第五話 知らぬが仏とはよく言うが教えてくれてもいいはずだろう
乙女との楽しい会話もほどほどに意外と皆知っている曲だったり、ウィンの合いの手、意外にも歌が上手かったリリアのおかげで部屋は盛り上がりいい感じになっていたところで一朗が席を外し、部屋を出た帰り道。
少し開いた扉の向こうから聞きなれた曲の音色が聞こえた。
それは一朗のよく聞くロストレガシー自体のもので初めて月へと有人飛行した宇宙船がタイトルの曲。
まさかと思い一朗は足を止めて中の様子を見てみるとショートヘアの赤い髪に羊のように丸まった角が特徴的な女の子が歌っていた。
歌の上手い、下手が曖昧な一朗でも一発で分かるほどに上手かった。
まさかの選曲と惹きつけるほどの歌声にしばしの間、一朗はぼーっと聞き惚れていた。
歌っている途中で外の音が聞こえているのに気が付いたのか、マイクを持つ少女が一朗の方に顔を向ける。
そして、目と目が合ってしまい一朗は逃げ出すのは印象が良くないとしれっと立ち去ろうとかと考えていると少女の方が向かってきた。
怒るというよりは嫌悪感のような向けられたくない表情で少し開いたドアに手をかけて不機嫌そうな声音を出す。
「悪いんだけど、今」
少女が言いかけた途中で一朗は敵意や悪意が無い事を示すために食い気味に謝罪した。
「すみません! 知ってる曲を歌ってる人が珍しくて、つい……」
一朗のそのセリフに少女は言いかけた言葉を止めて目を丸くした。
それから少し考えて訝しげな表情でモニターの方を指さして問いかける。
「……タイトルは?」
曲名を聞かれている事を理解して一朗が答えるとさっきまでの様子と打って変わってニカッと笑う。
「あんた、ちょっと付き合いなよ」
「ちょっ!? うわっ!」
手を引かれ中に押し込まれてソファに座らせられる。
「他に知ってる曲は?」
遠慮なしに隣に座ってタッチパネルを二人で見れる膝の上に置く。
「同じアーティストならデビュー初期から中期辺りまでのはそこそこ……、後はロストレガシー時代の同期なら大体は聞いたことはあるかな」
「ほほぅ、ならこの辺りはどう?」
画面にはマニアの間ではよく名前の挙がるアーティスが並んでいた。
「多分、うろ覚えで良ければ」
「オッケー、じゃあ」
そういって手早く色々と曲を入れていくのに一朗が待ったをかける。
「いや、俺あんまり歌上手くないんだけど!」
そういうと少女は鼻で笑った。
「私より上手いわけないんだから気にしないっての」
そのあふれ出る自信に一朗が抗議の声を上げようとしたがマイクを投げられ受け取ってしまう。
「いいじゃん。やろうよ」
楽しそうに笑う少女の紅い瞳に魅せられて思わず頷いてしまった。
「んじゃ、始めようか」
それから、数曲ほど二人で合わせて歌い短いながらも満足した時間を過ごした。
「ふぁー! 歌ったーっ!」
ぽふっとソファーに座り込む少女を横目に一朗も腰を下ろす。
「そいや、歌いうほど下手じゃなかったよ、及第点ってやつ?」
「そう? それならよかった」
ほっとして一息ついて忘れていたことを思い出す。
「って! 戻らないと!」
無理にお願いして来てもらった総司に対して不義理すぎる現状に慌てて立ち上がった。
「なんだ、連れが居たのか」
「そう、だからもどらないと!」
「なら仕方ないか。楽しかったよ、壱波一朗君」
ニカッと笑う少女に名前を呼ばれたことに対して疑問を覚えて問いかけようとしたがそれよりも先に戻らねばと行く道を急いだ。
「そうだ、君の名前は」
「ん? あぁ、次会った時に教えるよ。ほらほら急ぐんだろ?」
「あぁっと、わかった。じゃあまた」
ひらひらと手を振る少女に見送られて一朗は慌てて皆のところへ戻った。
その後、総司にではなく、姫々にかなり長い間席を外していたことを突かれる羽目になった。