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第四話 安眠は嵐の後で……

なにがどうしてこうなった。


心の中で一朗が悲痛な叫びを発している目の前にはすでに乙女の両親の姿があったる


さらに言うなら場所は乙女の実家でテレビでも見たことの無いような豪邸でそのうちの一部屋で応接間でソファに座る一朗の隣には乙女、正面に乙女の母でその隣に乙女の父、テーブルには様々な菓子が並べられていた。


ちらりと一朗が視線を向けるのは、乙女の母で竜宮寺 紫苑。乙女と同じく薄紫の髪に稲妻のような角。まさしく、乙女が年を取って大人になればこうなるだろうと思わせるような風貌で明らかな違いと言えば着物姿でその胸部が娘よりも遥かに大きいというところだ。


対して旦那の竜宮時 一誠はと言うと、一朗と同じく外見に特徴は無く黒い髪を短くまとめ、ブラウンの瞳をした何処にでも居そうな雰囲気の男性。


「急にごめんなさいね。娘が無理を言ってないかしら?」


穏やかな口調で笑みを向ける紫苑に一朗は色々合った事はとりあえず忘れる方向で首を横に振る。


「いえ、そんなことないです。乙女さんには良くしていただいております」


緊張もあるが、一朗はともかくこの場を凌ごうと心を落ち着かせながら当たり障りの無い言葉を選ぶ。


「そうなの? ならよかったわ」


うふふっ、とにこやかな紫苑に対して、一誠はどこか落ちつかないような様子でちらちらと乙女と紫苑のほうに視線を向けていた。


「せっかく来ていただいたことですし、色々とお話を聞きたいわ」


ぱんっと手を合わせて良い事を思いついたと紫苑はそう言って続ける。


「特に、ブループロムのこととか」


その言葉に急激に胃の調子が悪くなる一朗に対して、爛々と目を輝かせる乙女。


何故こんなところでつるし上げのようなことになっているだろう。


一朗は本気でそう思いつつもここで事を荒げたところで事態が好転するはずも無いと割り切り必死の笑みを浮かべる。


その様子をどこか申し訳なさそうに一誠が見つめる。


それから約一時間ほど紫苑に根掘り葉掘りとブループロムの件を話すようにと詰め寄られて、事の仔細まで話すこととなり、その恥ずかしさから耳が赤くなっているのが自分自身で一朗も分かっていた。


「本当に面白かったわ。うふふっ若いって良いわねぇ」


こっちは何一つ面白くないと叫びたい思いを飲み込み一朗もあははっと乾いた笑いを返す。


「ちなみに、一朗君は乙女と付き合ってるのかしら?」


急に爆弾を投げ込まれた。


「そ、そんなことは無いですっ!」


ノータイムで答えると隣の乙女のほうから只ならぬ雰囲気を感じたが、一朗は視線を向けず知らんぷりを決め込んだ。


「あら、そうなの?」


「はい。そうです。そもそも僕と乙女さんでは吊り合いませんから」


根本的に出自が違うのだ。偶々、一度運命が交差しただけ、それだけ話だと。すべてを口にせずに関係を否定した。


「そうかしら」


それを否定したのは他の誰でもない、紫苑であった。


「生まれや血筋なんでモノは本人の恋路には関係ないと思うわ」


穏やかで優しい言葉だったが、凄みは本物でその言葉の真意とは。


「本当に愛した際に行う手管や奸計に比べれば大した問題ではないわ」


実践した者の言葉であった。


一朗もその台詞でようやく様子のおかしな一誠について理解した。要するに前回行われた竜宮寺の婿養子被害者であると。


彼のその瞳に映るのは哀れな次の犠牲者であることに。


状況を理解した一朗の様子に一誠が咳払いを一つして話しかける。


「事情はどうであれ、妻の言うことも一理ある。私も元は家系も血筋も無い普通の一般庶民であったわけだから、娘がなにをどうしたとしても口を挟むつもりは無いよ。最も挟んだところでとは思うけれどね。あぁ、ちなみに色々合ったが私はちゃんと妻を愛しているよ」


色々と忖度されたが、最後の言葉に嘘は感じられず少なくとも前回は落ち着くとこに落ち着いたということは理解できた。


「もう、急に恥ずかしいこと言うんですからあなたは」


しかし、その様子は本当に嬉しそうで先ほどまでの威圧感のようなものは無かった。


「まぁ、良いじゃないか。会合の時間も迫ってきて居るし、そろそろ私達は席を外そうじゃないか」


なだめるように一誠がそう言って立ち上がり紫苑の手を取る。


「あら、もうそんな時間なの? まだ色々と聞きたいのだけれど仕方ないわね。ゆっくりして行ってくれていいからね。一朗くん」


そう言って、二人は手を取り合い幸せそうな姿を見せて部屋を出て行った。


そして、残されたのは雰囲気がやばい乙女とすっかりそれを忘れていた一朗。


「……一朗様」


名前を呼ばれてさーっと血の気が引いてくる。なにをしたという訳でもないのに。


「な、なにかな」


「今、お付き合いされてる方は居られるのでしょうか?」


目を見て話すべきなのに視線を向けられない一朗は前を見たまま、答える。


「ぅえっと。今まで生きてきて誰とも付き合ったことは無いよ」


「では、わたしが初めてでも問題はありませんよね」


考えもしていなかった言葉に思わず乙女のほうを向いてしまう。そこには今にも泣き出しそうな顔で唇を震わせている乙女の姿があった。


「そ、それはどういう……」


「言葉のままですわ。どう、受け取っていただいても構いません」


理由も意味も状況も理解できない一朗だが一つだけはっきりしているのはこの高嶺の花という言葉ですら足りないほどに輝く、一等星のような少女から真っ直ぐな好意を向けられているということだ。


凡夫、平均、普通、と両親にさえ言われた自分の何処に彼女がこれほどまでに思いを向けるのかが分からなかった。


「っ……」


正直なところ一朗は迷っていた。


どんな形であれ、頷けばこの少女の唇に触れることが許されるという事実に、そのシルクのような髪を撫でることを拒まれないという幸福に、壊れてしまうほど強く抱きしめても受け入れてもらえる結果に、心が頷いてしまいそうであった。


「だめ……でしょうか……」


鈴の音のように凛とした声音だが触れれば割れてしまいそうな繊細さが胸に響く。


駄目だと言いたくないが、受け入れてしまいたいが、一朗はすべてを飲み込み吐露した。


「だめ……だっ。だって、俺はまだ君を知らないし。君も俺を知らない。だからっ……今は友達じゃ……駄目かな?」


自分でも勿体無いことをしたとどこか心の中で思っていたがそれでもすべてを受け入れるにはまだ心が幼いままだった。


しかし、完全な否定ではない答えに乙女の瞳はもう一度輝きを取り戻した。


都合の良い脳回路が一朗の言葉を婚約のような約束された関係だと解釈したからだ。


「っ! いえ、いいえ! 友達でもいいですわっ! これから、お互いのことをもっと知っていけばよいということですものね!」


これで一つ、自らの意思とは関係なく一朗は竜宮寺家へと片足を突っ込んでしまった。


「まぁ、そうなるのかな?」


竜は蛇に似ている。


その神々しい姿からは想像も出来ないほどに執念深く嫉妬深く恐ろしい。その事実を一朗は知る事無く小さくも捨てれない、呪いのような口約束をしてしまった。


それから、二人はお互いの連絡先を交換して用意された菓子を摘まみながら色々と話をして交流を深めた。



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