#4 「それは九世界となる誘い」
蒼野清奈と横山黄乃のペア、紅坂茜と緑山翠のペアによる実技訓練が終わった直後のこと。午前の予定が全て終わった茜は三人と別れ、少し早めの昼食をとりに一人で食堂を訪れていた。
神威女学園高等部校舎の一階にある食堂は、この校舎内で最も大きい部屋となっている。室内の席数は有に百を超え、景色の良いテラス席や個室も用意されている徹底ぶり。
正に至れり尽くせりな食堂で、茜はある物を前に何故か立ち尽くしていた。茜の前にある物、それは昔ながらの食券機。神威女学園では今時珍しい食券形式を採用していた。
目の前にあるコレがどういった物なのかすら知らない茜。書かれている料理の名前や単語からコレがどういった物なのかは理解したが、その使い方に関してはさっぱりだった。
携帯端末を片手に機械の前で立ち尽くす少女。新学期特有の光景がそこにはあり、それを見た二人組が茜に声をかけた。
「ねえねえ、そこの一年ちゃん。何かお困りごと?」
「もし食券機の使い方が分からないなら、私たちが教えようか?」
「えっと……」
「ごめんね、急に話しかけたからびっくりしちゃったよね。私は二年生の櫻木百井!」
「同じ二年生の空峰美宙。よろしくね」
微動だにしない茜に話しかけたのは、二年生の櫻木百井と空峰美宙だった。普段からこの食堂に通っている二人。通っているうちに食券機を分かっていない生徒のことが気になり始め、何時しか茜のような戸惑っている少女を手助けするようになっていた。
「食券機は初めて? 私も最初にこれを見た時は驚いたんだよね。食べたい料理が書かれてるボタンを押して、そしたら端末をここにかざしてみて」
一年生の時点で食券機をマスターしていた百井による分かりやすい説明のもと、茜は食券機の炒飯セットと書かれたボタンを押してから自身の端末を認識させる。
端末を認識したことで電子音が鳴り、端末の画面に発券が完了した通知が届く。それと同時に食券機の下部に食券が落ち、茜は一枚の小さな紙を拾う。
「これが、食券……」
「そうそう、それで今度はその食券をカウンターに持って行くの。せっかくだし私も一緒に食べたいから今日は……サンドイッチかな」
「じゃあ私は焼き鯖定食で……うん。それじゃあ行こうか」
茜に続いて二年生の二人も食券を購入し、三人は料理を受け取るためにカウンターへ向かう。カウンターのスタッフに購入した食券を渡し、僅か数分で三人は料理を受け取った。
「ねえねえ。もし良かったらなんだけど、一緒に食べてもいい?」
「はい、大丈夫ですよ」
「なら奥に行こうか。あっちの方はいつも空いてるから」
料理を受け取ったところで、百井の提案により三人は一緒に昼食をとることに。美宙の案内で奥の方に向かい、丸いテーブルを囲むように三人は座る。
「そう言えば、名前まだ聞いてなかったよね。よかったら教えてくれる?」
「アクトレスコースの紅坂茜です」
料理を置いて席に座った三人。今更になって名前を聞いていないことを思い出した百井が口を開き、尋ねられた茜は名前と所属コースを答える。
「茜ちゃん……あれ、もしかして有名な転校生って茜ちゃんのこと?」
「嘘、本当!? 初戦で学年一位と引き分けたって噂になってるあの子!?」
茜の名前を聞いた瞬間、学園内で話題になっている噂を思い出した美宙。転校初日の初戦で学年一位の陽咲焔と引き分けた転校生がいると。
横で聞いていた百井も当然その噂は知っており、噂のアクトレスと出会えた感動から、目を輝かせて茜の手を取る。
噂の転校生と会えたならやることは一つ。気づけば食事中に二年生二人から転校生への質問タイムが始まっていた。
「茜ちゃんは実際に戦ってみて、焔ちゃんのことをどう思った?」
「学年一位と言われているのも納得しました。訓練用の機体であの強さは驚きましたね」
「焔は全距離で戦うんだけど、一番得意なのは近距離なんだよね。それで引き分けになったんだから茜ちゃんも大した実力だよ」
「ありがとうございます。ですが、次も勝つ気持ちで臨みます」
最初の質問として百井から聞かれたのは、学年一位と戦った感想だった。戦ってみてどう感じたか、それを素直に称賛という形で話した茜に、焔について触れながら美宙も茜のことを褒め称える。
百井の質問が終わってから少し雑談を挟み、料理を半分ほど食べ終わった頃。再び三人の会話は質問タイムへと戻り、今度は美宙が口を開いた。
