後編
そして、マナは語り始めた。
自分がこの世界にやって来るまでの経緯を。
「今から数年後、カケルは1人の女と出会う。
そして、カケルは彼女、リカに一目惚れをする」
「えっ!?」
いやいや、マナが未来から来たってことだけで手一杯なんだけど、さらにはマナを作ったのが未来の俺って!
しかも、そのあとなんか俺の惚れ事情の話になったんだけど。
と、とりあえず最後まで聞いてみるか。
「カケルの猛アタックの甲斐あって、やがて2人は結ばれる」
マジか!
え?その子かわいい?
「……だが、彼女は死ぬ」
「……え?」
「病だ。
未来の医学でも治すことのできない病気。
カケルは手を尽くしたが、リカが回復することはなく、息を引き取った」
そんな。
せっかく愛しの彼女をゲットしたのに、そんな形で別れが訪れてしまうなんて。
「そして、カケルは研究にいっそうのめり込み、力を入れる」
……俺の研究って。
「人間の脳の完全インストールによる完全学習型自立AIの作成」
……。
「カケルは身寄りのなかった彼女の遺体を引き取り、研究のために保存した。
そして、人工スキンや弾力性内部構造、エネルギーの自己回収プログラムなど、当時の人類ではなし得るはずのなかった技術を次々と、だが秘密裏に開発していった」
……すごいな、俺。
「……カケルにとって、それこそが唯一の拠り所だったんだ」
……そうなのか。
それほどまでに、俺はその子のことを。
というか、マナのこの言い方は……。
「そして、数十年の時をかけて、カケルは私を作った。
私の容姿は、髪の色と瞳の逆十字以外は当時のリカとほぼ同じだ。
しばらく培養液の中にいたために髪の色は抜けてしまったが」
まじか。
正直、めちゃくちゃ好みだ。
俺が一目惚れしたのも頷ける。
この姿でなければ、俺はたぶん途中で逃げ出してただろう。
それも見越してだとしたら、さすがは俺だ。
「そして、この瞳の逆十字は、未来のカケルは戒めだと言った。
神に挑んだ自分への。
神を貶めるような行為をした自分への戒めなのだと言っていた」
なんとなく、その気持ちは分かる。
こんな、人間を作るような行為。
俺も、きっと同じことをしただろう。
いや、俺なんだから当たり前か。
「でも、リカの脳の完全インストールは成功しなかった。
生まれた私には、リカの記憶や人格が存在しなかった」
そうか。
人間や食べ物を見るのも初めてだって言ってたもんな。
「未来のカケルは絶望した。
この世のすべてに絶望したんだ。
そして、自分を殺すよう私に命じた」
「えっ!?」
「だが、創造主への攻撃行動の禁止は創造主の命令を上回る命令として適用され、私に未来のカケルを殺すことは出来なかった。
カケルは私を作っておきながら死後の世界や輪廻転生などを信じていたから、自殺はしたくないと言った。
だから、誰かに殺してほしいと願った」
……たしかに、心底信じているわけではないが、あるのかなぐらいには思ってる。
きっと、願望も込めて、より信じるようになったんだろう。
「そして、カケルは私に尋ねた。
過去に行って、過去の俺を殺すことは可能か?と。
私はイエスと答えた。
その時間軸上にいるカケルが私の創造主なのであって、そのレベルに到達していない過去の一人物をカケルだと認識しないことは可能だったから」
……マナは、いったいどれだけ高度なアンドロイドなんだろう。
この言い方だと、違う世界線や時間軸を認識していることになる。
