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瞳に映る輝く世界 ――英雄の残したもの――  作者: カンタロウ
エピローグ
6/63

ヤミと自分―01

 ジークが言った通り、逃げた。死にたくない、戦えない、様々な理由が交差し、彼が逃げる口実となった。

 普段から運動する習慣もなく、持久走も下から数えたほうが早いほど運動不足であるが、今回ばかりは違った。走り方はでたらめであるものの陸上競技選手のようなスピードが出ていた。火事場の馬鹿力とはこのことだろう。

 しかし、海斗は自分の早さがどんなものか気付いていない。とにかく、今は生きる事だけを考えて、必死に走っていた。額に汗を垂らしながら、酸素を鷲掴みして無我夢中で足と手を動かす。生きるために必死だった。

 だが


(待って)


 声が聞こえた。それは、あの囁き声と似ている。またあの幽霊が現れたのだろう。

 だが、そんなこと今の海斗にはどうでもよかった。後方からする獣の声は、明らかに狼ではない。ジークは魔物だと言っていたが、そんなこと知るか。

 今必要なことは、逃げることだ。幽霊の言葉に足を取られる暇はない。

海斗の走る速さがまた1段と上がる。


(止まって)


 体がピタッと止まる。まるで一時停止された映像のように、走る疾走感を保ったまま体全体が動かなくなる。瞬きもできないし、口を動かすこともできない。指先も、髪の毛も、汗の粒も、海斗の体に触れている全ての物の時間が止まった。


(ちょっと、力づくでさせてもらうね)


 キミが止まらなかったから、とそう責めているようだった。


(さて、キミにやってもらいたいことがあるんだけど、まずは少しだけ説明するね。多分そのほうが理解しやすいと思うから。あっでも理解はしなくていいからね。覚えるだけでいい。もうそれさえできれば、えっとー完ぺきよ)


 囁き声のときは落ち着いていたが、今は落ち着きを感じられない。時間が無いのだろう。どうせ喋れないのだから、黙って話を聞くことにした。


(まずは、ボクのことだけど、名前はヤミ。気軽にヤミちゃんって呼んでね)


 絶対に呼ばないと心に決めた。


(で、キミを逃がすために戦ってくれている彼女――本名カルミア・スカーレットは、異世界人。この世界の人間じゃないんだよ。ビックリだよね)


 幽霊から一方的に話しかけられているほうもビックリではある。しかし、それと同じく異世界人と言うのもよくよく考えてみたら納得できてしまう。一人称が「われ」とか、白色の鎧とか、けた外れの馬鹿力などなど、色々な要素を総合的に考えてみたら、剣や魔法が主である異世界の住人説は信ぴょう性が高い。

 まあゲームや漫画で考えた結果なのだが……。


(やっぱそういう文化に触れる機会が多いから、ボクの言っていること理解できちゃうんだね)


 海斗は、理解などしてはいなかった。単にゲームや漫画を元にして考えれば納得しやすかっただけで、半信半疑の状態ではある。それでも何者かわかるための証言が取れたのだから、次に行くことができた。


(で、キミのことなんだけど、諸星海斗くんの前世は死んだ英雄ジークなの)


 ヤミが言ったことは、耳に入ることはできたが、脳まで届くことは無かった。右から左に流れ、聞き逃してしまった。


「………」


 口が動けないのだから訊き返すことができず、困っていたところ。

 

(えっと、もう一度言うね)


 それを察してかヤミは同じ説明をしてくれた。


(ジーク・フリーダンという消えた英雄、まぁつまり異世界人がキミの前世なんだよ)


 それが今とどういう関係があるのかわからなかった。前世を知った所で、「俺って特別な存在!!」とはならないし、反応に困った。

 全身がカチコチに固まっているから微妙な表情が表に出ることはなく、時間だけが過ぎる。やがて反応の薄さに動揺したのか、彼女は、えっと、と言葉を漏らした。


(石像に喋りかけてる感じがして、面白くないから、うん、喋っていいよ)


 手をパンと叩く音が耳に入る。


「そんな適当なことが……あっ」


 しっかりとした自分の声が内から吐き出される。

 喋れるだけでも自由を手に入れた喜びを感じながらも、以前として表情は動かない。


(まぁ喋れなかったとしても感情が読み取れるから、困ることは無いんだけどね。でも、喋るからには、何かしらの反応がほしいじゃん。というか、もらいたいじゃん。わかる?)