「茜ちゃんはさ、どこのチームに入るとかもう決めてるの?」
「そうですね……出来るならアタッカーを任せていただけるチームが望ましいですね」
「やっぱりアタッカー志望なんだね。でも、流石に月末までアタッカーの枠が空いてるチームは少ないんだけど、大丈夫?」
「必ず掴み取ってみせます。実力さえあれば結果も自然と伴ってくるはずですから」
美宙からの質問、それは所属するチームについての話だった。神威女学園でチームスポーツをするためにはチームの所属が必須となっており、毎年誰が何処に所属するかで学園中が盛り上がっていた。
月末となった今でもその熱は冷めておらず、その矛先を向けられている茜はアタッカーを任せてもらえるチームを望んでいると答えた。
その後も色々と話をしながら食事を続けた三人。食べているうちにすっかりお昼時となり、気づけば食堂には多くの生徒が集まっていた。
「はあ〜、美味しかった! やっぱりサンドイッチは柔らかいパンよりもバタールだよね〜」
「ごちそうさま。流石にお昼は人が集まるね」
「……ごちそうさまでした。確かに、お昼よりも前に来て正解でした」
本格的に人が集まり始めた頃に昼食を食べ終わった三人。それぞれ感想を話しながらトレイを持ち上げたその時、学園内にお昼の放送とは異なる放送が響き渡る。
『生徒会より呼び出しのお知らせです。一年生の紅坂茜さん、至急生徒会室までお越しください。繰り返します。一年生の紅坂茜さん、至急生徒会室までお越しください』
お昼に決まって流れる放送とは異なる、何かをお知らせするときの音で始まった呼び出しの放送。それは生徒会から紅坂茜に向けた呼び出しの連絡だった。
「おおっと、生徒会から呼び出しなんて穏やかじゃないね〜。茜ちゃん何かしちゃったの?」
「いえ、特にはしてないと思いますが……」
「とりあえず、生徒会に行けば分かるんだから行ってみたら?」
噂となっている転校生の名前が放送で流れ、周囲がざわつく中で百井が放送の内容で茜をイジる。思い当たる節がない茜に、美宙は行けば分かると言ってすぐに向かうことを勧める。
「……そうですね。百井さん、美宙さん、ご丁寧にありがとうございました。では、失礼します」
「また会おうね〜」
「またね。これからの活躍、期待してるよ」
背中を押された茜は意思を固め、トレイを持って立ち上がる。上級生二人にお礼と別れの挨拶を告げ、見送られながらその場を後にする。
カウンターの棚にトレイを戻してから食堂を去った茜。階段で二階に上がってから廊下を歩き、周りとは毛色が違う扉の前で止まる。
神威女学園生徒会室。そう上に書かれている扉の前に立った茜は、軽くノックをしてから中に聞こえるぐらい大きな声を上げた。
「一年、紅坂茜です。呼び出しの連絡を受け、参りました」
「どうぞ、開いているから入ってくれ」
「失礼します」
中から返事が聞こえ、茜は扉を開けて生徒会室の中に入る。部屋の中はかなり豪勢な内装をしており、三人の三年生が椅子に座って茜のことを待っていた。
「ようこそ生徒会室へ、紅坂茜君。生徒会長の太乃陽華だ。わざわざ生徒会室まで来てもらってすまないね」
「いえ、ちょうど食堂にいましたので。それで呼び出しの要件は?」
「実は要があるのは私ではないんだ。優花里君と羅兎君の二人が君と話したいそうでね」
茜が入室してすぐに歓迎の意と詫びの一言を口にした生徒会長。茜は丁寧に言葉を返しながら要件を尋ねたが、茜に用があるのは生徒会長の陽華ではなく、横にいる二人だった。
「高等部アクトレスコース所属、三年の紫乃崎優花里と申します」
「同じく三年の茶上羅兎だ。よろしく」
生徒会長からのバトンを受け取った二人の三年生、紫乃崎優花里と茶上羅兎が茜に名乗る。二人の名乗りに続いて茜は軽く頭を下げ、互いの名前を知ったところで遂に話が始まった。
「早速本題に入らせていただきます。紅坂茜さん、貴女をチームノインヴェルトにスカウトしたいのです」
優花里が茜を呼び出した要件。それは自らが率いるチーム、ノインヴェルトに茜をスカウトするためだった。本来なら上級生からのスカウトは喜ばしいものだが、茜の心境は少し複雑だった。
「私を、スカウトですか?」
転校生の茜にとって、チーム探しは大きな課題だった。基本的にチームは四月中旬までに加入するか設立することが推奨されており、月末までチームのスタメン枠が空いているところは少なく、アタッカー枠など以ての外だった。
