何もできない無力さ
カルミアが近寄り、海斗の前に立った。
本来であれば目を逸らすのだが、このときばかりは違った。見慣れない顔立ちと同じ赤い瞳の美しさに奪われてしまった。目は釘付けで、離れない。異世界人でもあり、カルミア・スカーレットという存在を記憶に焼き付けた。きっと二度と見ることは無いだろうから。
「海斗……ありがとう」
彼女は深々と頭を下げた。腰を直角に折り、金色の髪は重力に従って垂れ下がる。まさに誠意がこもった清く正しいお辞儀だ。
「いや、えっと……」
照れくささから、左手で髪をかき、頬を赤く染める。
そこまでお礼を言われるようなことはしてないと考えたが、彼女の命を救ったのは確かだ。魔物を倒すことに成功して、彼女はこうして生きているからお礼を言われるに値するのだろう。
だが、一方的に言われる状況ではないだろう。
彼もまた助けられた人間だ。雷の攻撃をかわすことに成功したのも、触手の打撃から身を守ってくれたのも、カルミアがしてくれた。もしあのとき、彼女がそう行動していなかったら死んでいたかもしれないし、それなりの深いダメージを負っていることになっていただろう。そう思えば、感謝するべきなのは当てはまる。
「それは俺もだよ。ジークのおかげで助かった。ありがとう」
彼女ほどお辞儀はしなかったが、軽く会釈はした。お辞儀をするのは恥ずかしい、というプライドがどこかにあったからだ。
「言いにくいんだが……ワレの名前はジークではない」
知っている。だが、それを口に出すわけにはいかない。
「マジかよ。じゃあ本名って」
「ワレの名前は、カルミア。カルミア・スカーレットだ」
知っていた名前をまるで今知ったかのように
「あぁそうなんだ」
と言ってみせた。
我ながら上手い演技だったと思う。
「ところで海斗、助けてもらってすぐに申し訳ないのだが……お前はなぜ瞳が赤い」
「えっ?」
その言葉と共にポケットへと手を差し伸べるのだが、
「待て、動くな」
またもや剣を突き立てられる。
「先ほどは助かったし感謝している。けれど、瞳が赤いなんて聞いてないぞ。それにさっきの動きはなんだ? 初めてにしてはあまりにも動きがいい。どういうことか説明してくれ」
ヤミから説明しないように言われているが、それを守れる余裕はない。
しかし、喋ることが許されていない――ならば英雄ジークであるという点を隠せばいい。
「嘘をついたのは、悪かった。俺、実は赤い瞳がコンプレックスで、誰にも知られたくないんだ。だから、隠した……ごめん嘘ついたのは本当に悪かったと思ってる。でも、俺はこれを誰にも知られたくないんだ。例え、それが同じ赤い瞳を持つ人間であっても」
ここは本当のことを言う。実際に誰にも知られたくない事実で、これを知られたことで酷い目にたくさんあった。だから、隠しているし、これを周りに露呈しないために黒いカラコンをつけて人を避けた。
今通っている高校のクラスメイトも含まれている。だから、友達がいない。
学校で唯一知っているのは、昔から付き合いがある担任ぐらいだ。
両目に指を入れて、カラコンを取り出した。
「そうだったのか。ワレは美しいと思うが」
「えっ」
その言葉に詰まる。
散々否定され、醜いと嘲笑されたこの瞳を彼女は美しいと……。
騙されるな、彼女は誰か知らない。いつ自分を傷つける側になるのかわからないのだ。
「まぁいい。あの身体能力はなんだ。説明しろ」
「それは知らない。あの剣を握ったらなんか急に力が湧いて、強くなった」
本当の事だ。
ヤミも『ドラゴンスレイヤー』に関しては、全く情報を出していない。ただ戦うようにしか話していない。
「そうか……」
納得したのかカルミアは、剣を下ろした。
「とりあえず、それは返してもらおう。ワレの物だからな」
「わ、わかった……」
これは前世のジークのものだから返すべきか迷ったけど、今の所有者は自分じゃない。魔物を殺しておいて窃盗を危惧するのはおかしな話ではあるけど、この手で殺したという実感がない。
まるでゲームをしているようだった。
躊躇もなく、ためらいもない、経験値を稼ぐために狩るときのように戦っていた。まぁそれは自分が実際に振るっているのだから多少はドキドキしたが。
カルミアにグリップ部分を向けて、渡す。
「協力に感謝する」
『ドラゴンスレイヤー』は金色の輝きに包まれると、自身の顎の高さまである大きな鉄の塊が小さな腕輪となった。
あの剣からこれほどまでに縮小するとは想像もしていなかった。
「さて、海斗。ワレはもう行く。では」
商店街の中心部に向けて足を進めるカルミア。
ただその背中には哀愁が漂い、まるで一人ぼっちで居るこの世界から拒絶されているようだった。
自ら拒絶される道を選んだ海斗にとって、これはあまりにも見てられなかった。
強気で居るけど、彼女は誰かに助けを求めている。それは自分じゃないかもしれないが、それでももし力になれるのなら助けたい。
「まっ、待って!!」
カルミアを止める。
彼女は振り向いた。
夕日の光に目を痛みながらも、
「行くあて……あるのかよ」
と言ってみる。
きっとないはずだ。彼女は、この世界でたった一人なのだからあるはずがない。
「………」
カルミアの表情が一瞬固まり、寂しさを滲ませた。しかし、またいつものリンとした表情へと変え
「無いが、これから決める。心配してくれたのならありがとう。でも、ワレは大丈夫だ。1人でやっていける」
嘘つけよ――なんて彼女に言えなかった。
伸ばす右手を下ろして、彼女と反対方向へと進む。
意気地なしだ。