#14 「コマンダーの資格」
第四世代型装動戦機のテストが行われた翌日。学園がお休みの日曜日だというにも関わらず、紅坂茜はとある空き教室を目指して校舎の中を歩いていた。
「チームリーダーからの呼び出し……何もないといいんだけど……」
なぜ日曜日だというのにトレーニングもせずに彼女が校舎の中を歩いているのか。その理由はチームノインヴェルトの隊長である紫乃崎優花里から、呼び出しのメッセージを受け取ったからだった。
『先日のテストについて、少しお話したいことがあります。午前九時、一階最奥の空き教室でお待ちしています』
第四世代型装動戦機のテストについて話があるとだけ書かれたメッセージ。どんな話をするのかすら分からないが、それでも茜は呼び出されたなら向かうしか無かった。
長い廊下を進み、ようやく空き教室にたどり着いた茜は扉を開けた。扉の先には物が片付けられている教室が広がっており、その中心にはティーセットを用意して待っていた優花里の姿があった。
「おはようございます、茜さん。先日はテストに協力していただき、ありがとうございました」
「いえ、こちらこそ貴重な体験をさせていただきありがとうございました。あの第四世代が隊長機として輝く日を心待ちにしております」
「そのことなのですが……まずは淹れたての紅茶でもいかがですか?」
優花里に挨拶と感謝の言葉を返した茜は、何か話がある優花里に着席を勧められた。疑問を抱きながら椅子に腰掛けた茜が紅茶を一口いただくと、すぐに話が始まった。
「さっそく本日の要件についてですが……茜さん、ノインヴェルトのサブコマンダーに……いえ、次のコマンダーになっていただけませんか?」
隊長である優花里がわざわざ茜を呼び出してまでしたい話、それは来年以降のノインヴェルトをまとめ上げる次期コマンダーについての話だった。
突拍子もない話を前に、そんな話だと思っていなかった茜は少し固まってしまった。気分を落ち着かせるためにティーカップに口をつけ、少女は素直に思いを言葉にした。
「……お話は嬉しいのですが、私はコマンダーをするつもりはありません。すみませんが、この話は――」
「もう少し、聞いていただけませんか? 何もこの一回で決めていただこうとは思っていませんから。私としても茜さんには三年間ずっと在籍し続けていただけるような、ノインンヴェルトは茜さんとそんな関係を築きたいのです。そのためにも、少しだけ未来のお話をしたいのです」
「……なら、まずは私を次のコマンダーに選んだその理由を詳しく教えていただけますか?」
コマンダーをするつもりはないと、そう言葉を返した茜。そのまま席を立とうとしたが、優花里はここで答えを出さなくてもいいと言って優しく茜を引き止めた。
話だけでも聞いて欲しい優花里に引き止められた茜は渋々椅子に座り直し、まずはコマンダーに選んだ理由を聞かせて欲しいと言って優花里の言葉を待った。
「コマンダーに推薦したい理由はただ一つ。先日行われたテストの結果から、茜さんには十分過ぎるほどの適性があると判断したためです」
「……先日のテストはあくまで第四世代型装動戦機のテストであり、コマンダーの適性を測るためのものではありません。だというのに、一体どのような基準で私にコマンダーの適性があると?」
コマンダーに推薦したい理由について優花里は話したが、その理由は茜にとって納得がいく内容ではなかった。テストは装動戦機のテストであって、コマンダーには関係ないと。
だが、優花里が茜をコマンダーに推薦したいと思った理由は、間違いなく先日のテストで茜が出した結果に関係していた。
「テストの途中で、茜さんと翠さんはある感覚を感じ取ったはずです。それが一番の理由なのですが、分かりますか?」
「……AIシステムによる、動作の最適化制御のことですか?」
「はい。AIの最適化制御、実はあのシステムは自動で動作するわけではありません。テストシステムの起動中に条件を満たす必要があり、テスト中に茜さんがそれを満たした。つまり、茜さんはあの機体にコマンダーのアクトレスとして搭乗するに相応しいということです」
テストの最中に起こったとある出来事が理由である。それを茜自身に理解させたい優花里は敢えて理由となりそうな事象を茜に思い出させ、テストを振り返った茜は一つの結論に辿り着いた。
AIシステムに搭載されている機能の一つ、機体動作最適化制御機構。ノインヴェルトカスタムは機体に認められなければ解放されないよう細工されており、紅坂茜は既に資格を満たして第四世代型装動戦機のアクトレスに選ばれていたのだった。
その事実を知った茜は思わず言葉を失った。コマンダーになれる資格は既にあると証明されたが、彼女がコマンダーを拒む問題は未だ解決していない。
このまま話を受けるべきではない。だが、こうなっては断ることも何だか忍びない。どんな返事をすればいいのか考えている間も時間は経過し、その様子を察した優花里が沈黙を破った。
