#3 「転校二日目の朝」
※2024/12/25 一部ルビの付け忘れを修正
※2025/01/25 文章が抜けている部分を修正
誰も予想していない結末を迎えた決闘の翌日。学園中で紅坂茜のことが話題になっており、一年生の学生寮には謎の転校生を一目見ようと数多くの少女が集まっていた。
「あれが学年一位と引き分けになった転校生……」
「本島からわざわざニュートウキョウに来たって聞いたよ。本気でトップアクトレスを狙ってるって」
「学年一位と引き分けって言っても、運が良かっただけじゃないの?」
「でもでも、先輩から教えてもらったんだけど本当に凄かったんだって!」
周りで色々な噂が飛び交う中、茜は注目を浴びながら何を答えるでもなくただ歩いていた。時折聞こえる質問にも構うことはなく、まるで何も聞こえていないかのようだった。
そんな茜だったが、校舎の前に着いたところで急に足を止めた。その理由は、昨日の決闘で引き分けた相手の姿が見えたからだった。
「随分と囲まれているみたいだな、紅坂茜」
「それを言うならそちらこそ、随分と慕われているんですね。それで、学年一位の焔さんが私に何か用ですか?」
互いに多くの生徒を連れた状態で再開した二人は、まるで親友のように軽口を叩き合う。片や転校生への興味から集まった少女たち、片や学年一位を慕って集まった少女たち。
理由はともかく、気づけば二人の周りに少女たちで人混みが出来上がっていた。その中心で多くの視線を集めながら、用を問われた焔はさっそく話を切り出した。
「用ならある。決闘の結果、そっちも納得できてないんだろ?」
「当然です。引き分けたまま終わるつもりはありませんよ」
焔の話、それは決闘の結果についてだった。引き分けという結果には両者共に納得しておらず、それが現学年一位ともなれば尚の事。故に、焔は茜に向けて決着をつける機会を持ってここで待っていた。
「そうかそうか。それなら……紅坂茜! 私は今月末に行われる勝ち抜き戦、今回は個人の部に出場する。そこで私と決着をつけろ!」
毎月行われる勝ち抜き戦個人の部、そこで決闘の決着をつける。それが焔の提示した方法だった。個人の部は決闘と同じルールで行われるため、時期的にもルール的にもこの勝ち抜き戦が丁度よかったのだ。
「ええ、良いですよ。私としても、白黒はっきりさせなければなりませんから」
決着をつけられるならどんな場所でも構わないと思っていた茜は、その場ですぐに返事をする。新たな戦いの約束は多くの目に止まり、周囲はすぐに賑わい始めた。
「ははっ、やっぱり私が思った通りだな。じゃあ、次会う時は競技場だな」
「そうですね、競技場でまた会いましょう」
盛り上がっているギャラリーには目もくれず、二人はまた会う約束をして別れる。焔は周りの少女たちを解散させながらトレーニングルームへ向かい、茜は一人で校舎の中へ。
先日と同じように五階の教室へ移動し、昨日は座れなかった席に着く。机の上に必要な物を準備したところで担任が教壇に立ち、ようやく普通の学校生活が始まった。
「皆さん、おはようございます。本日より特別訓練期間が始まりました。勝ち抜き戦に向けて戦機トレーナーから特別な訓練を受ける事が出来ますので、ぜひ活用して勝ち抜き戦に挑んでくださいね」
本日一コマ目の授業、その前に行われたショートホームルーム。そこで担任が話したのは、特別訓練期間と呼ばれる行事についての話だった。
毎月必ず月末に行われる勝ち抜き戦。その勝ち抜き戦に向けて少女たちが腕を上げるために、戦機トレーナーから直接指導を受けることが出来る七日間。それが特別訓練期間である。
特別訓練期間はアクトレスにとって大事な物であり、故に朝のホームルームで話があった。そんな大事な話が終わったところで、一コマ目の始まりを知らせるチャイムが校内に鳴り響く。
「朝の連絡は以上となります。それでは、基本戦術の授業を始めます」
遂に始まった一コマ目の授業。基本戦術という名前の通り、この授業ではアクトナインの基本的な戦術が映像と共に紹介された。フォーメーションや各ポジションでの立ち回りについて話され、授業の時間はあっという間に過ぎて行った。
「……と、このような考えが求められる場合があることも覚えておいてください。では時間となりましたので、基本戦術の授業はこれで終わりとします。次の授業ですが――」
「はいはーい、皆さんちゅうもーく! 次、私の授業を受ける人を呼びに来たよ~」
