第五話 知らぬが仏とはよく言うが教えてくれてもいいはずだろう
休日四日目、長期休暇も折り返しを過ぎて後少しとなった頃、一朗は商業区にある大手チェーンのカラオケ店に居た。
「今からっ親睦会だぁー!」
勢い良くマイク片手に拳を付きあげるウィン。
その様子を急遽(?)集められたメンバーが見つめていると同じように手を上げるようにウィンに催促される。
「だー」
とりあえず乗っておこうと一朗も真似してそれに釣られて呼び出されたメンバーも倣う。
何故、こんなことになっているのかと言うと。
事の発端として、昨日の内にウィンが一朗に連絡をしたところから始まった。
その先日に一朗が乙女に連行されていたことを目撃しており友人関係であると判断し、自分も交友を深めたいと人類皆友人と言わんばかりの博愛主義にも似た思想で乙女と仲良くなりたいという思いからウィンが一朗に間を取り持つことを頼んだのだ。
ついでに、姫々から流れた情報でリリアとも知りあいだと聞き及んでいたウィンはそっちも誘うようにと呼びかけ、そうなれば面白そうなことを見逃すはず無い姫々も参加。
女四人、男一人なんていう状況は真っ平だと総司に助けを求めた結果、渋々ながらも付き添ってく
れることになり、合計六人でなにをするかとなったときにウィンの提案でカラオケに行くことになった。
ということで今この場には、カラオケ初体験の乙女とリリア、付き添いの総司にノリノリのウィンと出歯亀精神でニヤニヤしている姫々に疲れ気味の一朗。
「よーし、それじゃあ先ずはイチロー君から行ってみよー!」
そう言ってマイクをパスされて驚きながらも何とかキャッチすると全員の視線が一朗に向く。
「お、俺はあんまり歌上手くないぞ?」
「いーのいーの、何でも良いから歌いなよ」
よいよいとウィンに背中を押されて前に出る。
しかし、一朗の歌える曲と言えば殆どがロストレガシー時代の歌ばかり。
とりあえず、最近流行りの曲で何とか歌えそうなものを思い出して曲を入れる。
するとすぐに曲が始まってしまう。
「あっ、この曲今流行りで人気の歌手の奴だね。竜宮寺さんとペンティアさんはどんな曲が好き?」
人が歌おうとしているのにすぐさま話をしたくてウィンが二人に問いかけ、その様子を見て哀れむような目で姫々が口元をニヤつかせて手拍子を取る。
「当て馬にしても可哀相さね。あたしくらいはちょっとは哀れんでやろうかね」
それをわざわざ口にする姫々に総司がため息交じりで口にする。
「良い趣味とは言えないな」
「あんまり褒めないでおくれよ。調子に乗ってしまうってもんさ」
愉快そうな様子でけらけら笑う姫々。
何をどう言っても引くことも叶わない一朗は可もなく不可も無く歌い終える。
「まぁ、なんというか普通だねぇ」
姫々が微妙な顔でそう口にすると総司も何か言おうとしたが言葉を飲み込んだ。
ウィンと乙女、リリアも特に何か言うことも無く次の曲が始まる。
「はいはーい。次はあたしだよー!」
元気よく手を挙げてマイクを催促するウィンに手に持った物を手渡して入れ替わる。
「おつかれさま。けど、一朗が流行りの曲を歌うってのは意外だな」
声をかけてくれる総司に対して一朗は難しい顔で笑みを作る。
「たまたまネットで知った曲でだれが歌ってるとかは知らないけど、なんていうか。好きなリズムっていうの? んで、時々聞いてて知ってただけ」
「なるほどね。てっきりロス―――」
総司が言いかけた途中で肩を姫々に引かれてフェードアウトして代わりに乙女が隣に座って来た。
「失礼しますわ」
ニコニコと楽しそうな様子の乙女に少なくとも場違いな空気だとか楽しめてないだとかと言うことはなさそうだと、ある種の安堵感を覚える一朗はとりあえず会話が中断されたことは忘れて気持ちを切り替える。
「そういえば、竜宮寺さんは」
言い出したところで一朗の唇に乙女の指が触れる。
「乙女、そう呼んでくださいとお願いしたのですけれど」
愛らしく、少しだけわざとらしく膨れっ面を見せ、指を離す。
「えーっと、……。乙女はどんな曲が好きなの?」
名前を呼ぶとぱぁーっと花が咲くような笑みで答える。
「はいっ! わたしは古典ですがロストレガシー時代のクラシックなどはよく聞きますわ。それと一昔前のドラマの主題歌なども少々」
「そうなんだ。クラシックって言うとベートーベンとかショパンとか?」
一朗が記憶にある作曲家の名前を口にすると意外そうな様子で頷く。
「えぇ、たとえば子犬のワルツなどは明るくて楽しそうな音色がとても好きですわ」
「いいよね。軽い足取りで転げまわる子犬の雰囲気っていうのかな。感じが出て、個人的にはショパンだと英雄ポロネーズとか結構好きかな。分かりやすく勇ましい曲調とか、でも強い曲調だから本を読みながら聞くのには向かないけど」
思いもしなかったクラシック音楽の話に乙女は驚きながらも会話に花を咲かせる。
まさか、聞いたことがあるという程度ではなくはっきりとした曲名まで出るとは考えても居らず乙女はまた一つ、己が恋心を燃やす。
当の本人の一朗はまさか自分の一言が薪をくべて油を振りかけているとは思っても居ないだろうが。
「わたしもピアノを弾くのですけれど、よければ今度、聞きに来られたりとか如何でしょう」
「良いね。実際生のピアノの音でクラシックを聞いたことないし、よかったら是非」
一朗としては他愛の無い話のつもりなのだが相手がどう受け取るかまで思慮できるほど大人ではなく、それが知らぬ間に燃え盛る炎になっているとはつゆ知らず。