「先ほどもお伝えした通り、何も今すぐに決めていただきたいというわけではありません。チームとして共に過ごす中で、ゆっくりと返事を決めていただければそれで構いませんので」
「……分かりました。いつ答えが出せるかは分かりませんが、必ず返事を返すと約束します」
「ありがとうございます。ではお話を聞いていただいたところでお開きにいたしますが……せっかくですしもう少し紅茶を楽しんでいきませんか?」
今すぐではなく、チームとして同じ時を過ごす中で返事を考えてもらえればそれで構わない。そう言われた茜はようやく顔を上げ、時が解決することを願って優花里は一先ずお開きにした。
が、お開きにしたと言ってもそれはコマンダーについての話が終わったというだけであり、チームとしてさっそく仲を深めようと優花里はある物をテーブルの上に置いて話を始めた。
「実は手作りのクッキーを用意したのです。残念なことにチームルームで集まる予定が今日は無く、このままだと日を置いてしまうことになりますので、よければ受け取ってください」
「あ、ありがとうございます……あの、優花里隊長って何でも出来るんですか?」
「ふふっ、何でもは出来ませんよ。私は好きなことをしているだけですよ」
先ほどまでの少しピリピリした空気から一転し、いつも通りのチームに戻った優花里。そんな彼女がテーブルの上に置いた物、それは何の理由も無しに作ったクッキーが入った箱だった。
突然調子が戻ったことに戸惑った茜だが、相手の調子に合わせるように落ち着きを取り戻す。茜も心を切り替えて普通に接しようとしながらクッキーに手を伸ばしたその時、教室の扉が開かれた。
「大変大変大変、ニュースだよニュース! とんでもないニュースが舞い込んで来たよ!」
「おはようございます涼凪さん、今日もお元気そうですね。もしよろしければクッキーと紅茶はいかがですか?」
「やった、いただきます! って、そうじゃなくて大変なことが起こってるの! これこれ、二人ともこれを見て!」
大きな声を上げながら勢いよく教室に入って来たのは、エンジニアの涼凪だった。慌ただしい様子に優花里は一息つけることを勧めたが、それどころじゃない涼凪は二人にスマホの画面を見せた。
そこに映っていたのはとあるイベントの告知サイトに関する学園からのお知らせだった。これまで何も開催されていなかった五月前半に、突如としてアクトナインのイベント予定が追加されていた。
五月十四日、場所は神威女学園競技場。第四世代型装動戦機のプロモーションを兼ねた、神威重工主催のロボットスポーツイベント。サイトのイベント詳細のページにはそう書かれていた。
「これは……新しいイベントの案内ですか?」
「そうなんだよ! 普段この時期って何も開催されてないんだけど、まさかの神威重工主催でロボットスポーツのイベントが開催されることが決まったの! これってすっごくすごいことなんだよ!」
スマホの画面に目を向けている茜に、涼凪は画面を切り替えながら説明を始めた。第四世代型装動戦機を中心としたロボットスポーツイベント、それが神威女学園に於いてどれだけ凄いことなのかをまだ分かっていない茜に、涼凪は凄まじい熱量でその凄さを訴えかける。
「凄いことなのは分かりましたが……涼凪さんは何がそんなに気になっているんですか?」
「それはもちろん、企業ブースとバトルイベントだよ! 神威重工以外の第四世代型が生で見れる機会はこれを逃したら当分は無いだろうし、そんな第四世代型装動戦機同士がぶつかり合うイベントなんてそうそう見れるものじゃないよ!」
鬱陶しいとすら思ってしまうほどの熱量を前に、思わず茜は強引に話を進めた。どうしてそこまでの熱量を持っているのか、何がそうさせるのか。その理由を聞かれた涼凪は、このイベントの珍しさについて語り始めた。
神威女学園は神威重工が設立した学園であり、当然ながら主に扱われる装動戦機と各種武装は神威重工製である。他社の製品が使えないというわけではないが、そこには圧倒的な価格の差があり、学園から出ている補助金で購入するのは難しい。
そんな他社製の装動戦機が近くで見れる。しかも戦うところまで見れるとすればエンジニアとしては逃す訳にはいかないイベントなのだと、涼凪は目を輝かせながらその希少性を語り尽くした。
「はいはい、少し熱くなりすぎてしまっていますよ。それで涼凪さん、わざわざこれを見せたかった理由を教えていただけますか?」
そんな涼凪の話を聞いていた優花里は、隊長である私にも見せたかった理由を尋ねた。チームの今後について考えるチームリーダー、即ち隊長である優花里にも見せるということは、そのイベントに関係して何か話したいことがあるに違いないと。
そんな優花里の考えは見事に当たっており、問われた涼凪はあるページを表示してそれを見せながらお願いを口にした。