一コマ目の終わりを告げるチャイムが鳴ると同時に、教室の扉が勢いよく開かれる。話を遮るように現れたのは、戦機トレーナーの京香だった。
「ちょうど良いタイミングですが、次からはもう少し静かにお願いします」
「はい、気を付けます! と言う事で、次のコマで実技訓練を受ける生徒さんを呼びに来ました! 実技訓練の予定がある人は、私と一緒に来てくださいね~」
嵐のように訪れた京香は苦言を受けながら、実技訓練を受ける生徒へ一緒に来るよう伝える。すぐに三名の少女が立ち上がり、続くように茜も席を立つ。
特に会話をすることなく京香と四人は競技場の格納庫へと向かい、目的地に着いたところで京香が戦機トレーナーとして話し始めた。
「はい、それじゃあ実技訓練をする前に、簡単な自己紹介から始めましょうか! とは言っても結構知り合いみたいだし、まずは茜さんからお願いね」
「分かりました。紅坂茜です、よろしくお願いします」
「蒼野清奈……よろしく」
「横山黄乃、よろしくね~」
「緑山翠です。よろしくお願いしますね」
知り合いが多いという理由で茜がトップバッターとなって始まった簡単な自己紹介。まだ転校二日目で少し余所余所しい茜と違い、三人は慣れた様子で茜に名乗った。
「それでは実技訓練を始めますので、まずは二人一組のペアになってもらいます! 今回はそうだね……清奈黄乃ペア、そして茜翠ペア! それぞれ待機している乙式に搭乗してね」
「お、今日はセイちゃんとか〜」
「いつも通りやるだけだから。まあ、よろしく」
「茜さん、今日はよろしくお願いしますね」
「こちらこそよろしくお願いします」
自己紹介が終わり、京香から本日のペア分けが発表された。言われた通りに四人は組を作り、それぞれ挨拶をしてからリフトでコックピットに向かう。
「これが二人乗り用のコックピット……」
「移動担当は下の席、攻撃担当は上の席。茜さんはどちらを先にされますか?」
「では、攻撃を担当するので移動をお願いします」
初めて見る二人乗り用コックピットを眺める茜に、翠はどちらから担当するかを尋ねる。実技訓練は移動担当と攻撃担当を一回ずつ行う。その順番を確認する質問であり、茜は先に攻撃を担当すると答える。
攻撃担当である茜が先にコックピットの中へ入り、少し高くなっている二番席に座る。続いて翠が一番席に座り、手際良くセットアップを済ませる。
『皆さーん、そろそろ準備出来ましたか?』
『こちら清奈、準備完了』
「翠、準備完了しています」
『オッケー、それじゃあ……最初は清奈黄乃ペアにやってもらおうかな。仮称は一番機かな。カタパルトまでリフトを動かしちゃうね』
準備が整ったところで通信が入り、移動担当の二人が返事をする。一番手として京香から清奈黄乃ペアが指名され、一番機と名付けられた神威乙式のリフトがカタパルトへ移動を開始する。
『ではでは、ただいまより実技訓練を始めます! 指定されたコースを走り、道中の的はライフルで狙ってください。タイムと命中数でスコアを出しますので、頑張ってくださいね』
『了解。黄乃、足は止めないからそのつもりで』
『りょーかい。まあ、やれるだけやりますよ』
カタパルトに一番機が固定され、それを確認した京香が実技訓練の開始を宣言する。スコアとその評価基準が最初に話され、二人も頷いて開始の言葉を待つ。
『それでは……始め!』
開始の言葉と同時にリフトが動き、カタパルトから一番機が射出される。射出されてすぐに清奈はブースターを起動し、黄乃は的に備えてライフルを構える。
『……今! 射撃開始!』
『オッケー、まずは一点! 次は――』
『正面三箇所確認、減速するから順に射撃!』
『あっ、ちょっと! ああもう、外しても知らないから!』
息ぴったりとは言えないものの、二人はまずまずのコンビネーション能力を発揮し、コースを駆け抜けながら次々と的を撃ち抜く。
タイム重視で動いているからか若干の撃ち漏らしこそ発生したが、それでもスコア平均を大幅に超えるタイムと命中率が期待出来る
『一回目お疲れ様~! それじゃあ、担当を交換してからリフトに戻って、もう一回行ってみよ〜!』
あっという間にコースの一周目が終わり、格納庫へ戻って来た一番機。戻って来て早々に京香は担当の交換を伝え、二人をリフトの上に立つよう指示する。
