#5 「世界へ己が力を示す時」
※2025/01/25 一部ルビの付け忘れを修正
チームノインヴェルトによるスカウトの翌日。考える時間が欲しいと言った紅坂茜は、ノインヴェルトのことをよく知るために資料室を訪れていた。
「チームノインヴェルトのチーム実績と、各メンバー個人の実績、後は映像記録もお願いします」
学園中のあらゆる書類や資料を閲覧することが出来るその場所で、茜はノインヴェルトに関係した様々な資料を借りて机の上に広げていた。
茜が最初に目を通したのは、チームノインヴェルトの実績が書かれている資料だった。現隊長の紫乃崎優花里が一年生の頃に立ち上げたチームということもあり、過去二年間の活動における実績は数多くあり、その中には目を見張るものもあった。
続けてノインヴェルトに所属しているアクトレス個人の実績がまとめられているファイルを開き、一枚一枚じっくり目を通していた茜。そんな茜に背後から近づく少女の姿があった。
「あれ、茜? 今日は資料室に来てたんだ」
不意に後ろから声をかけられた茜が振り返ると、そこには同じ一年生でエンジニアコースの少女、喜次角鈴蘭の姿があった。
「鈴蘭さんこそ、こちらに用事があるなんて珍しいですね」
「私はちょっと調べたいことがあってね。茜は……もしかしてスカウトされたからノインヴェルトについて調べてるの?」
「そうですが……どうしてそれを?」
「今一番注目の的になってるんだから当然だよ。逆に茜のことを知らないなんて遅れてるね」
話しながら茜の隣に座った鈴蘭。同室である二人は転校初日からすぐに仲良くなり、二人の距離の近さは精神的にも物理的にも表れていた。
「それにしても、まさか転入二日目でスカウトの話を貰うなんてね。その様子だとチームに入る気はあるんだよね?」
「それはもちろん。チームに所属しないメリットよりも所属したメリットの方が圧倒的に多いですし、私はアクトナインでトップアクトレスを取るので」
鈴蘭からチームの話を振られた茜は、自分の気持ちと考えを正直に答えた。チームスポーツはチームに入らなければ参加出来ず、茜が目標を叶えるためにはチームへの早急な加入が必要だった。
チームについて話している途中で、茜はふとあることを思い出した。それは転校初日に鈴蘭と話した時のことで、茜はその会話の内容から思いついたあることを鈴蘭に尋ねた。
「そう言えば、鈴蘭さんはフリーランスとして様々なチームに助っ人として入っているんですよね?」
「そうだよ。どのチームにも所属せずにフリーのエンジニアとして活動をするなんて、我ながら変な道を選んだものだよ」
「もし良ければチームに助っ人加入していた際の話を聞かせてくれませんか? チームとして活動する参考にしたいのですが」
比較検討するためにもチームについての情報がもっと知りたいと思った茜は、フリーランスのエンジニアとして活動している鈴蘭の話を聞かせて欲しいとお願いした。
「うん、いいよ。茜がチームに入るのは同室の私も嬉しいし、それが役に立つなら何でも話してあげるよ」
鈴蘭は二つ返事でそのお願いを聞き入れ、中等部時代に色々なチームへ助っ人のエンジニアとして入っていた時の話を始めた。
チームの雰囲気やそこに所属する少女たちの性格など。それらに加え、どのような装動戦機を使ってどのような戦法を取っていたのかについても事細かく話した。
「……と、こんな感じかな。チーム毎に色んな特色があるから、肌に合う合わないはちゃんと考えて決めた方がいいかもね。こんな感じでどうかな、チームを決める参考になった?」
「はい、それはもう十分に。貴重なお話をありがとうございます」
色々と話してくれた鈴蘭に感謝を述べる茜。多種多様なチームの話を聞いたところで、茜はノインヴェルトというチームについて頭の中で考え始めた。
このチームが私に求めるもの、聞いた通りならそれは私の実力で間違いないだろう。その事実を中心として色々と考えているうちに茜は見せていない不確定要素に気がつき、同時にそれを解消するためのある作戦が頭の中で形となった。
しかし、その作戦にはエンジニアの協力が不可欠であり、それもすぐに作業を始められてすぐに終えられる人物でなければならなかった。
そんなことが出来る相手は一人しか知らない茜。無理なお願いだと思いつつも、目の前で話を聞かせてくれたばかりの相手に向かって口を開いた。
「……あの、一つお願いをしてもいいですか?」
「お願い? まだ何か知りたいことでもあるの?」
「いえ、実は今の話を聞いてあることを思いついたのですが、その協力をエンジニアである鈴蘭さんに依頼したいのです」
「依頼かぁ……とりあえず、話を聞かせてもらってもいいかな?」
少しでも話を聞いてもらえるように、お願いではなくエンジニアへの依頼という形で協力してほしいことがあると話した茜。流石に内容も聞かずに依頼を断るわけにもいかない鈴蘭は、一先ず茜の話を聞くことに。
