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第三話 休日は好奇心に潰される

所変わって大通りから少し外れた、人気の少ないカフェで二人は向かい合って座っている。


一朗は一番安い珈琲を頼んで、それが運ばれてくるまで二人共に黙ったままであった。


春先でまだ少し風が肌寒い頃もあり、ホット珈琲が湯気を立ち上らせ同時に香りも伝わってくる。


これからどんな魔女裁判が開始されるのだろうかと一朗は肝を冷やしながら珈琲に口をつけて喉を通る熱が全身を暖めるが依然肝は冷たい。


「大人しくついて来たってことは素直に答える気があると考えるから聞くけど、どうしてあそこに?」


猛禽類のように鋭い視線がチクチクと差し込まれるが好奇心から尾行したとは口が裂けても言えない。


しかし、あまりにも間を置くと怪しまれるから一朗はそもそものあそこに留まった原因を口にした。


「せっかくの長期休暇だからこの町を散歩しようと思って、色々歩いて居たらあの店のショーウィンドウにロストレガシー時代のタブロイド紙が飾ってあったから惹かれて買おうかどうか悩んでたんだ」


ギリギリのラインで嘘をついていないと自分に言い訳する一朗が腹の中では罪悪感が渦巻いている。


「……。」


じっと見つめるリリアは深く息を吐いて珈琲を一口飲んで肩を落とし、それを見た一朗は誤魔化せたかと内心安堵した。


「そう……。なら、なんで逃げ出したのかしら?」


駄目そうだった。


いや、まだ諦めるには早いと一朗はあくまでも真実を語る。


「それは、ほら。女の子が好きそうな可愛い店の前に居るところを見られたらパニックになってさ」


あははっと笑って誤魔化そうとする。


「……」


実は一朗が気付く少し前からリリアは店の外の人影には気付いており、熱心にショーウィンドウのマネキンの足元を見つめているのも知っていた。


それが同級生だとは思っていなかったが。


だから、タブロイド紙が目当てであったであろう事が嘘ではないことは理解していた。


逃げ出したことも比較的に理解できる理由で納得するに足るであろうとも頷ける。


ならば、この空気感でリリアが考えていたことは、よりにもよって今日に散歩してるクラスメイトとエンカウントすることは無いだろうと心の中で頭を抱えていた。


本来なら完璧な変装で誰一人知り合いに合う事無く秘密の趣味であるロリータファッションショップめぐりが出来ていたはずなのに、とリリアは怨み節を胸の内で零す。


それはともかくとして、自分主導で引きとめてしまったことも後悔しているところであり、無視するのは難しいにしてももう少し別のやり方があったのではないか、色々と苦悩してるが表には出さず、物静かで落ち着いた様子に見えてメンタルはプチパニック状態。


対して一朗はそんなことを知る余地も無く遠くから聞こえる喧騒だけが支配する静寂の中で合否を祈る学生のような心持でテーブルの下で手を合わせて誤魔化せていることを願っていた。


それからさらに数分、言葉の無い時を刻み耐え切れなくなった一朗が心の隅に置いていた疑問を口にしてしまう。


「その、ペンティアさんはさっきの店で買い物?」


「んッ!?」


予想外の切り込んだ発言に咳き込んでしまった。


「ちょっ! 大丈夫?」


慌てて一朗は立ち上がり背中を擦る。


「えっ、えぇ。大丈夫よ」


ありがとうと言う代わりに手でこれ以上気遣い無用とジェスチャーして喉の調子を整え、ちり紙で口元を拭く。


「そうね。まぁ、買い物かしらね……」


歯切れの悪い答えに一朗は何か間違ったのだろうかと次の会話に悩んでしまい、その様子をちらりとリリアは視線だけを向けて確認する。


うぅぅ……。と内心困ったようにリリアは唸ってしまう。


自分の容姿と性格、と言うよりもキャラクター性と言うべきか雰囲気と言うほうが正しいだろう。それをよく理解しておりはっきり言って可愛い物とは無縁と言うような外見であり、実際に外ではそのようなものは微塵も身につけていない。