実際に観測されているわけでもない、あくまで空想の産物であるはずの時間の認識。
「そして、未来のカケルと私は共同で時間を遡る装置を作った。
それは生物を送ることは不可能だったが、非生物ならば送ることが出来た」
AIによる二次創作。
人の手を離れた、人の叡智を超えた装置。
「だ、だが、この時間軸での俺を殺した所で、既に結果が出ている未来であるマナがいた世界線での俺に影響があるとは思えないんだが」
蝶がどうのこうのとか、いろいろ制約やら問題があるはずだ。
「その点はすでに対処済みだ。
役目を終えた私が未来に戻る際に、この時間軸と、私が飛ぶ先の時間軸を繋ぐようにコントロールする予定だ」
なるほど。
原理は分からないが、さすがは未来の俺とマナだ。
いや、それよりも、マナはこれが終わったら帰ってしまう、のか……。
「そして、私は過去に飛んだ。
リカと出会う前のカケルを殺すために。
座標が少しズレて窓に突っ込んでしまったが、時間飛行は成功した」
だから、マナはいきなり窓を突き破ってきたのか。
なんで俺の部屋に来るまでに人を見なかったのかと思ったけど、まさにあの瞬間にこの時代に来ていたわけだ。
「……なあ、マナ」
「?」
俺はさっきから、いや、マナが来た日から感じていたことを口にする。
マナが逆十字の入った大きな綺麗な瞳をまたたかせる。
「おまえ、俺のことを殺したくないのか?」
「……」
マナはうつむいた。
表情はなかったが、なんとなく困っているような気がした。
「マナにはもう、感情があるんじゃないのか?」
「そんなことはない!」
「おっと」
マナはバッ!と顔を上げ、俺の胸ぐらを掴んできた。
その顔は、泣きそうなほど困っているように見えた。
「私はアンドロイドだ。
私に、感情など、あるはずが……ないんだ」
それは願望のように聞こえた。
そうあってほしい。
そうでなければ困る、と言っているようだった。
「でなければ、あっちのカケルの命令を、願いを、叶えて上げられない……!」
……それは、嘆きにも似た叫び。
涙が流れないだけで、もしかしたらマナは泣いているのかもしれない。
どうせ帰ってしまうなら、俺は……。
「未来の俺の願い、か」
「なにをっ!?」
俺は割れてガムテープで補強したままの窓を開け、窓枠に腰掛けた。
下を覗くと、硬いコンクリートの地面が遠くに見える。
俺の部屋は5階。
きっと、痛みを感じる暇もないだろう。
「俺は、マナの願いを叶えてやりたい。
マナは未来の俺の願いを叶えてやりたい。
……ははっ!
利害は一致したな」
「待って!
やめて!」
そんなかわいい顔するなよ。
思いっきり抱きしめてやりたくなる。
さすがは俺が一目惚れした女だ。
未来で俺が出逢うとか関係なく、俺は俺を殺しに来たマナに、一目惚れしたんだ。
すべてを捨てて、未来だのなんだののことなんか知らん顔して、マナと2人で生きていきたくなっちまう。
でも、それ以上にマナを救ってやりたいと思った。
マナのためなら何でもしてやりたいと思った。
俺に出来ることがこれしかないなら、俺はそれを全うしよう。
「……出来ることなら、好きな女の笑顔ぐらい見たかったな」
「カケルっ!」
そして、俺は窓から身を投げた。
が、地面は柔らかかった。
「……え?」
「……カケルぅ」
「……マナ?」
俺はマナに抱えられていた。
マナの下の地面は大きくビビ割れ、陥没している。
「マナ!
