#8 「煌炎は天高く舞い上がる」
コアシステムの第二段階を解放し、真の実力を遂に見せた紅坂茜。攻撃を全て避けながら接近する煌炎を前にしたノインヴェルトは、その想いに全力で応えることを選んだ。
コマンダーである紫乃崎優花里は連携力を高めるために、横山黄乃と緑山翠と空峰美宙の三人に敢えてサレンダーさせる指示を出した。
数で押すのではなく、少数精鋭で戦う。三年生がその決断をした事実がどれだけのことなのか、それを知る三人は二つ返事でその作戦を受け入れた。
新たに三機が降参状態となったノインヴェルトと紅坂茜の決闘。未だ激しく燃え盛り続ける煌炎に対するは、栄光を背負いし三年生が操る三機の戦機。激闘を繰り広げた決闘は、遂に終わりへと向かっていく……
「では、お伝えした通りにお願いします」
「了解。皆にはちょーっと悪いけど、三年生の実力を見せちゃおっかな」
「ここまで好きにさせてしまったからな。名誉挽回のため、私も最善を尽くそう」
こちらへと迫りくる真紅の機体を前に、優花里は二人へ新たな作戦を伝えた。前衛二機と後衛一機の陣形で、絶え間なく攻撃を続ける。一瞬の隙も作らないためには連携力が求められる作戦を、二人はすぐに受け入れて動き始めた。
三人が陣形を組んで待ち構える一方、茜は三機の動向を把握しながらも減速させることなく飛行を続けていた。常に銃身だけは動かせるようにしながらも、あくまで最高速で突撃するつもりで飛行していた。
「そのまま突撃を続けると……では、こちらも仕掛けるとしましょう。目標接近、攻撃開始!」
十分な距離まで煌炎が近づいてきたことを確認した優花里は、作戦開始の合図を告げた。それと同時に羅兎機と美環機が左右から飛び出し、迫りくる煌炎へ強襲を仕掛ける。
エネルギーブレイドとエネルギーダガーによる左右からの同時攻撃。停止状態であればスキャン以外ではレーダーに映らないというルールを活かした攻撃だったが、直前まで動きを見ていた茜は刃が届くよりも先に機体を上昇させた。
急上昇で二機の強襲攻撃を避けた煌炎。しかし、その飛び上がりで生じた隙を遠方から青い光が撃ち抜いた。胴部を貫いたそれは、コマンダーである優花里機が持つチャージライフルの一撃だった。
「っ……マニュアルコントロールで急上昇に合わせるなんて……」
急上昇した機体を即座に撃ち抜いた優花里。コアシステムの第二段階を解放しているからこそ、何故今の動きで撃ち抜かれたのかを茜は瞬時に理解した。
急上昇などの一部行動にはAIの照準補正を無効化する能力があり、第一段階だと無効化中は構えと狙いが完璧に合ってない限り弾が当たることはない。
では、この状態で当てられる機体とは何か。コアシステムの第二段階解放、マニュアルコントロールによってAIの照準補正を自ら無効化し、自分の手で照準を直接合わせる他ない。
それをやってみせたのは、チームノインヴェルトのコマンダーであり唯一第二段階を解放しているアクトレス、紫乃崎優花里。彼女だけがAIに頼ることなく煌炎の動きを捉えていた。
「胴体に一撃、続くぞ美環!」
「オッケー羅兎、一気に攻めちゃおっか!」
優花里の狙撃に続き、攻撃を仕掛ける二人。再びエネルギーブレイドとエネルギーダガーが迫る中、狙撃も含めた全ての攻撃を避けるために茜はブースターの出力を最大まで引き上げた。
三機の攻撃を避けるための動きは、最早曲芸と言っても過言ではないほどの激しい動きだった。パイロットの負荷を一切考えない力技で、茜は全ての攻撃を避けていた。
しかし、当然ながら掛かるGが増えることは凄まじい負荷となって茜に襲いかかる。目まぐるしく変わる映像と激しい揺れは茜を勝利へ近づけると同時に、確実に敗北へと導いていた。
「はぁ……はぁ……このままだと、先に限界が訪れるのは私……。この決闘で勝利をするためには……」
反撃をせずに回避行動だけを続ける煌炎。既に不快感が頭のてっぺんにまで昇っている茜は、自らの限界が近いことを感じていた。その中で何が出来るのか考えようとするが、思考の余裕を奪うようにノインヴェルトの三機は動き続ける。
前衛の美環機と羅兎機の猛攻を抜けた先に待ち受ける優花里機のチャージライフル。予測されないような動きで全てを避けなければいけないが、かといってそれでは反撃が叶わない。
お互いにもどかしい状況が続いたが、先に戦況を動かそうとしたのはノインヴェルトだった。段々と狙撃し辛い地形に移動していた煌炎を戻すべく、無理にでも攻撃を仕掛け始めた。
攻撃チャンスを増やす動きから、誘導する動きに切り替え始めた美環機と羅兎機。若干の変化を見逃さなかった茜はそれを好機とし、標的を一機に定めて反撃を開始した。
「反転!? あの姿勢からカウンターか!」
「かなりギリギリだったけど、当たらなかったら意味が無いよね!」
