第3話──1
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「えっ!? 大手のVtuberの方からコラボのお誘いですか……!?」
えなと小春は声を揃えて驚きを露わにする。
「はい。質問を視聴者に募ってそれをネタに話を広げていく雑談の形になるようですが、先方はぜひライメイさんとよしかさんのお二人にとのことで」
マネージャーの茜が、イヤホン越しにそう説明してくれる。話を切り出してくれたのは彼女だ。オンラインで、通話を用いた打ち合わせ中だった。小春と二人で呼び出されるのは珍しいと思ったらそういう経緯だったらしい。
「よしかさんは外部コラボは初めてですよね。コラボ配信は配信者にとって新規の視聴者を取り込むチャンスでもあります。しかもお相手はとても知名度も話術もあり、丁寧で親切な方ですよ。業界でも評判です。初外部コラボには、この上なく最高のお相手だと思いますよ!」
珍しく茜の説明する声には熱意が込められている。彼女も気合が入っているかもしれない。タレントの活動にしっかり心血を注いでくれている感じがして、こちらまで気が引き締まる思いだ。
今回コラボを提案してくれた相手は、『猫飼ミゲル』というVTuberだ。VTuber黎明期から活動を始めて今では重鎮的な存在で、チャンネル登録者数も六十万以上とえなたちの六倍も多い。
主に人を集めての企画系の配信が多く、今までコラボしたことのない人とも積極的にサシでの対話配信も彼女のメインコンテンツのようだった。どういう経緯で選んでもらったのか分からないが、今回はえなと小春に白羽の矢が立ったらしい。
茜の言う通り、これはチャンスに間違いない。それに配信業の大先輩と接してみて、色々と勉強も出来る。こちらには利点しかない最高の状況といえるだろう。
……小春は大丈夫だろうか。初めての外部コラボだし、彼女は雑談配信をしたことがなかったはずだ。心配が頭をよぎったが、とりあえずえなの答えは決まっていた。
「はい! ぜひその話お受けしたいです……!」
ネットの遅延があるはずだが、綺麗に小春と言葉が揃った。少ししてそれに気づき、彼女のやる気を感じられてえなは嬉しくなる。
(不安だろうに。ネットの頂点の景色見るってあたしたちの夢、ちゃんと思ってくれてるんだ)
カメラなしの打ち合わせで良かった。そうしたら今頃、にんまりと抑えきれない笑みを浮かべているのが二人にバレてしまっていただろうから。
「ありがとうございます。先方には是非お願いしますと伝えておきますね! 詳細は、先方とも打ち合わせてお二人にもお伝えしますので。あと、もしかしたらお二人を交えた先方と配信内容の打ち合わせもあるかもしれないのでそちらもよろしくお願いします」
「わ、わかりました!」
三度二人の声がハモる。思わずといった感じで茜も吹き出し、「二人とも前よりも仲良くなりましたね」と微笑ましそうに言われてしまう。きっと通話越しの小春も今のえなと同じく顔を赤くしていることだろう。
とりあえず打ち合わせは纏まって、茜と小春との通話を切る。さて、今日は歌の収録してから歌枠配信でもしようかなと考えつつ、えなはゲーミングチェアの上で大きく伸びをする。その時だった。
PCに通知音。モニターを見ると、Discordにメッセージが来ている。小春からだ。
一瞬どっきんとしたが、何となく相談があるんだろうなということとその内容が想像出来て、えなは一旦深呼吸を十回ほどしてから、メッセージを確認する。
『センパイ? この後時間ある? ちょっと相談したいことがあって』
予想通りの文面だった。更に深呼吸十回を追加して先輩としての外面を繕ってから、小春に通話を掛ける。
「はいはーい。どうしたのよしか。珍しいじゃん、しおらしく相談とか。このライメイセンパイのでっかい背中に、どーんと頼んなさい?」
「こ、ここぞとばかりにセンパイ風吹かせてるー。ぷくく、そうでもしないと偉ぶれないんだからセンパイってば哀れぇ。……とまあ、前口上はこれくらいにして、実は相談があって……今センパイ時間大丈夫? そんな長くは掛けないけど」
「いいぞぉ、クソガキぃ。相談に乗ってくれるセンパイを敬いたまえよ。で、どうしたの?」
定型文のやりとりは完全にオフにも関わらずちゃんと済ませて、いざ本題。まあ、大体察して余りある。
「実はさっきの猫飼ミゲルさんとのコラボ配信の話の続きなんだけど……よしか、その雑談とか苦手で。それはもうめっちゃくちゃに苦手で。初回配信以外はずっとゲームしてるし。センパイとの配信もそうだし」
「あー……ね、そうだよねぇ……」
やっぱり予想通りだった。彼女はソロ配信からえなとの配信までずっとゲームが中心なのだ。プロモーションの案件も、ソシャゲやコンシューマーのゲームだけ引き受けている。
単純な雑談というか、話中心の配信は本当に初回の自己紹介以外に一つもないのだ。