「それはもちろん……このバトルイベントの参加者として応募して欲しいの! チームの全員が第四世代型に乗れる機会なんてもう無いかもしれないし、応募だけならタダだから……ダメ?」
見せたかった理由を問われた涼凪は、バトルイベントに参加してほしいからだと答えた。第四世代型を全員が体験できる機会がこの先あるかは分からない。その希少性から、涼凪は参加するべきだと説いた。
「応募自体は問題ありませんが、イベントに参加することがその後にどう影響するのかを慎重に考えなければなりません。特に五月後半はチームマッチの第一回戦が控えています。そのチームマッチに向けて行う調整の時間を割いてまで参加する価値はあるのか。……茜さんはどう思いますか?」
理由を聞いた優花里は応募自体に問題はないと言いながらも、その後のことについて考えるべきだと話した。控えている大事な予定に使える時間を割いてまで参加する価値はあるのか。そんな問いに合わせて優花里は茜の意見も聞くことにした。
唐突に意見を求められた茜は少し驚きながらも、スケジュールを念頭に置きながらどうするべきかを真剣に考え始める。チームマッチは前期の目玉と言っても過言ではない大事な試合だが、このイベントは一度きりの可能性が高い。
無理をしてでもイベントに参加するべきか、それとも大事なチームマッチに集中するべきか。まるでチームの隊長が重大な決断を迫られているかのような状況で、その圧に臆することなく茜は確かな自信を持って口を開いた。
「イベントもチームマッチも、ノインヴェルトなら問題なく勝てると思います」
どちらも手を抜かず、その上で勝ちを取れる。過去のデータからそれが出来ると判断した茜は、随分と強気な考えを口にした。
「……ふふっ、そうですか。では、参加いたしましょう」
望んでいた答えを聞くことができたからか、優花里は微笑みながらその場の流れであっさりとバトルイベントへの申し込みを決定した。
「本当!? やったー! それじゃあ、私は今のうちに色々と調べておくから皆にも話しておいてね。じゃあねー!」
「……あの、本当にいいんですか? 私が言ったことはあくまで第三者の分析による意見でしかないと思っているのですが……」
お願いが通ったことに喜び、そのまま教室を飛び出した涼凪。一方、私の意見はあくまでチームを客観的に見た結果恐らく可能だと判断しただけだと言う茜。
そんなに軽く予定を決めてしまっても良いのか。そう茜に聞かれた優花里だが、実は彼女の考えは最初から決まっていた。
「元々、どう転んでも良い話ですから。少しだけ、茜さんを試させていただきました。しっかりとした判断が出来る事は、コマンダーの必須条件の一つですからね」
大事なことは参加についてではなく、茜がどのような選択をするのか。コマンダーとしての器を計るための質問だったと優花里は明かした。
コマンダーとしてのあれこれをまた話された茜は少し嫌な顔をしながら、それだけ本気で考えているのだと思い知らされた。
「では私たちもそろそろ本当にお開きといたしましょう。茜さん、本日は急な呼び出しに応じていただきありがとうございました。コマンダーの件、良い返事を期待しております」
「こちらこそ、ありがとうございました。……ゆっくりと、答えを探してみようと思います。では、失礼します」
イベントについての話がまとまったところで、嵐のように現れた涼凪の退室をきっかけに、話すことが無くなった茜と優花里もお開きにすることに。
コマンダーの資格を手にした茜。だが、少女は過去の約束からその選択に頭を悩ませる。彼女の選択はどのような未来へ続くのか。
考えているうちに時は経ち、茜は初めての月末を迎える。あの日の決着が控える中、茜は再び大事な選択を迫られる……
――神威女学園のちょっとした話#3
「今回は神威女学園についてのお話だよ! 茜ちゃんは神威女学園で神威重工製じゃない装動戦機を見たことはある?」
「記録で目にしたことはありますが、実際に見たことはありませんね」
「色々と工夫して違う会社の装動戦機を使ってるチームは今でも少しあるんだけど、基本的には補助金が出る神威工業製品を組み合わせて自分だけの装動戦機を造る感じなんだよね」
「学生では厳しい……ということですか」
「装動戦機のイベントとか大会で資金を稼いだり、年二回貰えるチーム資金とアルバイトでどうにかしたりとか色々あるけど、お金ばっかりはどうしてもね~」
「ですが、それを乗り越えて手にした者がいる。トップアクトレスを目指すなら、対策はしなければいけません」
「その通り! 数が少ないからと言っても、神威重工製の装動戦機とは全く違う機体を一度も相手にしないなんてことは無いだろうし、対策を考えて損はないよ!」
「何事も気を抜かず全力で、戦うからには勝利を」
「その意気だよ茜ちゃん! それじゃあ今回はここまで! 次回も涼凪ちゃんの後書きコーナーをよろしくね!」