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前編

 窓ガラスの割れる音。




 鮮烈に。



 強烈に。



 俺の退屈な日常はぶち壊される。





 ある日突然、彼女は俺に襲い掛かってきた。








 窓ガラスを盛大に突き破って、俺の家に無作法に侵入してきた彼女は自分をアンドロイドだと言った。

 あらかじめ言っておくが、この時代にこんなアンドロイドはいない。

 こんな、どう見ても女の子にしか見えないロボットなんて。


 飛び掛かられた俺はベッドに倒れ、彼女はそんな俺に馬乗りになって、俺の胸の中心に鋭利に伸ばした人差し指を向ける。

 俺はその細い腕をつかみながら、女性ならガイノイドだろうという、今はどうでもいい考えを振り払い腕に力を込める。

 女性とは思えない力だが、こちらも目一杯力を込めれば抗えないことはなかった。

 成人男性程度の力だろうか。


 目の前のどう見ても普通の女性にしか見えないアンドロイドを見つめる。

 腰の上ほどの長さの白い髪。

 キューティクルがあるとしか思えないほどにさらさらでツヤツヤだ。

 腕や足の接合部、関節部分もとても自然だ。

 駆動音なんて当然しない。

 胸部もふんわりとした柔らかさを表現しているようで、女性的な肉感に思わず手にこめる力を抜きそうになる。

 大きな黒い瞳に逆十字が浮かんでいることで、かろうじて人間ではないんだと分かる。


 長い睫毛にかかる前髪がさらりと流れる。

 それが俺のおでこに触れそうになる距離まで顔が近付く。


 落ち着け、俺。


 キレイに整った彼女の顔にどきりとしている場合ではない。

 まずはこの状況をどうにかしなければ。


 ギリギリと、伸ばした指を俺の心臓に突き刺そうとする無表情の彼女。


 登場してすぐに自分はアンドロイドだと言ったが、言葉は通じるのだろうか。


「な、なんで、俺を殺そうとする」


 俺はわずかな期待を込めて彼女に話し掛けてみた。


「……」


 ダメか?


「……あなたを抹殺する。

それが私が受けた指令」


 答えた!

 だが、誰かから命じられただと!?

 そんな恨みを買うようなことをした覚えはまったくないぞ!


「い、いったい誰に?

まったく覚えがない!」


 俺は必死に訴えるが、彼女がその美しい顔を崩すことはない。


「……私にその問いに答える義務はない」


 くっ。


 彼女が指に込める力が強くなる。

 いや、俺が疲れてきたのか?


 このままではマズい。

 彼女はアンドロイドだ。

 人間の俺と違ってその力が衰えることがない。


 このままではいずれ俺が力尽きてやられる!

 なんとか、なんとかしなければ!


「ほ、ほんとに俺か!?

本当にターゲットは俺なのか!」


「間違いない。

声紋、指紋、心音。

それらすべてが、おまえが私のターゲットだと証明している」


 くそっ!即答か!

 なにか、なにか彼女に躊躇させる要素はないのか!

 

 ……ダメだ、なにも浮かばない!


 こうなったら、情に訴えかけてみるか!


「あんたが俺を、人を殺したら、あんたの製作者が悲しむぞ!」



 ピクッ。



 ん?


 彼女の力が少し弱まった気がする。

 気のせいか。

 無表情の中にも逡巡するような感じが……。


「あんたに命じたのは、あんたの製作者なのか?」


「……そうだ」


「そいつは、あんたに人殺しをしてほしいと望むようなやつなのか!」


「……そんなはずは……いや、でも、私にそれを命じたのは、彼だ……」


 おお。

 迷ってる。

 完全自立AIであるはずの彼女が迷うなどという行為をするなんて!

 って、いかんいかん。

 今は工学部の血を騒がせている場合じゃない。


「なら、少し待つんだ!

あんたの製作者の真意を、俺が探ってやる!」


「!」


 ……どうだ?


「……本当か?」


 きた!


「本当だ!

俺はこれでも大学始まって以来の奇才であり、問題児と言われた男!

必ずやあんたの疑問を解消してやろう!」


「……それは、おまえは褒められていないのではないのか?」


 うっさい!

 今はどうでもいいだろ!