苦手とは言っているけれど、彼女は意図的にそれを避けているような気がする。つまりは苦手意識なのだろう。まあ確かに彼女は直接小春としてえなと対面した時は話しづらそうにしてはいるが、それは色々な外的要因があるからだ。
事実、ネットを介した彼女はちゃんとそめいよしかとしてちゃんと振舞えているし、オフでも配信でもそれは関係ないと思う。
……でも確かに。そういえば配信外で話す時もほぼ配信のことで、そこまで深く彼女とプライベートな近状などを話したことなどはないかもしれない。あのゲームが面白かったとか、やっぱり中心はゲームだ。
それでえなは、はっと勘づいた。
「……ちょっと失礼かもだけど、もしかしてよしかが配信とかで雑談を頑なに避けてるのって……」
「あ、バレた……? そうなんだよね……ポロっと、リアルの歳がバレそうなこと口走っちゃいそうで……」
なるほど。彼女と直接対面した今だからこそわかった。小春はあくまで配信活動中は「よめいよしか」でいたいのだ。リアルの小春としての情報は、彼女にとってはノイズになってしまう。それに実年齢とアバターの年齢差も、彼女にとってはコンプレックスなのかもしれない。
余計なノイズに苛まれて、よしからしく振舞えなくなる。それを彼女が何よりも避けたいのは感じ取れた。
だけれど。
「そこまで神経質にならなくてもいいんじゃない? 今時話題の取り上げ方だけでその人のことが割れるなんてめったにないよ。特定されそうなことは拾わないで避けちゃえばいいんだから。ほら、今はネットがあるから、お子様でもガラケーとか知ってるし、昔のゲーム機のことも知ってるよ。あたしも結構詳しいよ、博学だもん」
「そ、そうだよね……! アンテナ付いてた携帯のこととか、赤外線通信とか着メロとか。ゲームボーイとかも今の若い子も知ってるよね……!」
「えっ、ガラケーにアンテナなんかあったっけ……? 赤外線? ゲームボーイって……スーファミの前のやつだっけ?」
「………………」
「………………」
回線は良好のはずなのに、何だかひどく耳に痛い沈黙が落ち込んだ。あれ、あたしもしかして何かやっちゃいました……?
「や、やっぱり無理だ……。よしかに雑談メインの配信なんて……。元々そんな喋るのも上手くないし、相手方に迷惑かけて大炎上して終わっちゃうんだ配信者生命……。もうセンパイだけコラボしてぇ……」
「ご、ご、ごめんよしか! とりあえず落ち着いて! 大丈夫、大丈夫だから! 今のはあたしが全部悪かった! じゃあさ、ほら例えば……あえて話題を拡げられそうなことをこれからやってみるとか!」
意図せずどん底まで気落ちさせてしまった小春を何とかフォローするべくとりあえず思いついたことを慌ててえなは口走る。そしてそれが、悪手だったことに気づかされた。
「じゃ、じゃあセンパイ! 話題作りに協力して! 一緒にどこかにお出掛けとか! それならそれ一つで話も広がるし! どうかな⁉」
「お、お、お出掛け⁉ ふ、二人で……?」
「そう! どこでもいいから! センパイだったらオフで会ってももう大丈夫だから! お願い! 可愛い後輩を助けると思って!」
モニターの前で手を合わせて必死に拝んでいる小春の姿が浮かぶようだ。確かに雑談の配信の時はメインになるようなイベントがあった方が、コラボする相手方もそこから話が広げやすいだろうし、自分たち自身に話題も向かないのでついうっかりRPを崩してしまうようなボロが出るリスクも減るかもしれない。
だが唯一にして最大の懸念が一つ、えなにだけある。えなは小春に、ガチで恋をしてしまっている。リアルで触れ合う機会があればあるほど、こっちも別の意味でとんでもなくやばいボロが出る可能性がある。
(完全に個人的なリスクは高い、けど……っ)
早くも小春と二人きりでお出掛けする想像が頭の中に過りまくっている。これ以上彼女のことを好きになったら自分はどんな行動を起こしてしまうのかという恐れ。しかしそれを、後輩の沽券のためという天秤に掛けたら。当然傾くべきは。
「……わかった。じゃあ今度の月曜とかどうかな。平日だし、なるべく人が少なそうでよしかが楽しめそうな場所。一緒に検討しよっか」
快く承諾してしまった。「うわーいっ! ありがと、センパイ! さすがセンパイの鑑!」とノイキャンでぷつぷつになった小春の歓喜で弾む声が聴こえてくる。小春の姿で座りながら小躍りしている姿を想像して、それに胸キュンしてしまう自分にえなは微かに背徳感を覚えるのだった。
あ、あと、と小春が付け加えるように言ってきた。
「よしかだけじゃなくて、センパイも楽しめるとこに行こうよ。せっかく一緒に遊ぶんだもん。二人でエンジョイしないと話題にするとき会話も弾まないでしょ?」
ずぎゃごおおん、と胸バクが起きて身体中に振動が鳴り響く。いたずらっぽく笑いを含ませた言い方で、この優しさを滲ませているところ。マジの小悪魔だこの子。
(いや、ガチ恋不可避だろこんなのぉ……っ。一緒にお出掛けとか大丈夫かあたし……っ。持ってくれよ理性……っ)
可愛すぎると言葉になってしまうのを必死に食い締めながら、えなは「そ、そうだね……」と辛うじて返事した。