突然回避するための動きを変え、エネルギーキャノンで美環機を狙った茜。掠めるだけで直撃はしなかったが、十分動けることが分かっただけでも茜には価値があった。
今なら反撃が出来ると分かった茜は、最も前に出ている美環機を狙って回避の合間に射撃を始めた。回避の瞬間だけ敵機の方を振り向き、瞬時に照準を合わせて狙い撃つ。まだ掠めるだけだが、直撃するのは時間の問題だった。
「美環、狙われているぞ! 少し後ろに下がれ!」
「分かってる! 優花里、当たんなくてもいいから狙撃お願い!」
「分かりました。では……少し乱暴に行きましょうか」
明らかに美環を狙っている動きを前に、羅兎が代わりとなるために前へ飛び出す。負担となることが分かっている美環もその動きに合わせながら援護を頼み、優花里は精度重視ではなく制圧を目的として射撃を始める。
先程よりも多くのエネルギー弾が飛び交い始め、両陣営共に被弾が目立ち始めた。少しのダメージは機にすること無く反撃を優先し始めた茜と、徐々にダメージが目立ち始めた美環機と羅兎機。優花里機だけは被弾していなかったが、そのアドバンテージは微々たるものだった。
「くっ、明らかに反撃の精度が上がっている。このままだとこちらの攻撃を上回られるな……」
「グレネードも上手いね〜。ちょーっと笑えなくなってきたかも」
羅兎機の飛び掛かりを射撃で防ぎ、美環機の動きを爆発で防ぎ、優花里機の狙撃は気合で躱す。常人の処理能力では到底叶わない動きを、茜は気合だけでその全てを完璧に熟していた。
だが、遂に限界が訪れた。極度の興奮状態で集中していた茜はいつの間にか鼻から血を流し始め、浅い呼吸を短く繰り返す。その様子は明らかに普通ではなかった。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
『茜!! もうこれ以上は無理だからね。流石に限界だと思ったらこっちから止めるから』
「まだ……まだ、続けさせてください……」
茜に異変が生じ始めたその時、コックピットの様子を格納庫からモニタリングしていた鈴蘭が煌炎と通信を繋げた。通信の内容は警告だったが、茜はその言葉を無視して戦闘を続けた。
負けたくない。勝ちたい。勝って、本当の実力を見せなければ。そんな思いすら忘れてしまうほど集中した茜は口を閉じ、今までの動きを超える天才的な動きを魅せる。
「なっ、ガードを押しつけられた!?」
「うそっ、あそこから抜けるなんて!?」
羅兎機のエネルギーダガーにシールドを当て、美環機のエネルギーブレイドは当たる寸前で躱し、優花里機の狙撃を紙一重で避ける。最低限の動きで全ての攻撃を回避した茜は、次の動きに向けてレーダーとマップに目を向けていた。
「……コマンダーに勝つ。勝って、私の意味を証明する!!」
コマンダーに勝つ。いつからか本当の力を見せるという当初の目的が少女の中ですり替わり、茜は全力でブースターを吹かして優花里機に向かった。
背後から迫って来るエネルギー弾や機体には目もくれず、茜の目に映っているのは優花里が搭乗する乙式だけ。全てを使うつもりで全身の射撃武装を連動させて、射撃しながら目の前にいる敵機に突撃する。
「……では、お返しいたしましょう」
突撃する煌炎に対し、射撃を防ぐことも突撃から逃げることもせず、ただその場で銃を構え続ける優花里機。射撃しながら煌炎が正面から突撃してくるが、それでも優花里はただ一点に狙いをつけて構える。
十分に距離が近づき、エネルギーブレイドを構えた煌炎。誰も煌炎の接近を止めることが出来ず、コマンダーに刃が届きかけたその刹那、無数の蒼い光が煌炎の体を貫いた。
フルバースト。茜が清奈機を撃破するために使ったその技を、今度は優花里が煌炎に向けて使い、まだ残っていた胴部耐久力を全て削りきった。
「……フルバースト。お返しいたします」
自分が撃破するために使った技で倒された茜。コアの耐久力が無くなったことでコックピットの電源が落ち、そのまま浮力を失った機体が地に落ちる。
刃は届かなかった。その事実をぶつけられた茜は興奮と集中が完全に解け、座ったまま気絶するように目を閉じた。ぐらつく視界を閉ざし、ゆっくりと息を整えるように深呼吸をする。
反省会をする間もなく、決闘終了のブザーが競技場に鳴り響く。動けない茜はコックピットの中で目を瞑ったまま座り続け、回収機による揺れを感じながらノインヴェルトが待つ第一格納庫へと向かっていった……
外部からコックピットが開かれ、差し込む光のまぶしさで茜は目を開けた。まだ震えている足を動かして戦機から降りると、そこには第二格納庫からわざわざ移動してきた鈴蘭の姿があった。
「……私、止めるって言ったよね」
「…………申し訳、ありません……」
開口一番、心配と怒りの感情が込められた言葉を口にした鈴蘭。それは茜の状態が危険だということを知っている人間としての言葉であり、その意味を理解している茜は目を伏せながら謝罪する。