「と、とりあえず、この物騒なのを引っ込めてくれないか?」


「む。

……仕方あるまい」


 彼女はようやく俺の胸に突き付けていた刃のような人差し指を引っ込めた。

 自由に伸縮できるわけか。

 素材はなんだろうか。


「あ、あと、その、俺の上から、どいてくれないか?」


 危機を無事に脱したと思ったら、こんな美少女が俺の上に馬乗りになっている事実が恥ずかしくなってきた。

 何より、彼女は柔らかいのだ。

 俺の下腹部にのっかる彼女のやんごとなき部分が十分すぎる柔らかさを俺に提供していて、俺のやんごとなき部分がやんごとなきことになろうとしている。


「む。

そうか。

重たかったな。

これでいいな」


「あ、ああ。

助かった」


 彼女がすっと腰を上げて、俺はほっとする反面、少し残念な気持ちになる。

 彼女が俺の上から降りる時に高校の制服のような服を着た彼女の、丈の短いスカートの中身が少し見えたのは俺の生涯の秘密だ。


「それで?

いつまで待てばいいのだ?」


「え?」


「おまえは私の製作者の真意を探ると言った。

そのために少し待てと。

私はいったいどれだけ待てばいい。

正確な必要時間数を述べよ」


「あ、ええっと」


 ヤバ。

 このあとの展開をまったく考えてなかった。

 今さら口から出任せを言ったなんて言えば、俺はすぐさま穴だらけにされるだろう。


 考えろ!

 考えろ俺!

 俺の灰色の脳みそをフル回転させるんだ!


「おい。

質問には正確に、かつ迅速に答えろ」


 ……なにも出てこん。


「……貴様、私を謀ったのか?」


 なんでしゃべり方が武士なんだ?

 どんな設定組んだんだよ製作者。


「……おい」


「わっ!

まてっ!

指シャキンってするな!

わかった!

答えるよ!」


 すぐ殺そうとするな、こいつ!

 もう適当に答えちまうか。

 なるようになれだ!


「さ、3ヶ月!

3ヶ月くれれば、明確な答えを明示すると約束しよう!」


 どうだ!


「……」


 ダメっすか?


「……思ったより早いな。

いいだろう。

3ヶ月を貴様の命の猶予期間としてやろう」


 しまったぁ~~~~!!

 もっと盛っておくべきだったのか!

 というか、命の猶予期間とかやめてくれ!

 怖すぎる!


「それで?」


「ん?」


「貴様が私の製作者の真意を探っている間、私はなにをしていたらいい?

貴様を殺すことと、そのあとのことしか命じられていない私は現時点での行動指針が存在しない。

そのため、貴様の行動をサポートすることが目的遂行への最短ルートだという結果が出た。

だから、なにか指示があれば従おう。

私に命令をよこせ」


 ……こいつ、じつはけっこうバカなのか?

 いや、AIにバカとか、俺の方がアホか?

 いやでも、さっきまで命を狙っていた相手に命令を要請するとか、なに考えてんだ?

 もしくは高度な考えすぎて俺に理解できていないだけか?

 それかもしや、わざと拙い思考回路を設定して、学習することで成長するように仕向けているとか?


「おい」


「あ!すいません!」


 思わず謝ってしまった。

 どうにも、彼女の高圧的な態度に苦手意識があるな。

 根暗な科学オタクな俺にはこんな強気な女は正直しんどいんだが。


「……ひとつ聞いてもいいか?」


「なんだ」


「あんた、何歳だ?

あ、いや、作られてからどれぐらい経ってる?」


「私が私だと認識してから6ヶ月ほどが経過している」


「ろっ!」


 つまり生後6ヶ月!?

 ベイビーじゃん!


 いやいや、まてまて。

 彼女はアンドロイドだ。

 美少女JKな見た目に惑わされているだけで、彼女の思考回路は超超高度AIなのだろう。

 現代の技術では到底想像もつかないが、こんな、まるで本物の人間みたいな彼女を作り上げた人物がどこかにいるのだ。


 そして、その人物はなぜか俺を抹殺しようとしている。


 いったい、どこの誰が……。



「なぁ。

あんたの製作者って……」


 そう言いかけたところで、俺の腹の虫が鳴った。

 そういや、昼メシこれからだったな。

 今日は大学も休みで朝メシ食ってなかったし、腹へったな。


「……あんた、メシは食うのか?」


 アンドロイドなんだし、食べれないか。


「食べる必要はないが、食べることはできる」


「マジか!」


「それに味覚も備わっているし、食べたものはエネルギーに変換され、エネルギーの自己回収プログラムに合流する。

だから余剰エネルギーを発生させないために満腹にもなる」


 それはすごい!