「わかるけど……」


(でしょ! で、喋れた感想は)


「動けるようになれば、俺は嬉しいかな」


(このあとのお願いを承諾してくれたらいいよ)


「それ答えによっちゃ動けなくなるよな」


(おぉ、そうだよ。キミは賢いね)


 こんなことで褒められても嬉しくはない。

 お願いとはなんだろうか、と疑問に思う。

 

(説明はまだ途中だから、もう少し黙って聞いてね。じゃあ続けるよ)


 それならまだ黙らせた方が絶対にいいと思うのだが、その言葉は吐かない事にした。せっかく手に入れた自由を手離すことはしたくない。自分の首を絞めるような軽はずみな行動はせず、細心の注意を払っての発言に心がける。


(カルミアちゃんが今使っている大剣は、元々キミのものなんだ。正確に言うと、前世の物なんだけど、まぁそんな細かい事はいいや。今のキミとは関係ないし)


「うん」


(で、その武器は認められた人しか力が発揮されなくて、今の彼女はその武器を無理やり使っている状態だから、あのまま使い続けると危ないんだよね。そこで、キミにお願いがある。よく聞いてね)


 嫌な予感はしたが、黙って聞くことにした。


(その武器を使って、今カルミアちゃんが戦っている魔物を倒してほしいんだ。できるかい?)


 できない。

 内心はそう思っているが、できると答えなければまた動けなくなるのは確かだ。

 となれば、答えは一つ。


「わかった。いいよ、やるよ」


(ほんと!! いやぁありがとう。助かる)


 姿は見えなくても、喜んでいる状況が目に見える。一体どんな姿をして、どんな表情をするのか気になるところではある。ただ関係ない事だし、知れる状況ではないのは確かだから、その考えは排除した。


(大丈夫、例の武器はしっかりとボクが呼び寄せたから、ほら)


 そう言うと、天空から大きな剣が降ってくる。

 金色に輝き、剣と言うにはあまりにも不格好な大きな鉄板のような物が地面に突き刺さった。


「こんなの持てるわけない」


 見てるだけで委縮してしまいそうな大きな剣に思わず本音が漏れる。


(大丈夫。この武器の資格がキミにはあるから、持てるよ。動かしてあげるね)


 一時停止していた体が動いた。上がっていた右足は地面に付き、左足が浮く。

止まろうとする脳と動こうとする体がぶつかり合い、よろめいた。


(おっと、危ないね)


胸の辺りを抑えられ、倒れることは無かった。

 ヤミが助けてくれたのだろう。


(よし、その武器を握って、抜いてみて)


 金色に輝く大きな剣は、まるで勇者の剣のようだ。刺さった所から抜くと言うのも、全面的に一緒だ。

 ゲームのシチュエーションが自分の手で行えるのだと思うと、ワクワクした。瞳が赤い事も何か関係あったりするのか。


「わかった」


 グリップを両手で握りしめた。地面に刺さった剣を抜ける腕力はない。腕立て伏せも10回ほどしかできないし、枝のように細い。全体的に貧弱だから抜けることは考えられなかった。

 だから、適当にやった。信じてなどいなかった。


 しかし


「えっ」


 するっと抜けた。カニの身を甲羅から引っ張り出すように、力を入れることなく、安易に持ち上げることに成功した。

 力は入れていないのに、大きな剣を両手で持ち上げている。紙のように軽く、見た目とは違って、重さを感じられない。

 こんなことがあり得るのか。恐怖まである。


(それは『ドラゴンスレイヤー』という名前の武器だよ。キミ専用の特別な剣さ)


「特別な……」


 興奮が増す。

 前世が消えた英雄で、『ドラゴンスレイヤー』という専用の武器を使えて、もう男心がくすぶられる。今なら世界を救えるような気持ちさえする。


(今は、人助けだよ。これを見て)


 左足を軸にして、体が半回転する。

 遠くのほうに1人の人物と3体の生物が居た。

 それは、ジーク――いや、カルミア・スカーレットだ。


「……ッ」


 言葉が詰まった。

カルミアは両腕を噛まれ、身動きが取れていない。そんな状況の中、正面に立つ大きな生物の背中から生える触手でバシバシ殴られていた。

彼女が勝てるビジョンは見えなかった。もう目も当てられない悲惨な状況で胸が締め付けられる。何よりも、見たくないと思えるのは、彼女の表情だ。目から涙を流し、恐怖に震えている。口を動かして命乞いでもしているのだろうか、口が動いていた。

