第二話 荷物持ちはデートと言うのだろうか
紙袋を両手に持った一朗と身軽そうな姫々は帰り道を二人並んで歩いていた。
「まだもう少し還元できたところだけど、残りは別の機会にしておこうかね」
「さいですか。それより、女子の衣服に対する情熱を見誤ったよ。まさか、着替えを覗き込んでくるとは思わなかった」
男女が逆なら悲鳴ものだ。
いや、一朗も悲鳴は上げていたが。
「着替えが遅いからさね。時間は有限なんだ、楽しい時間は多いに越したことないだろう?」
挑発的な笑みを浮かべる姫々に一朗はなんともいえない感情が顔に出てしまった。
「おや、ずいぶんしけた顔じゃないか。それとも今日のデートは楽しくなかったかい?」
少しだけ不安げな様子を見せて視線をそらす。
「いや、そんなことはないよ。退屈じゃなかったって言うの間違いないよ」
「ずいぶん遠まわしな言い方をするね。なるほど、なら次は楽しかったって言わせるのがあたしの目標さね」
愉快そうに口元を隠して姫々は笑う。
「その時は何するか先に教えてくれ」
「そうかい? なら、次はそうしようかね」
軽快な足取りで姫々が前を進んでスリットの入ったスカートを翻しながら振り向くとその中が見えそうになりさっと視線をそらす。
「ん? ふふっ、見ても減るもんじゃないんだし、気にすることないさね」
「気にするし、気にしてくれ」
そう答えると姫々は楽しそうに笑う。
「あははっ! 男の子なんだから少しくらいスケベでも良いじゃないか」
「直線的な言い方をするなよっ!」
「ならムッツリとでも言えばいいかい?」
「変わってないだろっ!」
たった一つの仕草でコレだけ呆れた会話が出来ることを姫々は心底楽しんでいた。
打てば響くとはまさにこの事だとくつくつ腹の中で笑ってしまう。
「なんにせよ。あんたはもう少しくらい女の子のことを知りたがっても良いんじゃないかい?」
そう言いながら一歩二歩と近づいて一朗の顔を見上げ、一朗は照れくさくて顔を横に向ける。
「誰彼構わずってのは趣味じゃないだけだよ」
「なら、あたしには興味なしってことかい?」
ドキッとする言葉を耳にして一朗が姫々のほうを向くと両手で頬を押さえられて目が合ってしまう。
切り揃えられた前髪から覗く、夏の向日葵のように明るく照らし出される金色の瞳が潤んで、濡れ羽色と表現する以外に言葉の見つからない艶やかな黒髪。頬を沿って流れる横髪が肌けた胸元に垂れ下がり、妖艶さを醸し出す。
一言で彼女を表すなら甘美なる毒と言うべきだろう。
その歯牙に思わず一朗は生唾を飲み込んでしまう。
一朗の反応に思わず姫々が声を出して笑った。
「ぷっ! あははははははっ! あーっははははっ!」
「なっなっ、なぁぁぁぁぁー!」
急に笑い出した姫々に一朗はからかわれていたことを自覚して声にならない言葉があふれ出す。
ひょいっと距離を取って姫々背を向けて先を歩く。
「ふふっ。ちょっとは楽しかったかい?」
「どう考えたらそうなるんだよ!」
「そりゃあ、あたしが楽しかったからさ」
けらけらと笑う姫々に一朗は早足で追いついて隣に立つ。
「まったく、その性格だといつか痛い目みるぞ」
「だろうねぇ。でも、自分を変えるつもりはないさ。だから、その時は守っておくれよ?」
「なんでだよ」
「なーに、あたしの勘だけどあんたは助けてくれって言われたら手を差し出すタイプだろ?」
そう言われてありえないが姫々に助けてと言われた時の事を考えてみると自分でも不思議だが多分手を伸ばしている気がした。
たとえそれが総司でもウィンでも同じことをしている自分を明確に思い浮かべることが出来た。
「……否定はしない」
「ほらね。だから、もしもの時は頼むよ。礼はちゃんと弾むからさ」
「勝手に言ってくれ」
自分勝手な姫々に呆れて一朗は紙袋に入れているこっそり買っておいた箱をどうするか悩んでいた。
学生寮もそろそろ見えて来そうな頃、このまま持って帰っても情けない記録が残るだけだと足を止めて声を出した。
「姫々、ちょっといいかな」
「なんだい? 急に改まって、もしかして愛の告白かい?」
いつもの調子でからかう様子を無視して一朗は紙袋から白いリボンで飾った赤い箱を取り出して、姫々に差し出す。
「その。理由はどうあれ貰ってだけってのは男が廃ると思ったというか、原因は姫々に合ったけど色々助けてくれたから。この間の礼をだな……」
その言葉と贈り物が予想外だったのか珍しく目を丸くして驚いた様子をしており、意外な表情が見れた一朗は少しだけ今日は付き合ってよかったと思えていた。
「いやはや、最後の最後に持ってかれたね。理由はともかくもらえるものはもらっておくよ。ちなみに今開けても?」
「好きにしてくれていいよ」
なら、と姫々は丁寧にリボンをほどき箱を開ける。
中には赤を基調とした白色の混ざる牡丹の意匠が施されたかんざしであった。
「これはまた古風なものを」
「駄目だったか? 赤と白の花が姫々に似合うと思ったんだけど」
「いや、悪くない。いいや、違うさね。気に入ったよ」
いつもの愉快気な笑みではなく、純粋にうれしそうな表情で姫々はかんざしを手に取り髪をまとめる。
「どうだい? 思った通り似合ってるかね?」
「思った以上に似合ってる。その……綺麗だ」
歯の浮くような台詞をしれっと口にする一朗に姫々はこいつはこいつで、いつか女で痛い目を見ると内心つぶやく。
「褒めても何も出やしないよ」
「知ってるっての。ともかく、この数日互いに色々あったが今日で全部チャラって事で」
「もちろん。何ならあたしの方が借りがデカいんだ。断る理由はないよ」
そう言って姫々はかんざしを刺したまま一朗の隣に立って二人で寮までの道のりを歩いていった。