 どこまでを食べ物として認識して摂取できるのかとか、有害なものはあるのかとか、いろいろ聞きたいことはあるが、とりあえず腹ごしらえにするか。


「あ、でも、食べる必要ないなら食べなくてもいいのか」


 べつに無理に食う必要はないもんな。


「うおっ!」


 そう言ったら、彼女は突然俺の胸ぐらを掴んできた。


「食べる必要はない、が、興味はある。

べつに食べなくてもいいんだが、食べるという行為を試したことがないため、試行してみることを推奨する」


「わ、わかった!

わかったから離してくれ!」


 顔が近い!

 それに胸を押し付けるな!

 ようやく収まってたんだから!

 というか、ようは食いたいんだろ。

 なんだよ。

 ちょっとかわいいじゃないかよ。


「やれやれ。

金ないからな。

牛丼でいいか?

あんた金持ってないだろ」


「牛丼!

資料で読んだことはある!」


 ……いや、スゲー目ぇキラキラさせんじゃん。

 めちゃくちゃかわいいんだけど。


「なら行くか。

女子高生の格好なのは気になるが、まあ妹ってことにしとくか」


 セーラー服とか、製作者の趣味を疑うぜ。

 グッジョブ!









「……人だ。

人が大量にいる」


 外に出ると、彼女はキョロキョロとあたりを見回しだした。


「あんた、いったいどこから来たんだ?

俺の部屋に突っ込むまでに人と会わないわけないだろ?」


 まあ、それ以前に俺の部屋はマンションの5階なんだが、その辺はアンドロイドだからだと思っておこう。

 てか、窓ガラスどうしよう。

 とりあえずガムテでなんとかしたけど、修理代払えるかな。


 俺は財布と通帳の中身を思い浮かべて、悲しいため息をついた。


「……どこから来たのかは言えない。

だが、私は作られてからずっと人に会わずにいた。

私の製作者以外で初めて会ったのが貴様だ」


「……そうなのか」


 言えないってのは困るな。

 やっぱり、製作者の真意を知る上で、いつかはその製作者とやらに会わないといけないと思うんだが。


 俺は初めて会ったのが俺だと言われて少しだけ嬉しい反面、製作者にもやもやした気持ちを抱いたことに気付かないフリをした。









「へい!

牛丼大盛り2丁お待ち!」


「きたきた!」


「……」


 そして、牛丼チェーンの店に着いて、牛丼を2人前頼んだ。

 アンドロイドと言えども女性だし、大盛りは少し多かったか?

 なんか、牛丼をガン見したまま動かないんだが。


 え?故障?


「……これが、これが牛丼。

夢にまで見た食べ物……」


 いや、アンドロイドなんだから寝ないだろ。

 て、そういうことじゃないか。


「いいのか!

これ、私が食べていいのか!」


「あ、ああ。

どうぞ、召し上がれ」


 かわいいな。

 いや、かわいいな。

 牛丼大盛りで目をキラキラ輝かせて喜ぶ美少女。

 くそう。

 アンドロイドでさえなければ。


「ほら、これが割り箸だ。

使い方わかるか?

味噌汁もあるぞ?

まずはそっちを先に飲んだらどうだ?」


 彼女は俺から割り箸を奪い取ると、意外にも手慣れた動きで割り箸を割り、両手を合わせた。


「いただきまふ」


「いただきます、な」


 ちゃんとしてるんだけど、なんかちょっとズレてんだよな。

 まあ、そこもかわいいが。


 彼女は味噌汁の椀を両手で持ち上げると、上品に口をつけ、ふーふーしてみせた。


 いや、猫舌かい!


 俺はそんなツッコミをかろうじて口に出さずに我慢した。


 ズズッズズッと、彼女のキレイな口元に味噌汁が流れ込む。


「……ふ~」


 そして、少しだけ上気した顔で息を吐く彼女。


「……顔、少し火照って見えるんだけど」


「……仕様だ」


 すんと元の無表情に戻る。


 あ、そうすか。


「……よし」


 そして、ついにと言わんばかりに牛丼に手を伸ばす。

 心なしか楽しそうに微笑んでいるような気がする。

 アンドロイドの表情が変わるわけないのに。

 いや、表情筋を表現できるスキンをつければいけるか?

