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第一話 ブループロム

「非常にまずい事実があるんだが」


ブループロムまで後三日となった日の朝、人もまだ少ない教室で明らかに困った顔で一朗が総司に話しかけていた。


「どうした急に」


「踊るって何するんだ?」


「哲学か?」


唐突な赤はどうして赤いのだ、みたいな質問に総司は首を傾げる。


「いや、違うんだ。そのブループロムだよ。昨日ウィンは踊るって言ってたし、俺も言ったけど、何をどう踊るんだ? ダンスなレボリューションなのか?」


「何なんだそれは。いや、普通に音楽に合わせて踊るだけだが」


「つまり、ヒップホップ的なやつか」


「一朗の普通はずいぶんアップテンポだな」


「違うのか?」


「ぜーんぜん違うね」


二人の密談に首を突っ込んできたのは今回の主犯である姫々。


「違うのか……」


「オウムじゃないんだから言葉を返すのはやめとくれ」


「君のせいで一朗が混乱してるんだぞ?」


「それは知ってるさね。だから、こうして救いの手を差し伸べてやろうって考えてるのさ」


飄々とした態度だが、一朗は食い気味に姫々の手を掴む。


「頼む! 教えてくれ!」


「な、なんだい。昨日までは全然乗り気じゃなかったくせに。高嶺の花を落とせて気が変わったのかい?」


どこかつらなさそうに姫々は視線をそらす。


「気が変わるってのが何を言ってるのか分からないけど、俺が笑われるのは別に構わないが、俺のせいで誰かが笑われるのは嫌なだけだ」


真っ直ぐな一朗の台詞に総司は隣で満足げに頷いていた。


「そうかい。まぁ、そういう意味なら発端はあたしだからね。吐いた唾は飲み込めない。ちゃんとギリギリまで面倒見てやろうかね」


「頼むよ。で、何を踊るの? ヒップホップ? レゲェ? バレエ? ブレイクダンス?」


「もしも、そのどれか一つでも竜宮寺 乙女が踊っている姿が想像できるならそうだろうね」


呆れて返す言葉は意外と鋭く一朗は言葉に詰る。


「ぎ、ギリギリ、バレエなら想像できる……か?」


「なら、バレエの練習でもしてもらおうかね」


「ごめん! 俺が悪かった!」


両手を合わせて謝罪している一朗だが、根幹として火をつけたのは姫々だと忘れてないかと総司は剣呑な顔で二人を見つめていた。


「あんまりからかいが過ぎると痛い目しそうだし、そろそろ真面目にしようかね」


くわばらくわばらと言いながら姫々は携帯を取り出して映像を見せる。


「社交界って言えば社交ダンスしか無いに決まってるだろう?」


映像は男女が手を合わせて腰に手を回し、音楽に合わせてステップを踏んでいるものだった。


「あっ、映画で見たことあるぞこれ」


「普通は一番馴染みがある気がするが」


「それは上流階級だからに決まってるだろう? 普通は社交ダンスなんて知らないもんなのさね」


「そうなのか」


どこか隔たりを感じたのか総司は寂しそうな目をしていた。


「そんなことはどうでもいいじゃないか。とりあえずは踊る中身がわかったんだ。あとは練習するだけさ。三日しかないけれど」


「練習も付き合ってくれるのか?」


「あたしでいいなら付き合ってあげてもいいさ。総司とあんたが二人で踊ってるのは絵面的には面白いけど流石にあたしはそっちの趣味はなくてね。だから付き合ってあげるよ。意外だろうけど、あたしはこれでも義理堅いのさ」


「本当に意外だな」


しれっと総司が毒を吐くが姫々は気にした様子はなく鼻で笑う。


「じゃあ、悪いけど頼むよ」


「なら、頼まれようかね。放課後までに適当なホールの使用申請しておきなよ」


言いたいことは言い終えたとばかりに姫々は二人の傍を離れて教室を出ていった。


「なぁ、総司。ホールの使用申請って何?」


「生徒が学校内の施設の使用を学校に願い出ることさ。基本は教師に言えば申請書がもらえるから、そこに空いてる施設の使用許可を得るってこと。ちなみに、携帯で空いてる施設の検索も出来るぞ」