移動と攻撃の担当を入れ替えた二周目は、先ほどよりも安定性を重視した展開となった。タイムこそ一周目をやや下回ったが、そのおかげで命中率は明らかに向上していた。
『はい、二回目もお疲れ様~! スコアは一緒のタイミングで配るから、今の内に休憩しておいてね』
『はい。ありがとうございました』
『あ、ありがとうございました……』
二週目を終えて格納庫に戻って来た一番機。まだ余裕がありそうな清奈と疲れが見えている黄乃に、京香は休憩を取らせる。
『じゃあ、次は茜翠ペア! 二番機をカタパルトまでリフトを動かしちゃうね〜』
一番機のコックピットから二人が出ている間に、今度は茜翠ペアの実技訓練が始まった。先ほどまで一番機が立っていたリフトに、二人が乗っている二番機が固定され、カタパルトへ移動を開始する。
『リフトと固定確認! ルールはさっきも言った通りだから説明はしなくていいよね。それでは……始め!』
何事もなくカタパルトに固定された二番機。さっき言った通りだからと説明が省略され、固定されてすぐに射出される。
「タイムを狙いつつ適度な減速をしますので、落ち着いて狙ってくださいね」
「了解。……狙い撃つ!」
移動担当の翠はどのように動くのかを伝えながらブーストを吹かし、茜は話を聞きながら的がありそうな場所をライフルで狙う。
適切なブースト管理と的確な射撃。初めて組んだとは思えない動きを二人は見せ、次々と的に命中させながらコースを駆け抜けた。
その後、戻って来た二番機はすぐに移動と攻撃の担当を入れ替えてからリフトに向かい、先ほどよりも素早く且つ多くの的に命中させて格納庫に帰還した。
『二回目お疲れ様〜! もう少し経ったらスコアが出るから、それまで休憩しててね〜』
「はい、ありがとうございました」
「ありがとうございました」
無事に二週目も終えて戻って来た二番機。京香は二人にも同じように休憩を取らせ、その間に格納庫の端末から今回のスコアを全て印刷する。
「ではでは、皆さんにスコアをお返しします。今回の結果を基に、明日からも頑張ってね!」
「操縦90、攻撃95。まあまあかな」
「うへー、どっちも85点かー。翠ちゃんはどうだったー?」
「どちらも90点です。初めてのペアであれば、かなり良い結果ですよね」
「操縦技術、攻撃技術共に95点……満点は流石にか」
印刷されたスコアを京香から受け取った四人は、それぞれでリアクションを取る。中でも悪くなさそうな反応をしたのは清奈と茜だったが、移動と攻撃のどちらも茜が一番だった。
学年一位と引き分けになった転校生。その実力は多くの生徒から疑われていたが、こうしてスコアが出たことにより、それが確かなものであると証明された瞬間だった。
「それでは、これにて実技訓練は終わりです。私は作業が残っていますので、教室なり食堂なり予定に合わせて向かってくださいね。では皆さん、お疲れ様でした!」
「「「「ありがとうございました!」」」」
スコアを配り終えたところで、京香が実技訓練の締めに入る。戦機トレーナーから贈られた労いの言葉に四人は頭を下げ、見送られながらその場を後にする。
話しながらゆっくり歩く三人を横目に、茜は一人で歩き出す。単純に向かう先が違うのと、ほんの少しだけ気まずかったから。
だが、茜は知らなかった。三人から離れたことで今回の話がある上級生へと伝わり、それによって新たなる戦いへ誘われることを。
――神威女学園のちょっとした話#1
「今日は神威女学園のお話だよ! 茜ちゃんはこの学園がどういう目的で創られたか知ってるよね?」
「ロボットスポーツの選手養成を目的とし、主にアクトナインのアクトレスとエンジニアを育てるために創られた。当然知っていますよ」
「大正解! ちなみに、アクトナイン以外の種目にも神威女学園は力を入れてるんだけど、残念ながら本作だとオマケ程度にしか出てこないんだよね」
「2on2のバーサスルール、的当てのスコアを競うハイスコアルール、コースのタイムを競うレースルールなど。装動戦機を使ったロボットスポーツは意外と多いんですよね」
「そうそう! ロボットスポーツは他のスポーツを流用したスポーツもあれば、装動戦機用に新しく作られたスポーツもあるのが面白いよね」
「色々なスポーツを経験することで装動戦機の操縦技術が上達する。それもまた、アクトナインが上手くなる道の一つですね」
「そういう事! それじゃあ今回はここまで。次回も涼凪ちゃんの後書きコーナーをよろしくね!」