 いやいや、それをシーンごとに適切に表現するだけでどれだけのリソースが必要だと思う?

 それだけのために限られた収納スペースに納められたCPUの計算領域を侵すのは得策じゃない。


「……ごちそうさまでした」


「えっ!?」


 俺がちょっと考え事をしていた間に彼女は牛丼大盛りを食べ終わっていた。


 いや、ほんの数秒の話だと思うんだが。


「……」


「……なんだよ、これは俺のだぞ!」


「……」


 俺の牛丼をじーーーっと見つめる彼女。


「……」


「……こっち見んなよ!」


 そして、牛丼と俺を交互にじーっと見つめる彼女。

 やめてくれ。

 心臓がもたん。


 はっ!

 もしや、こういう抹殺方法に変更したのか!


「……じゅるり」


 口で言うな。


「……すいません。

牛丼大盛りもう一杯」


 アホらし。

 

 俺は難しく考える自分がバカみたいに思えてきて、彼女に新しい牛丼を差し出した。

 彼女がそれに目を輝かせている間に俺も負けじと牛丼をかきこんだが、俺が半分ぐらい食べたあたりで彼女から熱い視線を感じ、俺は泣く泣く3杯目を頼んだ。

 結局、彼女の食べる姿を拝むことは出来なかった。









 それから、俺は彼女をいろんなところに連れていった。

 製作者の真意を探るためと言えば、彼女は文句も言わずについてきた。



「カケル!

ここはなんだ!」


「ここは大学。

俺が勉強するために通ってるとこ」


 名前を教えれば、彼女は俺を名前で呼ぶようになった。

 途中で会った友人連中が騒いだが、妹だと言うと今度はお兄様などと呼んできたので蹴り飛ばしておいた。

 もう工学部の課題を教えてやらんぞと言えば泣いて謝ってきたので許してやった。





「カケル!

ここは!?」


「ゲーセン。

よく来るんだよ」


「これ、全部機械なのか」


「機械?

まあ、そうだな」


「……私の、仲間だな」


「……」






「カケル!

ここは!?」


「水族館だ。

いろんな魚がいるだろ?」


「美味しそうだ!」


「やめろ!」






「カケル!

今度はなんだ!?」


「祭り。

マナ。

はぐれるなよ」


 彼女の名前を尋ねたらマナと名乗った。

 製作者がつけてくれたらしい。

 俺はその頃から、製作者のことをマナの親だと思うことにした。

 そうしたら、不思議と胸のもやもやはなくなった。


「すごい人だ!

カケル!

手を繋げ!」


「ええっ!?」


 俺の手をぎゅっと、力強く、でも優しく握るマナ。


「ほら、これではぐれない!」


「……そ、そうだな」


 俺も、マナの柔らかい手をそっと包む。


 その日に見た花火とマナの横顔を、俺は忘れることはないだろう。











 そして、あっという間に3ヶ月が経った。



「……」


「……」


 俺たちは再び俺の部屋にいた。


 ベッドの上で、向かい合わせで座る。


「……3ヶ月経ったぞ」


「……ああ」


 製作者の真意なんてまるで分かってない。

 そもそも途中から調べる気がなくなっていた。


 それよりも、マナと少しでもいろんな所に行きたい。

 いろんなものを見たい。

 いろんなものを食べたい。

 

 そんな思いが強くなって、マナとの時間を楽しんでいた。

 そして、気付いた時には、この時を迎えていた。


「……それで、私の製作者の真意とやらは分かったか?」


 マナは最初に出会った時のように、冷たい氷のような表情だった。

 まるで、今までの3ヶ月間が夢幻(ゆめまぼろし)だったのだと言われているようで、刺されてもいないのに、俺の胸は何かに突き刺されたかのように傷んだ。


「……すまない。

分からなかった」


 俺は正直に答えた。

 命が惜しくなくなったわけではない。

 ただ、マナにならいいかな、なんて思ったりもしただけだ。


「……そうか」


「?」


 マナがうつむく。

 てっきりすぐにでも殺しに来るものと思っていたが。


「……」


「……」


 しばらく沈黙が続いたあと、マナがゆっくりと口を開いた。


「……私を作ったのは、未来のカケルだ」


「……はっ?」





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― 新着の感想 ―
[良い点]  牛丼うまいよね~  アンドロイドちゃん味覚も有んのね。  なーんか切なくなりそーだよね~。
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