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第三話 休日は好奇心に潰される

一朗に連れられて先ほどの店の前にリリアは戻っていた。


「やっ、やっぱり……」


リリアが一朗の袖を掴み首を横に振る。


「良いけど、次は一緒に来ないよ?」


それは厳しい言葉で、今なら酸っぱい葡萄に手が届くかもしれない、けどこれが最初で最後かも知れないと楔が打ち込まれる。


「っ……!」


「大丈夫だって、ペンティアさんなら似合うよ」


根拠の無い言葉だったが、初めて誰かに自らの欲しいものが、手に入らないと思っていた輝きが似合うと認められた気がしてリリアは握り締めた袖から手を離す。


「駄目だったら、一生怨むから」


「こ、怖いな……」


流石に神樹族の巫女の家系に怨むといわれたら冷や汗が背筋を伝うのも無理は無い。


しかし、ここまで来て尻尾を巻いて逃げ出すのも違うだろうと一朗は腹を括る。


「じゃあ、行こう」


一朗が先を進み店に入ると休みの日と言うこともあり、それなりの客足で中々に繁盛していた。


それになによりも、予想通り誰もがフリルが盛られた桃色の服や普段目にしないような柄のタイツ、マリーアントワネットしかつけてるのを見たこと無いような大きな帽子のようなものと一朗の把握できる語彙ではカバーしきれないような衣装を着た可愛らしい女の子だらけで空気感に押しつぶされそうになっていた。


「大丈夫。大丈夫。取って食われたりしない、取って食われたりしない」


自らを落ち着かせるようにそう呟いて一朗はリリアと共に奥へと入って行き店員に声をかける。


「あのっ、すみません」


声をかけたのは大きな黒いリボンのついたカチューシャが目立つ、水色と白を基調としたリボンとフリルがあしらわれた衣装を着こなす可愛らしい店員。


「はい、どうされました?」


にこやかな笑みに一朗は確かにこれは可愛いとときめきを覚えてちらりとリリアのほうを見ると両手で口元を隠して目を輝かせていた。


「彼女に似合うタイプの衣装を相談したいというか、一緒に考えてもらいたいなと」


少し遠慮がちに照れくさそうに言う一朗を見て店員は二回ほど瞬きをして盛大に勘違いした。


「まぁ! まぁまぁ!」


瞳の奥が輝くというのはこう言うことなのだろうと一朗は思い知らされることになった。


「身長は少し高いですけれど大丈夫、お顔もとっっっても素敵ですから任せてくださいっ!」


爛々とした瞳で二人を交互に見る店員に一朗は絶対に何か間違っていると思ったが水を差してモチベーションを落とすことも無いだろうとぐっと言葉を飲み込んだ。


「ささっ、こちらへ」


リリアの手を引いて店員が鏡の前に誘導してそこから、一朗からすれば地獄のような時間が始まった。


今日一日でロリータファッションに対する知識が無理やり押し込められていくことになったからだ。


時間にしておよそ五時間、店員は気がつけば店長を呼び、周りの客も何だ何だと野次馬をして気がつけばあれこれと口を出し始めてしまいリリアを中心としたちょっとしたファッションショーのようになっていた。


ついでに、一朗が彼氏だと思われているらしく逐一感想を求められ、適当に答えたら殺される。そんな雰囲気を感じ取り数少ない語彙をひねり出して答え続けた。


そして、最終的にはいわゆる王道系のクラシカルコーデにまとまり試着室からリリアはそれを身に纏い現れた。


「そ、その。に、似合うかな?」


どこか恥ずかしそうでもありながら、嬉しそうにそう言う姿に野次馬達は歓喜の声を上げて一朗を前に押し出す。


ミディアムボブのシルクのように滑らかな白い髪には大きな赤いリボン、唇も同じく艶やかな赤いリップを塗り、アイシャドーで瞳を強調して橙色の瞳がいつもより輝いているように見えた。


本人のコンプレックスであったモデル体型の高身長でも完璧に着こなしているのは白と赤を基調にしたクラシカルなワンピース。


肩から胸元にかけて白い生地にその縁を彩るのはハート柄のフリル、袖は肘の上までで白くて細い腕は露出して桃色のネイルがほんのり輝いていた。


スカートの丈は膝下、底からはうっすらとチェックの柄の入ったタイツが覗いており、足元は真紅のシューズ。


素人目から見ても完璧なロリータファッションであり、いつもの雰囲気とは違う愛らしさがあふれ出ていた。


「うん。すごく、可愛いよ。いや、ほんと。というかその。いやごめん言葉が見つからないくらい可愛いって。いやこれ褒められてないかもっ!」


唖然とした様子で言葉を紡ぐ一朗を見て周りの野次馬達は何故か嬉しそうな顔をしたり今にも昇天しそうな安らかな顔をしていたりまちまち。


「そうか? そうか……」


嬉しそうに頬を押さえて背を向けるリリアに周りからは黄色い歓声が上がり、リリアは試着室のほうを向いているから自らの姿が鏡に映っていて、何どもまじまじと見てえへっと嬉しそうな顔をしている。


それを見て一朗はなんにせよ来てよかったと内心ほっとしていた。


この後、一朗は服の値段を聞いて驚愕してしまいこれはまずいと慌てて姫々に連絡してこの間の件での還元をしてもらうとしたがリリアが自ら一括で購入してしまった。


「ありがとうございましたー!」


めちゃくちゃつやつやした言い笑顔で店員に送り出されて、ロリータファッションから着替えて私服に戻ったリリアを見る。


「その、ごめん。まさかこんなに高いとは思ってなかったから。全額は流石に厳しいけど半額くらいなら」


そういいかけた一朗をリリアは首を振って否定する。


「いいの。これはわたしの為のものだから。初めての好きの一歩は自分で進みたいもの」


真っ直ぐ自信を持った瞳には弱弱しさは無かった。


その様子から自らを縛っていた好きへの思いの鎖から解き放たれたようだと一朗は肩を撫で下ろす。


「わかった」


ただでさえ、踏み込めなかった好きへの一歩を踏み出させてくれたのにこれ以上迷惑をかけたくない。その思いに加えてリリアは今日だけで終わらせたくなかったから、まだ口実が欲しいのだ。


「そうだ。よかったら連絡先交換しない?」


「えっ? いいの?」


「もちろん。だってまた一緒に行かないとね」


店長が別れ際に次も二人で来るようにと口添えされて、その時は今回の割引分を買ってねと言われていた。


「うーっ。それはそうかも、だけど」


「なら、いいじゃない。ほら」


そういうことで一朗はリリア・ペンティアの連絡先を手に入れた。


「とりあえず、今日から少なくてもお友達ってことでいいかしら」


「まぁ、異論は無いよ」


「よろしい。ならこれからはリリアって呼んでね」


「ずいぶん距離感が近いけど。いいよ。じゃあ俺は」


「一朗くん。でいいかしら」


「オッケー、好きにしてくれ」


そうして、二人は他愛も無い話を幾つかして分かれて寮に戻ることにした。


「つ、疲れた。けど、可愛かったな」


さっきのリリアの姿を思い出して一朗は思わず笑みが零れる。


そして、重要なことを忘れているのだが気がついたのは寮に戻ってからだった。


「うわぁっ! タブロイド買ってねぇ! それに映画も見そびれてるしっ!」


他人にお節介したせいで自分の目的は何一つ達することができていなかった一朗の悲痛な悲鳴が自室に響いたのであった。


第三話

休日は好奇心に潰される

End


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