依頼の相談として、茜は思いついたことを全て話した。チームに安心して入るための作戦、その全容は全く穏やかなことではなかったが、鈴蘭の反応はいつになく楽しげなものだった。
「……なるほど、それは面白そうだね。放課後に来るその時までに機体の調整を間に合わせればいいんだよね? だったら任せてよ」
茜の話を最後まで聞いた鈴蘭はすぐに返事を決め、その場で茜の依頼を引き受けた。依頼の内容に興味があるのは勿論のこと、高等部に上がってからは初の依頼ということもあり、鈴蘭は久々の本格的な戦機弄りを前に心が躍っていた。
「ありがとうごさいます、鈴蘭さん。では、後のことは頼みます」
「期待して待っててね。それじゃあ私は第二格納庫に居るから、何かあったら連絡してね」
依頼を引き受けてくれた鈴蘭に茜は頭を下げて感謝を示す。鈴蘭はさっそく戦機の調整に取りかかると言って借りた物を持ち上げ、茜に一言伝えてから資料室を去った。
一人の時間に戻ってきた茜は、途中になっていた資料へ再び目を向けた。作戦を完璧に成功させるためにも、チームに入った後のためにも、茜はひたすらにノインヴェルトの資料を読み漁った。
午前と午後の自由な時間を最大限に使い倒し、そして訪れた放課後の時間。茜は端末に送られてきたメッセージを頼りに、チームルームが集まる控室棟へ向かっていた。
控室棟の中を歩き、とある部屋の前で立ち止まった茜。鍵が入っている携帯端末を扉にかざし、深呼吸をしてから部屋の中に入る。
「お待ちしておりました、茜さん。それでは、お返事を聞かせていただけますか?」
入室した茜を迎えたのは八人の少女。先日会った一年生三人と二年生二人、そして初めて会う上級生を含む三年生三人。その中心に立っていた三年生の紫乃崎優花里は、茜を歓迎するように一歩前へ出て口を開いた。
彼女が求める返事、それはチームノインヴェルトのスカウトを受けるかどうか。ここまで来たのだから誰もが受けるのだと疑わなかったが、その雰囲気を壊してしまうような言葉を茜は返した。
「……チームノインヴェルトの皆さんへ、私は決闘を申し込みます。本当の私を見せてから、スカウトを受けるために」
それはスカウトを断るのではなく、スカウトを受けるでもない返事。八人へ決闘を申し込むという失礼にも値しそうな茜の返事は、歓迎ムードだった部屋の空気を一瞬でひりつかせた。
「本気で言ってるのか? 八人を相手にして、それでどうするつもりだ?」
「私の実力について、その認識を改めていただくためです」
茜の言葉に誰よりも早く反応したのは、スカウトにも同席していた三年生の茶上羅兎だった。真意を確かめる質問に、茜は誤解されそうな言葉を返す。
そんな気は無かったが、結果として茜の言葉は挑発として受け取られてしまう。チームルームのひりついた空気は、瞬く間にざわつきへと変わった。
「それ、本気で言ってるの? いくらなんでも、私たちのことちょーっと舐めてない?」
一年生や二年生がざわつく中、三年生である橙利美環が特に強い反応を見せた。ノインヴェルトは実力があるチームであり、そのチームに実力を見せるという茜の態度が美環は気に入らなかった。
そんな美環に続くように段々とノインヴェルトの少女たちから向けられる視線が変わり始める中、ざわつきを掻き消すような足音が鳴り響く。
「……構いませんわ。本当に八対一で示せると言うのであれば、喜んで決闘を受けさせていただきます」
わざとらしく大きな足音を鳴らした優花里。続けて、スカウトのためなら決闘の申し込みを受けると話した。当然ながらざわつきが収まらないうちにそんなことを話したのだから、隊長相手とはいえ少女たちの不満は増し、茜だけではなく優花里にも少女たちの目は向けられた。
「優花里、流石にそれは――」
「では羅兎さんは断りたいと? 私はそうは思いません。むしろ前向きに検討した結果がこの決闘だと言うのなら、私がそれを断るなどありえませんわ」
羅兎は少女たちを代表して声を上げたが、優花里は決闘をすればスカウトを受けてくれるのだからと言葉を返す。隊長として周囲の反発を抑えながら、優花里は返事として茜に微笑んだ。
「決闘を受けていただき、ありがとうございます」
「スカウトを受けていただくのですから、感謝するのはこちらの方ですわ。ですが、決闘の申し出を受ける以上はこちらも手加減はいたしませんよ」
決闘を受けていただいたことに感謝を示す茜。未だに納得していない者もいる中で、優花里は穏やかな雰囲気のまま手加減はしないと宣言する。
不満や疑問を抱えた者もいるまま、順番に控室を出た少女たち。後ろからそれに続いた茜はノインヴェルトの背中を見送り、彼女たちが進んだ道とは違う道を歩いて戦機格納庫へ向かった。