総司は学校用に作られたアプリから校内の施設一覧を一朗に見せる。


「こんな管理までしてるのか。と言うか専用アプリまであるのか。すげぇな」


「無いと不便だろ。寧ろ、無いほうが不自然だろ」


冗談だろうと総司を見ると至って真面目な顔だったので苦言が零れてしまう。


「普通はこんなアプリまで作ってサーバー維持だとか、システム管理だとか出来る学校は無いっての。どんだけ維持コスト掛かるって話になるよ。普通は」


「そうか、普通は無いのか」


「そんな話は別にいいから。姫々の言ってたホールってのはこのダンスホールでいいのか?」


画面のダンスホールと書かれたところを指差す。


「あぁ、それでいいと思う。後は申請書も貰ってだな」


「了解。ホームルームが終わったら声をかけてもらうか」


不安に対する解決の目処が立ち、一朗は少しだけ平穏を取り戻した。


それから授業を終え、放課後。


取り戻した平穏は簡単に打ち破られることとなった。


「はーい。よろしくねイチロー君!」


元気良く右手を上げてアピールするしているのはウィンで鮮やかなドレスを身に纏っていた。


「姫々、これはどういうこと?」


「いやなに、ウィンも手伝ってくれるっていうからさ。相手役を頼んだのさ」


「イチロー君はあたしとじゃ嫌?」


「いや、そんなことは全然無いけど」


まさかの相手にいきなりドレスまで着てるとは思わず視線が泳ぐ。


「ならいいじゃないか。それに指導するなら外から見てるほうがし易いしね」


「それには一理あるけど」


正当な理由を口にする姫々に乗せられて口ごもってしまう。


「ほらほら、言い訳はいいからイチロー君も着替えて着替えて」


「着替えるって何にさ」


「総司君に借りてるんでしょ、タキシード」


ちょいちょいと指を指すのは一朗が借りたタキシードの入ったトランク型の衣装ケース。


「確かにさっき借りて今あるけど」


放課後に用事があるからと総司はコレだけ手渡して颯爽と帰ってしまっていた。


「どうせ、サイズの確認が必要なんだし着ちゃいなよー」


「それもそうか。じゃあ少し着替えてくる」


ダンスホール内に併設してある更衣室へ向かい借りたタキシードに着替える。


特に違和感もなくサイズもぴったり合っており、問題なく着れることに一先ず肩の力を抜く。


待たせるのも悪いと思い、一朗は鏡で一度全体の具合を確認してからダンスホールへと出た。


「おや、中々様になってるじゃないのさ」


「イチロー君、結構似合うねぇ」


楽しそうに二人は品定めでもするようにじっくりと見つめてくる。


「ちょいと失礼」


姫々はそう言って襟元や生地に触れて何かを確かめていた。


「何か、おかしいところでもあるのか?」


「いいや。ちょっと…………。いや訂正しよう。かなり良い生地を使ってると思ってね。実家が着物屋でね。少し知恵があるのさ」


その様子からなんとなく着ているものの価値を察してしまう。


「ちなみに幾らくらいとかもわかったりするのか?」


「概算は出来るね。教えてあげようか? ちなみに仕立て抜きの生地だけの値段を」


その口ぶりだけで背筋に嫌な汗をかく。


「やめとく。聞いたら怖くて着れなくなりそうだし」


それに姫々は鼻で笑って答える。


「ふふっ。懸命だね。良いものだとは考えていたけれどコレほどのものだとは思ってなかったよ」


「そういう話は後でしてよー。それより、早くやろうよ」


懐事情を探るような会話に水を差してウィンが一朗の手を引く。


「ごめん、つい話に乗っちゃったよ」


「気にして無いけど、時間が無いのはイチロー君なんだから。ほらほら、手を出して腰に手を廻して、視線を合わせて。ねっ」


ニコッと笑うウィンの笑顔に胸を打たれるような思いで手を繋いで体に触れて、青い瞳に視線を合わせる。


じっと見つめる瞳は深い群青色に少しだけ白を混ぜ合わせたような純粋な青色をしている。


睫も長くて目が大きく、桃色のリップでもしているのだろうかと思わせるほどに艶やかで潤いを見せる唇。


「じっと固まって、何してるさ」


固まった一朗を見て姫々が苦言を呈する。


「うぇっ? あっ、いや! これからどうすればいいのかと思ってさ!」


誤魔化すように大きな声を出すと、姫々がため息を吐く。


「ウィンが可愛いからって見惚れてる場合じゃないのはあんただよ。そもそも本番の相手は竜宮寺だよ? 先が思いやられるね。まぁ、どっちにしてもあたしは面白いからいいんだけどね」


