第二話 荷物持ちはデートと言うのだろうか
黄金週間。
ロストレガシー時代から残る習慣で、今も変わらず一部の大人を含む学生にとって長いお休みがもらえる期間。
それもあと数日と迫ったころに、何故か一朗は姫々と学校終わりの放課後にデートすることになっていた。
というよりも、すでに駆り出されていた。
「なぜこんなことに……」
頭を抱えたくなる状態なのに姫々と町に繰り出して買い物なんてどうなっているんだ。
「なぜなんて考える必要あるかい? こんな美女を捕まえておいて酷いもんだねぇ」
けらけらと笑いながら言う。
「自分で美女なんて言ってて恥ずかしくないのか?」
「事実を言って何を恥じることがあるのさ。あたしは商売人の家系でね、物の価値はよく知ってるのさ」
揺ぎ無い自信を表すように豊満な胸を組んだ腕で持ち上げながらしたり顔で口にした。
「自分に値を付けるほど人生を知らないよ俺は」
対して一朗は苦い顔をして言葉を零す。
「まぁ、そうだろうさ。誰でも自分に自分で価値をつけるのは怖いからね。それが適正であれ暴利であれ、それで自分を売れてしまうんだからね」
「姫々は怖くないのか?」
その当たり前な感情を疑問として投げかける。
「正しい物の価値を知っていれば正しい自分の価値を相対的に見れる。そう言う眼は子供の頃から養ってきたからね。自分の正しい価値がわかれば売り渡さなくて良いラインで賭けでも商売でも出来る。見誤らない自信があるから何ひとつ恐れるモノはないね」
「凄いな姫々は」
「残念、褒めても何もでないよ」
両手を広げて何も無いとジェスチャーする。
「人の関心にまで価値を求めないでくれよ」
「それは失礼したね。自分の価値がわかっている分、褒め言葉には裏があるって思ってしまうものさ」
「人間不信になりそうだな」
「なってもおかしくないだろうさ。まぁ、あたしはその辺は図太かったから平気だったよ」
それはそう。一朗は内心そう思ったが直接的な内容を口にはせず別の言葉でそれを伝える。
「言葉だけでも着飾れば良いのに明け透けに言うな」
「着飾るのは身形だけで十分さね。外見が好ければ大体のことは許されるからさ」
自分の頬をとんとんと叩いてあからさまに自分の顔が良いとアピールする。
「ずいぶんな価値観だな」
「これも事実さ。初めて会う相手の内面まで見ようとすることなんて稀だからね」
「歪んでるとまでは言いたく無いな」
思わず良くない言い方をすると姫々は声を出して笑う。
「あははっ、もう言ってるさね。別に何を言われてもあたしは気にしないから好きに言うと良いさ。おっと、煽ってる訳じゃないよ」
「わかってる。それはそうと、どこに向かってるんだ?」
「とりあえず、商業区さ。デートなんだからショッピングとしゃれ込もうじゃないか」
「つまり、荷物持ちってことか」
「わざと耳障りの悪い言い方をするね。まあ、否定はしないさ」
行き先も聞かずに付いていく自分が悪いと一朗はため息混じりに流れる景色を見ながら納得するしかなかった。
それから二十分ほどで商業区へと到着する。
姫々に連れられて下りたターミナルはいつも通りの賑わいを見せていた。
「何時来ても千客万来ってとこさね。ほら、ぼーっとしてないでついておいで」
当然のように手を掴んで腕を絡めて引っ張る。
「ちょっ! それは良くないと思うけど!」
「良し悪しはあたしが決めるのさ。黙って付いてきたのはあんただよ? なら、主導権はあたしにあるのさ」
上機嫌な様子で姫々はそう言ってさらに腕を絡めてくる。
「歩き辛いし、人目もあるからって、聞いてるか?」
「耳が遠くなるほど老いてないさ。だから、黙って付いてきなよ。悪いようにはしないからさ」
「それは悪い奴のいう常套句だろっ!」
「あははっ! ずいぶん信用ないねぇ。まっ、気にしないけどさ」
結局そのまま姫々が満足するまでぴったりとくっついたままショッピングモールまで歩いていくことになってしまった。
「さて、今日はどこを覗いて行こうかね」
一朗をからかうのに満足した姫々は少し離れてモールの地図を見ていた。
「大和最大のショッピングモールって話だけどマジででかいな」
隣に並んで地図に目を向ける。
コの字型の五階建て、あらゆる店が集約されており食料品から家電、車の販売に映画館、洋服店は勿論のこと呉服屋もありペットショップに宝石店、ここに来れば生活に必要なものは一通り揃いそうだ。
「大きさだけじゃなくて当然品揃えもかなりの物だね。流石に際物の逸品探しは出来ないけど上等品なら大体揃うくらいにはさ」
「姫々はよく来るのか?」