学園内の各所に通っているリニアレールと呼ばれる乗り物に乗った茜。そのまま控室棟からは遠く離れた第二格納庫に入り、降りた先で整備中の鈴蘭が茜を迎え入れた。
「……お、来た来た。茜、話はちゃんと出来た?」
「はい、何とか受けていただけました。それで、依頼していた機体はそちらですか?」
整備用の端末でアームを操作している鈴蘭に話しかけられた茜。何とか話をつけることが出来たと返してから、鈴蘭に依頼した機体について茜は尋ねる。
「要望通り戦機神威丙式をベースに、大量の武装とバーニアを追加し、さらにはブースターを換装した茜の専用機。せっかくだし名前を付けてみたら?」
整備を終わらせた鈴蘭は、目の前にそびえ立つ深紅の機体について話し始める。紅坂茜から依頼を受けてカスタムした戦機神威丙式。変更点について軽く話した鈴蘭は、専用機らしく名前を付けることを茜に提案する。
急に機体の名前と言われても何も考えていなかった茜は、真っ赤な丙式を見ながら考え始めた。特徴的な機体カラーとこの機体で成すべきこと。その二つから茜は一つの名前を思いつき、ゆっくりと口を開いた。
「……煌炎。煌めきを放ち、燃え盛る炎。願いも込めてこの名前にします」
「煌炎か、良い名前だね。じゃあその名前で専用機として格納庫に登録しておくから。じゃあ最後の準備があるからセットアップよろしくね」
数多の武装が煌めきを放ち、戦火の中でも燃え盛る炎のような機体、その名も煌炎。鈴蘭は名前を褒めながら紅坂茜専用機として登録し、茜にシステムのセットアップをするよう伝える。
準備のためにコックピットへ上がった茜は、さっそく戦機のシステムを立ち上げる。初期設定を手早く済ませたが、専用機特有の問題が立ち塞がった。
『こっちは準備完了だよ。そっちはどう?』
「初期設定は終わりましたが、制御関係がもう少しかかりそうです。先に移動をお願い出来ますか?」
『オッケー、じゃあリフトを動かすよ』
専用機のコアシステムは細かく自分で調整することが前提となっており、茜の性格上その時間が長引くことは必然だった。
先に外の準備が終わり、茜は鈴蘭に移動を頼んで設定を続ける。全ては最高の機体を最高の状態とするために、茜はリフトが動いている間もシステムの調整を行った。
「動きの制御は限界まで切り詰めて、コアシステムも上限を解放。連動システムを新たに設定し、各種武装の動作を再設定……完了。設定終わりました、何時でも出撃出来ます」
『了解。ちょうどあっちも準備が終わったみたいだから、出撃前の通信を繋げちゃうね』
リフトがカタパルトに到着すると同時に、何とかシステムの調整を完了させた茜。ちょうど同じタイミングで向こうの準備が完了したことを確認した鈴蘭が通信を繋いだ。
『素晴らしい機体を手に入れたようで何よりです。遠慮は無用ですわ、どうぞ貴女の全てを私に見せてください』
「言われなくとも、全力で行かせていただきます」
チームノインヴェルトの戦機と煌炎の間で鈴蘭は通信を繋ぎ、八人を代表した優花里と茜は決闘前最後の挨拶を済ませる。
互いに言いたいことを伝え合い、そのまま静かに通信を終える。これでもう思い残すことは無い。強い覚悟を決めた茜は、力強くレバーを握り締める。
チームノインヴェルトと紅坂茜。八対一という凄まじい戦力差がある決闘。茜はどのようにして八人と戦い、己が力を示すのか。
戦場で炎が舞い散る時、煌めく炎が舞い上がる。
#5 「世界へ己が力を示す時」
――神威女学園のちょっとした話#2
「今日は神威女学園のお話だけど、茜はフリーランスとチームメンバーの違いは知ってる?」
「知っていますが……なぜ鈴蘭さんがここに?」
「現役のフリーランスエンジニアとして、ここは私が解説するべきだと思ってね。それで、フリーランスとチームメンバーの違いが何か分かる?」
「チームに所属していないことです。専属アクトレス及び専属エンジニアでないフリーランスではチームルームを使えませんが、代わりに助っ人として色々なチームと関わることが出来るのは大きなメリットですよね」
「そうだね。後はチームを組んでないとチームルールの競技には出られないんだけど、実はフリーランス同士で臨時チームを組めば競技に出られるから、実際はそこまでのデメリットじゃないんだよね」
「フリーランスにもチームメンバーにも、どちらもメリットとデメリットがしっかりとある。どうするかは自分次第ということですね」
「その通り。フリーランスだからと言って、勝手なイメージで見るのはいい加減――」
「ちょーっと待ったー!! 鈴蘭ちゃん、このコーナーはたとえトップクラスのエンジニアである鈴蘭ちゃんでもこれ以上は譲らないよ!」
「涼凪、遅かったね。じゃあコーナーの主も帰ってきたことだし、私はこの辺りで失礼するね。あ、最後の挨拶よろしく」
「な、なんて自由な……っと、とりあえず今回はここまで! 次回も涼凪ちゃんの後書きコーナーをよろしくね!」