ~、クレアちゃん」
私を校門のところで待っていたのは、高校からの友達、クレアちゃんです。
彼女の名前がカタカナなのは海の向こうで生まれたからで、その割に流ちょうな日本語をしゃべるのは、こっち育ちだから……らしいです。
流れるような黒髪に、知性に富んだ表情、顔立ち。
背は少しだけ高めで、びっくりするぐらいセーラー服が似合ってます。
私なんかじゃ、比べ物にならないくらい。
「ごめんねメグ、先にクラス表見てきちゃった」
「え~!……で、どうだった?」
「今年も私と一緒よ」
「それもうれしいけど!そうじゃなくて!」
「くすくす、大丈夫よ。ちゃんと意中のあの人も一緒だから」
「やたっ!」
そのことを聞いて。私は小さくガッツポーズをします。
『あの人』。私の憧れで、私の好きな人。
今は片思いですが、きっと、きっと!
「……でもさ、メグ。また眺めるだけじゃないでしょうね?」
「うっ……」
ぎくりと、私はクレアちゃんの言葉に反応しました。
はい、そうです。実はあの人……兵部 礼人君とは高校二年間ずっと一緒なのに、私は声をかけることもできないのでした。
……いや、もう高校三年間ずっと一緒なのは決まりました。
今年こそ!私が礼人君の意中の人になるんです!
「お~お~、燃えてるねえ。ま、私も応援してるから、頑張ってね」
「うん!ありがとクレアちゃん!」
「どういたしまして」
それから私たちは、なんてことない雑談をしながら教室へと向かったのでした。
で、始業式が終わって、担任の先生が来るまでの休み時間?のような空き時間になりました。
「ねえ、クレアちゃん!」
「……なに?」
クレアちゃんとは隣同士の席になりました。……ううん、なんか毎年こんな感じ。何か運命でもあるのかな……?別に、クレアちゃんならいいですけど。
「ど~して校長先生の話ってあんなに詰まんないんだろうね?眠くなっちゃうよ!」
「そりゃ、マニュアル見たまんまの話しかしないからでしょ?心がこもってないから人を惹きつけないのよ」
「え、あのお話って全部マニュアルあるの?」
「全部かどうかは知らないけど。この前テレビでやってたわ」
「へえ~」
クレアちゃんがテレビの言うことを信じるなんて、珍しいです。なんか、いつも私がテレビのこと言ったら
『テレビってのは虚構よ、虚構。小説や漫画と同じ、フィクションよ。……なまじ現実のことを取り上げてるだけに、余計に性質が悪いわね』
とか言うのに。
「……って、何あんたは私に話しかけてんのよ。兵部に話しかけなさいよ」
「え、でも、もう男友達が……」
「まったく、しょうがないわね」
そう言うと、しばらくクレアちゃんは顎に手を当てて悩みます。……何を考えているのでしょうか?
「……よし、あんたはちょっとここにいなさい」
「へ?」
「そうそう、お弁当、明日から一人分多く作るのよ?」
「へ?へ?」
お弁当?もう一人分?どうして?
なんて私が戸惑っている間に、クレアちゃんは礼人君のところに行きます。男友達なんのその、描きわけてます。すっごくかっこいいです。
「ねえ、兵部」
「なに?ボクに何か用事?」
「私じゃないわ。………あの子」
そう言って指さすのは、私の方向。……いや、まさしく、私です。ってええ!?
「行ってあげて。……ね?」
「……わかったよ」
そう言って礼人君は私のところに、え?え?夢?……いやいあっやいやいいぇ?
「用事って何?」
「あ、え、えと、あの、その」
何を言えばいいの?え?も、もしかしてこれが最後のチャンスだったりする?
この前クレアちゃんが言ってた格言を思い出します。
『チャンスってのはね、何度も来るわ。……でも、一度つかみ損なったら、もうそれはチャンスだとは気付けないのよ。……だから、私はチャンスは一度きり、って思ってるの』
え、て、ことは、これが最後?え?え?
「……どうしたの?なにも用事ないの?」
「あ、う、あ、あのそのそのあの」
何か口実を考えなきゃ、一瞬でも長く、一秒でも長く、憧れの礼人君に近付かなきゃ!
でも、何も思いつきません!ど、どどどどうすれば……!
と、その時。
『お弁当、明日から一人分多く作るのよ?』
さっきのクレアちゃんのセリフを思い出しました。
「あ、あの!お、お弁当!」
「……お弁当?」
私は立ちあがって、言います。……叫びます?叫んだような気がします。
「あ、明日から礼人君のお弁当、作らせてください!」
教室中の会話が、途絶えました。
……え?へ?
「……バカ」
クレアちゃんのそんなつぶやきが聞こえるぐらい、教室は静まり返っています。
「……くす」
「?」
一瞬、礼人君がすっごく嫌らしく笑ったような気が……。うん、気のせい気のせい。
「いいよ。よろしくお願いしようかな?」
「あ、はい!」
だって、こんなに優しそうな笑みを浮かべるんですよ?さっきのは絶対気のせいです。
ああ、これからきっと礼人君と仲が良くなるんだろうな……。
って、思ってました。クレアちゃんのいぶかしげな顔を見ておけば、そんなこと思いもしなかったはずなのに……