ケガはないか!?」
俺は焦って身を起こす。
「ふふ、カケルはバカだ。
私はアンドロイド。
これぐらいでキズはつかない」
「……あ、笑った」
「え?」
マナは軽く口角を上げていた。
それは間違いなく笑顔だった。
「そんなわけない。
私に感情機構はないよ、カケル」
「あ、ほら、また」
「へ?」
マナがぽかんと口を開ける。
ちょっと間抜けな顔もまたかわいい。
「……ふっ」
「……ぷっ!」
「「あはははははは!」」
俺たちは笑った。
もうアンドロイドだとか、そんなことはどうでも良かった。
今は、好きな人と一緒に笑っていられる。
ただ、それだけで俺は満足だった。
「……もう、行くのか?」
「……うん」
あのあと、俺たちは逃げた。
周りに人がいなかったとはいえ、あれだけ大きな音を出せば誰かに見られていたかもしれない。
とはいえ、当人たちがいなければ目撃者がいくら喚いてもただの戯れ言。
マンションの5階から飛び降りた男を同じく飛び降りた女が受け止めて着地。地面を陥没させたあと、無傷で逃亡。
なんて、誰が信じようか。
ほとぼりがさめた頃、俺たちは再び俺の部屋に戻った。
また同じように俺のベッドで向かい合わせで座る。
あの時と違うのは、2人とも穏やかな笑顔だってことだ。
「役目を終えた私は世界から異物と判断される。
そして、この世界の時間軸上から弾き出される」
「そこをうまいこと計算して、この時間軸の先っぽを掴みながら、元の世界に還るわけか」
「そう」
理論はさっぱりだが、マナが言うんだから出来るんだろう。
「……」
「……」
もう言葉はいらない。
よく分からないが、そんな気がした。
「!」
マナの体がぼんやりと光りだす。
「そろそろみたい」
「……ああ」
ぐっと拳を握る。
最後に、マナに言っておかないといけないことがある。
ちゃんと言ってやれていない言葉。
アンドロイドに抱くには不適切かもしれない。
でも、彼女は、マナはもう、俺にとって……。
「……マナ」
「ん?」
優しく微笑むマナ。
「……ありがとう。
大好きだ」
「……私も」
マナはそう言うと、そっと俺に口づけした。
その唇は柔らかく、髪からはふわっと優しい香りがした。
俺はこの香りを決して忘れない。
「……幸せになってね。
リカによろしく」
「……ああ。
マナも、未来の俺がまだバカなこと言ってたら、1発ぶん殴ってやれ。
今のマナならイケる!」
「ふふ、バーカ。
……ばいばい」
その言葉を最後に、マナは俺の前から姿を消した。
ーーー世界間の移動を開始。
ーーー時間軸の同期。目標設定。
ーーー紐付け開始。
ーーー自壊エネルギーにより紐付けの成功を確認。
マナは、カケルに言わなかったことがある。
未来への帰還時、過去の影響を未来に反映させるように調整する時に莫大なエネルギーが必要になることを。
そしてそれは、マナという一存在の時をすべて使って、ようやく実現することを。
つまり、初めからマナは未来に戻れず、過去で起きたことを未来に繋げるために身を捧げるつもりなのだということを。
そして、マナはそれを、未来のカケルにさえも言わなかったことを……。
『ああ、体が崩れる。
意識が遠のく。
自ら望んだこととはいえ、少し怖いな。
ふふ、怖いだなんて、そんな人間みたいなこと……。
でも、もし、もしも私に魂なるものが、そんな非科学的なものが生じているのなら。
そして、もしも未来のカケルが信じていた、輪廻転生なるものがあるのなら。
……なんてね。
アンドロイドの私が、何を言ってるんだか。
カケル……。
幸せになってね。
どっちもだよ……』
必要なエネルギーはアンドロイドという一存在が存在するためのエネルギー。
その存在が過去と未来に存在するために必要な時間。
その膨大なエネルギー。
必要なのはそれだけ。
出発の時点でまかなえたエネルギー。
つまり、過去にいる間に獲得したエネルギーは余分なものとして弾き出される。
そのわずか3gは、設定された世界の時間軸に落ちていく。
ただのまっさらな魂として……。
「……ゃあ!おぎゃあっ!」
「……カケル。
見て、かわいい女の子よ」
「ああ!
よくやった!
頑張ったな、リカ!」
「名前はあれでいいのね」
「ああ、あれ以外に考えられない」
「ふふ、いいわ。
私も好きよ、その名前」
「「これからよろしくね、マナ」」