「そんなに勝ちたかったの? あのまま続けてたらどうなるか自分でも分かってたよね?」
「そう、ですね……反省はしています」
「はぁ……まあ、反省してるならこれ以上は言わないでおきます。とりあえず、まずは話をしてきたら?」
ルームメイト兼エンジニアとして厳しい言葉を送る鈴蘭。一応反省をしていると茜が返事をしたことでこの会話は終わり、鈴蘭はノインヴェルトの下へ茜を送り出す。
鈴蘭の後ろで待っていたチームノインヴェルトの少女たち。先程まで決闘をしていたからか温かい歓迎ムードではなかったが、確かな実力が示されたことで多少は茜を見る目が変わっていた。
「紅坂茜さん、まずは決闘お疲れ様でした。既に第二段階を解放されているとは思いませんでしたわ。それで、決闘の理由をお聞かせいただけますか?」
八人の中から一歩前に出た優花里。まずは先の健闘を称えるような言葉を茜に送り、続けて決闘を申し込んだ理由を尋ねた。既に何となく理由を察していた優花里だが、直接その理由を聞きたくて茜に問いかけていた。
「決闘を申し込んだ理由はただ一つ、私の実力を示すためです。マニュアルコントロールを使える私が入ったとして、その力を使えないのでは私が加入する意味がありませんから」
理由を問われた茜は素直に全てを語った。マニュアルコントロールが使えること、ノインヴェルトのメンバーについて調べたこと、そして自分と同じく第二段階を解放している相方を求めていること。
「なるほど、やはり第二段階の解放が一番の問題でしたか。確かに今第二段階を解放しているのは私だけですが……先のことを考えればその限りではありません。ですよね、百井さん?」
「ん、そこで私ですか……まあ、確かに最近ちょこっと練習してますけど……習得したばかりの私で本当にいいんですか?」
茜の話が終わり、全てを聞き終えた優花里は確かに今マニュアルコントロールに対応できるのは自分だけだと話しながらも、未来に関してはその限りではないと二年生である櫻木百井の名を呼んだ。
呼ばれた理由に心当たりがある百井は、最近コアシステムの第二段階を解放してこっそり練習していることを明かした。しかし、その腕はまだ実用範囲ではなく不安が残るとも百井は話したが、優花里はそれでも構わないと考えていた。
「どうでしょうか茜さん。チームの未来を信じていただけるのなら、ノインヴェルトに入っていただけませんか?」
第二段階の解放が出来る者が他にもいることを示した優花里は、改めて茜のことをスカウトした。たとえ今はまだその時ではないとしても、この先の未来を信じていただけるなら。その言葉と共に右手を差し出された茜は、迷うこと無くその手を取った。
「敗北した私でもお誘いいただけるというのであれば、こちらこそよろしくお願いします」
熱い想いにしっかりとした握手で茜は答え、二人は固い握手を交わした。周囲も温度差こそあれど茜の加入を祝福し、こうして謎多き転校生とノインヴェルトの決闘が幕を閉じた。
この日、かつて強豪チームとして数えられていたノインヴェルトに新たなアクトレスが加わった。学園中から注目を集めていた新進気鋭の転校生、紅坂茜が加入したことで最低出場人数を満たしたノインヴェルトは次のステージへと進み出す。
九人の少女は何を目指し進むのか。その鍵を握るのは、陽咲焔と彼女が率いるチームにあった…………
――チームノインヴェルトのちょっとした話#2
「今日は二回目のチームノインヴェルトについてのお話だよ! まずは私からも決闘お疲れ様! 実際に戦ってみてどうだった?」
「仮に乱戦まで持ち込めたとして、勝率は五分五分だったと思います。やはり経験を積んでいる三年生の存在が大きかったかと」
「ノインヴェルトは結構な実力派だったからね〜。去年から後任の育成に力を入れてるから戦績自体は一年目より見劣りするかもしれないけど、それでもかつてトップアクトレスに最も近かった優花里さんは流石だよね」
「優花里さんもそうですが、羅兎さんと美環さんのお二人もアクトレスとして数々の実績を手にしていますし、勝利出来なかったことも冷静になった今なら納得です」
「私も詳しくは知らないけど、結成当時は凄かったらしいよ。最強の一年生チーム現るって、物凄く話題になってたって」
「そんなことが……ですが、三年生だけではなく二年生の百井さんと美宙さんも実力者ですから。そんなチームに加わる一年生として、恥ずかしくない戦いをしたいと思っています」
「確かにそんな凄い先輩たちと過ごす一年生の皆はプレッシャーもあるだろうけど、きっと強くなれる期待もあるよね」
「そうですね……そうであることを願っています」
「ふふっ、そうだといいね。改めて、ノインヴェルトに加入おめでとう茜ちゃん! それじゃあ今回はここまで。次回も涼凪ちゃんの後書きコーナーをよろしくね!」