「ここには偶にだね。あたしはどちらかと言うと商店街のほうが馴染みがあってね。まぁ、商店街もここのは凄いけどね」
「そうなのか?」
「ここに無いものがあるくらいにはね。本当に何かを探したいならあっちに行くさね」
「姫々が言うくらいだから説得力があるな。あれ、ならなんで今日はこっちに来たんだ?」
「そういう気分だったのさ。あと、普通に生活用品はこっちのほうが揃いやすくてね」
「そういえば姫々も寮生活だったな」
「寮の近くで買ってもよかったけどどうせなら色々見て回れるほうが楽しいだろう?」
「否定はしないけど、自分の買出しは買うもの決めてから動くから寄り道はしないかな」
「なら、今日はあたしの寄り道に付き合ってもらうかね」
目的地を決めたのか姫々がその場から足を動かす。
その後について行こうとした一朗だったが手首を掴まれた。
「何してるのさ。男が三歩後ろの大和撫子気取りってかい? 残念だけどあたしは自分の男は隣を歩かせる性質でね。ほら、こっちきなよ」
無理やり引き寄せられて腕を組まれる。
「あの、隣を歩くから離してもらえない?」
「お断りだね。今日はデートさ、少しでもそれらしくしなきゃつまらないだろう?」
結局行き着く先は享楽的思想であることを隠しもしなかった。
「だとしても、学校とかで噂になっても大変だろ」
「ん? そんなことかい。別に言いたい奴は言わせればいいのさ。それよりも、三階のアパレルショップを端から見ていこうか」
意気揚々ととんでもなく時間のかかりそうなことを言い出した。
「マジで?」
「本気と書いてマジってやつさ。ほら、時間は待ってくれないんだ。行くよ」
結局、姫々のペースに飲まれて腕を組んだまま、お目当てのアパレルまで連れて行かれることになった。
さらにそれから数時間かけて端から四件ほどショッピングに付き合うことに。
「うん。悪くないね。みてくれはそこそこ良いんだから、着てるもので十分よくなるってもんさ」
付き合うと言えば字面は良いが実際は姫々の着せ替え人形と化していた。
ショップの定員の接客を丁重にお断りした姫々がコーディネートをして楽しんでいる。
「いや、なんで俺の服選びなの」
「そりゃあ、あたしは自分の服は一人で決めるタイプでね。他人の意見と評価なんてのは二の次なのさ。まぁ、あたしが服選びで失敗したことは無いけどね」
「聞きたいことはそう言う意味じゃなくて、なんで姫々が買ってるのさ」
姫々が気に入った服を片っ端から買っているのだが、すべて一朗に着させるためのもので自分の分は一着も無い。
「言っただろ? 何かしてやろうって、これでも結構悪かったって思ってるのさ。それに、ブループロムでのあのダンスは金よりも価値がある見世物だったよ。あたしなりのチケット料さ、気にせず貰っておきなよ」
「いや、そうは言うけどすでに万単位の支払いしてないか?」
「それはそうさね。良いものはそれなりの値段がするのさ。だーかーら、あたしはそれくらいの価値をあの瞬間に見出していたのさ。それにどうせこの金はあんたのおかげで稼げたものだからね。少しは還元してやってるのさ」
急に聞き捨てなら無いことを口にする。
「俺のおかげで稼げたっとどういうことだよ」
「おっと、口が滑ったね。ブループロムのお誘い。あれで賭けやってたのさ。おっと、賭けたのはあたしじゃないよ。あたしは胴元さ。おかげで大もうけさせてもらったよ」
「おいっ! おまっ!」
たまらず声を上げるとくっくっくっと笑って誤魔化すように姫々は言う。
「おや、急に怖いねぇ。まっ、過ぎたことだし勘弁しておくれよ」
「おまっ、お前なぁ。うーわっ、うわー。マジか」
思いもしなかった事態に怒りを通り越して呆れと虚脱感が生まれる。
「だから、こうして色々サービスしたりしてやってるのさ。だから、負い目を感じる事無く貰っておきなよ。ねっ」
可愛らしく繕う姫々に一朗はため息を吐いて肩を落とす。
「わかったわかった。もういい、過ぎたことってことだな。その代わり遠慮なくもらえるものは貰っておく。これで手打ちってことだろ?」
態度に対して妙に物分りの良い返事に姫々は疑りを持ったが手打ちと聞いて納得するしかなかった。
「意外とあっさり見逃してもらえるんだね。話が早くてそう言うとこ、あたしは好きだよ」
「褒めても何も出ないぞ」
「あははっ! これは一杯食わされたかね。なんにせよ、もう少し色々試してもらいたいんだけど、いいだろう?」
「任せる、好きなだけどうぞ」
結局、両手が塞がるほどの服を買った辺りで一朗がギブを宣言してショッピングは終了となった。