からかう言葉に対して反論しようとしたが今度はウィンが一朗を見つめていた。


「ど、どうかした?」


「んっと。あたしって可愛いと思う?」


率直な疑問、そんな顔をしていたから一朗は少し考えて答える。


「正直に言うとテレビに出てる様なアイドルとかよりも可愛いとは思うよ」


「そっかー」


真面目に答えて、最大級の褒め言葉を出したつもりだったが想像以上に軽い返事をされて俯かれた。


「はいそこー、イチャイチャしない。さっさと始めるよ」


空気感を打ち消すように姫々がクラシック音楽を掛ける。


「まずは足元を意識して、ゆっくりステップから。リードはウィンがしてあげな」


「うん。じゃあいくよー」


音楽に合わせる前にゆっくりと足元を見ながらウィンがリードをしてそれに一朗が続く。


「この動きって、目を合わせなくてもいいのか?」


「とりあえずはいいんじゃないの? ウィンが顔上げてやれるまではさ」


にやにやと楽しそうに笑う姫々に対して、そんなに足を踏まれる可能性があるくらいセンスがないのだろうかと若干落ち込む一朗。


それから日が沈む頃まで三人はダンスの練習を続けていた。


「結構、体力使うな。社交ダンスって……」


疲れた様子の一朗に対して、ウィンのほうはまだまだ余裕といった様子だった。


「初めてだろうし、感覚を掴まないと大変かもね。相手の足を踏むとかいうプレッシャーもあるし、見た目以上に疲れるのはそうかも」


「なに初めてにしては十分さ。後は繰り返し基本のステップだけ練習しておけばいいだろうさ」


「基本だけでいいのか。いや、まだまだなのに応用とか言われても付いていけないけど」


「問題ないさね。もし、向こうが上級の動きを求めてくるなら素直に出来ないといえば良いし、そんなことよりも、もっと重要なのは相手の目を見て固まる事無く基本が出来るかどうかだよ」


先程のことを掘り返すように突いてくる。


「それは、もう大丈夫だよ。……たぶん」


「ほぅ、なら」


流れる様な動作で姫々は手を取り肩に手を廻して体を寄せてその黄金色の瞳を近づけてくる。


隣でウィンはきゃーきゃーと楽しそうな様子で悲鳴を上げている。


「さぁ、目を見てごらん」


挑発的な態度に対して強い意思を持って姫々の腰に手を廻して目を見つめる。


「おや、やるじゃないか。それに、黒いかと思ってたけど茶色い目をしてるんだね」


「珍しいか?」


「さて、どうだろうね。じゃあ一手指南してやろうかね」


「それじゃあ、将棋や囲碁だろ」


「チェスもあるさ」


打てば響く愉快さに笑みを浮かべて姫々は音楽に合わせて動き出し、それに一朗があわせる。


「本当は男のほうがリードすべきだけど、まずは動きなれなきゃ話にならないからね。そうそう、やっぱり初めてにしては十分だね」


ゆっくりした動きで一朗が対応できる速度で姫々が踊っていることがわかるがそれでも、初めてで数時間で形になる程度に動けているのは十分だと言えるだろう。


「さあ、もう少し続けようかね」


それから少しの間、二人は互いに目を逸らさずに踊り続けていた。


「うん。いいね、ちゃんと相手の目を見て照れることもなく踊れてた。あとは表情をもう少し柔らかくすればブループロムくらいなら乗り越えられるだろうさ」


「本気で?」


「ああ、あと三日と言っても当日を除けば明日と明後日だけだけど、練習すれば何とかなるだろうさ。当日はあたしも冷やかしに行かせてもらうよ」


「じゃあ、あたしも行くねっ。姫々ちゃんと二人で練習の成果の程を見せてもらおうかな」


手伝ってもらっている訳だからその権利はあるか、一朗はそう納得したが総司の言葉を忘れているのか、原因は姫々にある。


「良い報告が出来るように頑張るよ」


そうして、今日の練習を終えて三人は寮の前まで一緒に帰り、そこで解散となった。


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