故に、この話は茜にとってまたとないチャンスだった。だが、それと同時に突然過ぎるスカウトはチームに不和を生む可能性もある。そのリスクを考えた茜は、答える前にあることを質問した。
「一つだけ聞かせてください。どうして私を?」
「茜さんと学年一位である焔さんの決闘を見させていただいたのですが、簡潔に言えば手放すには惜しい方だと思ったからです」
「ノインヴェルトは今八人。あと一人、他のチームと大きく差をつけられるアクトレスが欲しいと思っていた。そこに貴女が現れた、学年一位にも匹敵する実力者として」
何故私なのかという茜の質問に、二人は口から出た言葉こそ違えど、スカウトの理由はその力が欲しいからだと答える。決闘を受けたことでこの縁を導いた、という結果自体は狙い通りだったが、この話を受けるのはまだ早いと茜は思っていた。
「…………少しだけ、私に考える時間をいただけませんか?」
上級生からのスカウトは嬉しいし、出来るなら早めにチームへ入りたい。でも、それをこの場で決めることは出来ない。そう考えた茜は保留という選択を取った。
「この場ではすぐに頷けるだけの判断材料が無いと、そういうことかしら」
「はい。スカウトのお話は嬉しいのですが、私は皆さんのことをまだ知りませんので」
保留という返事を聞いた優花里はその理由を言い当て、茜は今の気持ちと一緒に時間が欲しいと返した理由を答える。茜の答えを聞いた二人は目を見合わせ、互いの意思を確認したところで羅兎が口を開いた。
「今週中に返事を決められるなら、こちらも構わない」
「そうですね……では、明日の放課後にお時間をいただけますか?」
「私たちとしては早い方が良いけれど、本当に一日でいいの?」
今週中に返事が欲しいという話に、茜は明日の放課後までに返事を決めると答える。あまりにも早すぎる予定に優花里は一日で大丈夫かと聞くが、茜にはそう言えるだけの予定があった。
「元々、明日は色々と調べ物を済ませる予定だったので。チームについても……っと、すみません。そろそろ午後の講義が始まりますので、この辺りで失礼します」
茜は問題ないと明日の予定を話しながら返すが、その途中で昼休みの終了五分前を告げるチャイムが鳴り響き、午後一番に講義の予定がある茜はこの場を去ろうとする。
「チームルームの場所と鍵を端末に送りますので、また明日チームルームでお会いしましょう。良い返事を期待していますよ」
「明日の返事、楽しみに待ってるから」
「こちらこそスカウトしていただいたのに、その返事を考えるための時間をいただきありがとうございます。それと生徒会長、このような機会をありがとうございます」
「いやいや、私はただ機会を作っただけに過ぎないよ。それにこう言っては何だが、私個人としても茜君には期待しているんだ。良いチームに所属出来るよう陰ながら応援しているよ」
「ご期待に沿えるよう精進いたします。では、失礼します」
三人の三年生に見送られながら、茜は一礼をしてから生徒会室を出る。決闘で力を示した結果が見事に実を結んだ。その事実を胸に、順調な学園生活に期待しながら少女は歩き出す。
噂の転校生、紅坂茜。学年一位との決戦後に様々なチームが目をつけ始めた中、チームノインヴェルトが誰よりも早く接触した。この事実はすぐに学園中へ広がり、新戦力を巡る新たなる競争の幕開けとなった……
――チームノインヴェルトのちょっとした話#1
「今日は茜ちゃんをスカウトしようとしたチーム、ノインヴェルトについてのお話だよ! 茜ちゃんはどんなチームだと思った?」
「そうですね……第一印象だと真面目でやや堅苦しい感じでしょうか」
「んむむ、そう受け取っちゃうかー。でもでも、三年生の先輩たちは凄く優しくて、アクトレスとしても凄いんだよ!」
「なるほど。そこまで言うのなら、ぜひ一度は手合わせ願いたいですね」
「チームに入ったら、それも夢じゃないよ?」
「それは魅力的ですが……もう少し時間をかけてチームは決めたいので」
「そっか。まあ、最低でも一年は所属するものだもんね。しっかりと自分で考えて、入りたいチームを決めるのが一番だよ」
「このチームに入りたいという明確な理由があれば早くチームに馴染み、連携も上達すると思うので」
「そういう事! それじゃあ今回はここまで。次回も涼凪ちゃんの後書きコーナーをよろしくね!」