人が死ぬかもしれない状況で、つい目を下に向けてしまった。


(そらしちゃダメよ。ちゃんと見ないと)


「でも……」


(黙ってみて)


 ヤミに促され、再度目を向ける。

 状況は変わらず、やはり悲惨なのは続いていた。逸らすとまた怒られるだろうから、瞬きすることなく、記憶に焼き付けた。


(小型の狼は、ウォーウルフと呼ばれる魔物。でも、ロウカミ国によって兵士として改造されているの。彼女の呼び方を借りるならビック・ウォーウルフも同じ、生物兵器だよ)


 魔物でもあり、生物兵器ということなのだろう。


(あの魔物たちと戦って、そして、彼女を救うんだよ。大丈夫、キミならできるから。ボクを信じて)


「信じろって言っても……」


 自信が無かった。運動も得意じゃないし、喧嘩だって弱い。そんな自分が戦えるのだろうか。  答えは決まっている。戦えるわけがない。確実にかみ殺されて死ぬに決まっている。

 殺される未来が見えているのに戦わなければならない恐怖が全身を襲う。歯をガタガタ鳴らし、全身の毛が逆立つ。今からでも逃げたいけれど、承諾した以上逃げる事はできない。

 死ぬのが怖いとは、思わなかった。


(海斗くん。自分を弱いだなんて思うのは辞めて。キミは十分強いから)


 と、励まされても勝てるとは思えなかった。剣を振る経験をしたこともないし、魔物のことを全く知らない。いくら前世が英雄と言われても、今はただの高校生だ。大きな刃物を手に入れたところで腹を空かせた狼3匹と対等に戦えるはずがない。


 海斗は、この場から逃げ出したかった。いくら周りに流される性格だと言っても、これだけは流れたくない強い意志を持っていた。

 しかし、逃げたいと思えば思うほどカルミアの事が脳裏によぎる。魔物に両腕を噛まれ、身動きできない状況の中触手に殴られる。そんな悲惨な状況と彼女の苦痛の怯えきった表情は、海斗を苦しめた。

 怖い。怖い。怖い。

 でも、それは彼女も同じだ。


 拳を強く握りしめ、震わす喉で


「もし俺が戦いに行けば彼女は救えるのか」


 と、ヤミに言葉をぶつけた。


(もちろんだよ。簡単に救える)


 自分の力で人が救える――その事実がわかっただけで、逃げると言う選択肢が自然と除外された。自分なんかが救えるとは思っていないが、助けてもらえなかったときの悲しさと絶望を知っている。彼女も今、同じ感情なのかもしれない。


「わかった。やるよ」


 左手に『ドラゴンスレイヤー』を持ち、スタンディングスタートのポーズを取った。頭から、右肩、胴体を通って左手、右膝、最後に左足へと、まるで雷のようにジグザグに力が落ちた。

地面を蹴る足には、十分力が溜まっている。深呼吸し、狙いを定めた。カルミアの右手を噛んでいるウォーウルフが一番剣を振りやすいと想定する。それから、左腕のウォーウルフに、最後はビック・ウォーウルフだろう。

プランは立てた。


(気を付けてね)


 ヤミが心配してくれたのか、声をかけてくれる。


「もちろん。カルミアを助けて、俺も生きる。それが一番理想的だな」


(大丈夫。キミならできる。自分を疑わないで)


「その言葉を信じさせてもらう」


 左足で地面を蹴った。瞬間、砂ぼこりは空を舞い、アスファルトに亀裂が入る。

 電気のように一直線に走り、カルミアの元まですぐだった。


彼女の右手を噛んでいる魔物に狙いを定め、一気に剣を振り下ろす。


「おらぁ」


サクッとどこかで止まることもなく、一瞬で剣先が地面を叩いた。ウォーウルフの首を切り落とした。


 そして、休むことなく次の行動に移った。前にステップを1回だけして、これも同じようにウォーウルフの胴体を横半分に切り落とした。


 盾になるように彼女の前で『ドラゴンスレイヤー』を構える。


「戦えるか」


 目線だけを送った。

 カルミアの瞳は赤く、まだ絶望などしていなかった。彼女は強い、そう確信した。


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