リリア・ペンティアと言う少女は可愛いもの、ことロリータ系ファッションについてはある種の信仰心を持っているといっても過言ではなく、自分のようなクールな容姿をした者は似合わないし着ることは叶わないと強迫観念とも言える思想をしており、可愛い服を見ることが大好きで、自分にはないモノに憧れているのだ


だからこそ、他者も同様に同じ思想であると本気で思いこんでいる。


故に、一朗の台詞は「なんでお前のような奴があそこに居たんだ」と攻め立てているように聞こえていた。


もう、あのお店には二度と近づかないようにしよう。


そうリリアは思い一朗に解散しようと口にしかけたがそれより先に切り出したのは一朗だった。


「一つ、お願い聞いてもらってもいいかな?」


考えても見なかった言葉にリリアは目を丸くしてしまう。


今度はテーブルの上で手を合わせて一朗は頭を下げる。


「さっきの店一緒に行って欲しいんだけど、駄目かな?」


「は?」


全く持って意味が理解できないどころか、その発想すら脳の片隅に無くリリアは停止する。


「いや、ほら、さっきも言ったんだけど。タブロイドが欲しくてさ。でも、男一人でああいう店に入るのは結構勇気が居るって言うかさ。だから、ペンティアさんとなら大丈夫かなって」


「いや、いやいや。何故わたしなら大丈夫なのだ」


「だって、好きなんでしょ? 可愛い服と言うかフリルのついたお姫様みたいな服、ロリータファッションだっけ」


「そ、それはそっ。そそそ。そ……っ! そうだが……」


語尾が弱弱しくなっていくが自らの好きを否定しなかったから一朗はならともう一度頼んでみる。


「でしょ? じゃあ、お願いっ!」


頼み込む一朗を見てリリアは言葉を詰らせながら自らの思想の一端を吐露してしまう。


「だ、だか、わたしのような女があの様な空間にはそぐわないだろう。貴方だってそう思ってるでしょ」


「いや、別に? というか俺一人で行くほうがやばいって。ペンティアさんとなら付き添いって感じでいけると思うけど」


そういうとリリアはテーブルを両手で叩き立ち上がって言葉を吐き捨てる。


「いけるわけ無いだろっ! わたしには可愛い服は似合わないってわかるだろ! そうやって口ではなにを言っても心の中でわたしには似合わないと笑っているのだろう!」


急に怒りを露にしたリリアに一朗は意味がわからず硬直してしまったがとりあえず座ってと催促するとリリアも周りの様子を察したのか身を縮めて椅子に座った。


「わ、わるかった。でも、わたしの容姿を見ればわかるだろ。わたしではあのような可愛い服は似合わないんだ。だから、あまりからかわないでくれ」


もはや泣き出しそうな雰囲気に一朗はとりあえず今聞いた話を統括して言葉を考える。


「その、正直に言うとわからないが答えかな? だって、ペンティアさんがそう言う服着てる姿見たことないし」


「見なくてもっ」


その言葉を遮って一朗は続ける。


「でも、やってみないとわからないでしょ。そもそもそう言う服関係って似たような悩み持ってる人も多いし店の人に聞けば良いアイデアあるかもしれないしさ」


「で、でも……」


信仰心、強迫観念の根幹は恐怖と否定。


自分には手が届かないと諦めていれば傷つくことは無い。リリアにとってそれは憧れであるからこそ、酸っぱい葡萄なのだ。


「駄目なら俺も考えるよ。一人で駄目なら二人でさ。そうだ、全部駄目なら姫々に聞けば何とかなるって」


朗らかな笑みを浮かべる一朗に対して、リリアは沈んだ顔で俯く。


「……どうして、なんで貴方はお節介なこと」


「えっ?」


そう問われて一朗は少しだけ考えるが明確な答えが出なかった。


「なんでだろ。あー、でも自分の好きなことは貫き通しても良いって言うかそうすべきみたいな心持があるからかな?」


「なによそれ」


「親父から教わったというか教えられたというか。ともかく俺のことは別にいいだろ? 行こうよ。好きなものを好きだって言うためにさ」


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