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第一話 ブループロム

少しだけ場所が移動しており、廊下で次々と男子達が敗北の味を噛み締めながら肩を落として去っていき、誰が彼女のハートを射止めるのだろうかと言う野次馬も大勢いる。


わざわざこの行列に並ぶのは酷だと、どうせ一蹴されるのだから割り込んでしまおうと考えて男子達の間をすり抜けていく。


その短い間に一朗は青い薔薇について考えていた。


かつて、ロストレガシーと呼ばれる時代には青い薔薇は自生していなかった。


飲料メーカーと植物工学企業が品種改良して生まれたものが唯一で、その存在から創作物として当時の漫画ではブルーウィッシュと名づけられたりもしていた。


しかし、この時代において青い薔薇は自生している。


約五百年前に起きた次元融合と呼ばれる事象が起き、多種多様な亜人族と電力と互換性のある魔力と呼ばれる目に見えない力がロストレガシーと呼ばれている西暦の時代と混ざり合ってしまったからだ。


それから、数多の戦いが起き時代は衰退。


今のこの時代、北暦488年はロストレガシーにすると約2010年頃と同等の科学力を復興するに至った。


そんな色々な事情があり、今この青い薔薇は自生しており、この手の中にある。


過去に思いを馳せている間に一朗は目標対象の目の前にやって来ていた。


月並みな表現だが、美人である。


薄紫色の長い髪は背中まで伸びており、切りそろえられた前髪から覗くのはサファイアの様な蒼い瞳で太陽に照らされる海のように輝いている。


そして、特に目を引くのはこめかみの上辺りから這えている竜神族である証の雷のような形をした二つの金色の角。


加えて、スタイルも良い。


少し背が高いが男子との差を考えるならちょうど良く、引き締まった腰周りに対して胸元は突出しているため、制服が窮屈そうに見える。


そんな、家柄、容姿、ちなみに性格も良く天が二物も三物も与えたような完璧な存在に平凡、普通、平均、凡夫と何もかもが不釣合いな己が手を伸ばすということが如何ほどに愉快なことだろうか、それを理解して姫々を怨みながらも楽しくなって来た一朗は調子に乗った。


「ごめんね、失礼するよー。悪いね、すぐ終わるから」

そんな言葉を周りの男子達に向けて言って竜宮寺 乙女の前に一朗は立った。


周りの男子含む野次馬達は馬鹿な庶民に嘲笑を持ってその愚行を受け入れ審判の時を待つ。


笑われるのがわかっているなら何一つ恥じることはない。


ある意味で無敵の精神状態から一朗は昔の、ロストレガシー時代の創作物を思い返しながら劇っぽい振る舞いを始めた。


左ひざを付き、左手を自らの胸の前に当てて右手に持った青い薔薇を差し出す。


「可憐な瞳のフロイライン。もしよければ、満月の夜。俺と踊ってくれませんか?」


決まった。


完全に滑った。


やり終えた後、一朗は頭の中でそう一人つぶやいた。


当然、周りからの大爆笑を貰うことになり、ちらりと見えた人の隙間から姫々がかつてないほどの様子で笑いこけているのがわかった。


ちなみに総司は呆れており、ウィンは目を輝かせている。


思わず自分でも鼻で笑ってしまう様な状況、一蹴されて軽蔑されるその瞬間を待っていた。


のだが、右手から不意に青い薔薇がすり抜けていく。


幾らなんでも、まだ答えも出てないのに邪魔だと薔薇を捨てられるのはどうだろうかと視線を向けた先には頬を赤く染め、少女の様に蒼い瞳を煌かせた乙女が薔薇を手に取っていた。


「もちろん、喜んでお受けいたしますわ」


その一言に辺りの喧騒は途切れ、静寂が訪れた。


「……はぁ?」


思わず自分の口から理解を超えた現象に声が漏れた。


その頃、姫々は会心のゴールを決めたフォアードでも見せない様子で現状を楽しんでいた。


対して、周りの野次馬含む生徒達は変わらず唖然としている。


「えっ、と。いいの? というマジ?」


手渡した本人だが理解できない上に理由がわからずに素っ頓狂な声が出てしまう。


それにくすっと笑って乙女が青い薔薇を大事そうに両手で持ちながら頷く。


「はい。では満月の夜、ブループロムの日に教室でお待ちしていますわ」


一切の迷いなく、集合場所まで指定して崩れ落ちる男子達を横目に人ごみに消えていった。


取り残されたのは何一つ理解しえぬままに高嶺の花を射止めた凡夫。


当然そうなれば注目の的になるのは必然。


幾人もの視線の的になった一朗は徐々に肝が冷えていく。


「退いた退いた。ここは負け犬と野次馬の牧場じゃないんだからさっさと帰った帰った」


そこに誰よりも楽しそうな様子で現れたのは姫々だった。


「いやー、中々に色男だったよ。実に楽しかったし今も楽しい。ほーら見てごらん。金も容姿も才能も、色とりどりの男子共だったけどここに居る薔薇をもった男全員負け犬だ。これ以上愉快なことなんてそうそうないさ」


