第四話 安眠は嵐の後で……
休日二日目。
特に予定も無く偶には昼間で寝過ごすのも良いだろう時計の針を見過ごした午前八時。
唐突にインターホンがなる。
その音で否応なくベッドから出なくてはならないことになり一朗はさっさと対応して二度寝をしようと不用心にも相手を確認せずに扉を開けてしまった。
「はーい」
「おはようございます。一朗様」
そこには予想外を通り越し、意識外の人物がにこやかな笑みを浮かべていた。
「り、竜宮寺……さん?」
「もぅ。この間、乙女と呼んでくださいとお願いしましたのに」
ぷーっと可愛らしく頬を膨らませるふりをする乙女に見とれる一朗だったが、寝起きである事を思い出して悲鳴を上げて扉を閉める。
「ご、ごめん! 十分! いや、五分待って!」
大慌てで洗面所に駆け込み顔を洗って歯を磨いて、顔を濡らしたままクローゼットから着替えを引っ張り出しておおよそ五分、ドタバタとみっともない姿をさらしてもう一度、扉を開ける。
「ごめん! 待たせた! と、とりあえず上がって!」
「失礼たしますわ」
ニコニコと楽しそうな様子の乙女は内心で無防備な一朗の姿を見れたことを喜んでおり、普通なら幻滅するかもしれない所だがあまりにも、らしい格好と可愛げのある表情にカメラを構えておけばよかったとちょっとだけ後悔していた。
乙女の頭の中がお花畑であるなど、想定出来ない一朗は朝から意味がわからない展開に思考回路をショートさせつつも粗相のないようにと気を付けてリビングまで案内した。
向かい合って椅子に座り、まずは一朗から切り出した。
「今日はどうしてここに?」
「一朗様にお会いしたかったからですわ」
剛速球のストレートに一朗は言葉を詰まらせる。
「そ、そのどうして?」
「この間、『二人』でお話した時にお会いになって頂きたい人がいると言いましたでしょ? 良ければ今日はどうかと思いまして」
確かに、そんな話をしたような記憶があるような、無いような。一朗がぼんやりと思い出そうとしているところに間髪入れずに乙女が続ける。
「他の方とお約束がありますなら、別の日に致しますが……」
特に用は無く、なんなら二度寝するつもりだった一朗は少しだけ迷ったが、今ここで誤魔化しても何れは連れて行かれると考えた。
「特に予定も無いし、構わないよ」
「それはよかったですわ。では、早速ですが参りましょうか」
「ちょっと待って。もう少し身だしなみ整えてからでも良いかな?」
あまりにも急で何一つ出かける用意をしていなかった一朗は待ったの声をかける。
「準備が出来るまで、外でお待ちしておりますわ」
善は急げといわんばかりにそそくさと立ち上がり背を向ける乙女に一朗が問いかける。
「ところでその、会わせたい人って言うのは?」
一朗の問いかけに立ち止まって乙女は振り向いて答える。
その表情は間違いなく可憐にして美しい、まさしく薔薇のような微笑であったが同時に、獲物を狙う大蛇のような強かさをも感じた。
「わたしの両親ですわ」
そういい残して乙女はリビングを後にした。
「……は?」
残された一朗は言葉の意味を理解できないまま立ち尽くすしかなかった。