あーっはっはっはっと周りの様子も気にせず笑う姫々にウィンが空気がよろしくないのを悟って引っ張っていく。


それに乗じて一朗も後を付いていく、それをやれやれといった様子で総司が一朗の荷物を片手に後を追う。


「ここ、俺の部屋なんだけど」


一朗の苦言を無視して学校の傍に作られた寮にある、一朗の部屋に移動していた。


名門校の寮であるからして、内装は綺麗に彩られており間取りは1LDKと一人暮らしをするにはもてあます広さで家具も標準装備で備え付けられている。


「いいじゃないか? 別に減るもんじゃないさ」


我が物顔でテーブルに備え付けられた椅子に座り姫々がテーブルを指先で叩く。


「やっぱり内装は基本は統一されてるみたいだね」


そう言う姫々も寮生活で実家と言うよりは別宅らしいが、寮生活をしていないのは総司だけだ。


「おい、あまり一朗に迷惑かけるなよ」


小姑の様な口ぶりの総司だが、同じように椅子に座りくつろいでいた。


手伝おうかと立って視線を向けているのはウィンだけ。


「いや、座っててくれ」


諦めて一朗は冷蔵庫からお茶を取り出して人数分のコップを用意した。


手早くまとめて全員に行き渡るようにして自分も椅子に座ってから気付く。


「というか、なんでここに皆いるの?」


「いやー、なんというか流れで?」


たははと言う顔をしているのはウィン。


「僕は君の荷物を持ってくるついでさ。まぁ、さっきの件で色々大変になるだろうから少しばかり手を貸してやろうとも思っているけどね」


天から伸びる蜘蛛の糸の様な言葉は総司から出たもので、主犯の姫々はと言うと。


「そりゃ無論、笑いに来たのさ」


「今すぐ帰ってくれる?」


きっぱりそう言うと姫々も流石に笑みを崩して論を口にする。


「待った待った、冗談だよ。流石のあたしもあの展開は読めなかったからね。ちょっとは負い目を感じてるのさ」


あくまでも態度は変えなかったが、それでも言葉には実があるように思えたから一朗は滞在許可を出す。


「わかった、信じるよ。で、今ちょっと落ち着いたらどんどん良くわからなくなってきたんだけど、これからどうなるの。俺」


精神的落ち着きに比例して事態の意味不明さが一朗に圧し掛かってくる。


「別に大した事だと思うこともないだろう。ただ、あの竜宮寺 乙女とブループロムに行くだけだ。ん、美味いなこのお茶」


「そーそー、別に肩肘張らなくてもタキシードを着て乙女ちゃん迎えに行って、会場に向かって、二人で踊って食べてするだけだよ」


「た、タキシードが要るのか?」


困惑した台詞を吐くとウィンが首を傾げて問いかける。


「もってないの?」


「あるわけないだろ」


そういうと総司が怪訝な顔をして、姫々は笑いを堪えていた。


「というか、普通の庶民がダンス会場に行くことなんてないんだから学生の内に持ってる奴なんてそうそう居ないぞ」


「なら、僕の使っていないやつをやるよ。背丈も同じくらいだし少し手を入れれば使えるだろ」


「まじか、助かる」


持つべきものは友だと感謝の意を示しているところに姫々が口を挟む。


「それって一着数十万はするんじゃないのかい?」


「値段は知らないな。別に何着もあるし気にしないさ」


本人の言はそうであっても庶民の一朗は顔をしかめた。


「か、借りるだけにしとくよ」


「そうか? どっちでもいいけどな。ブループロムまであと四日しかないし、明日にでも渡せるように準備させておくよ」


大したことないような様子で総司はそう言い、一朗は実に困った様子で背もたれに体を預けて天井を見つめる。


ブループロム、これが一朗の高校生活三年間における最初のスペシャルな日だった。


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