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瞳に映る輝く世界 ――英雄の残したもの――  作者: カンタロウ
エピローグ
5/63

魔獣の存在

 また新たに現れたウォーウルフは、カルミアの動きを待っていた。しかし、彼らは所詮獣だ。しびれを切らして、また同じように特攻をかけてくる。

 個体は違うのだが、動きを全く同じで一直線に突進してくるから、カルミアはそのまま迎え撃つつもりでいた。

 だが、


バシッ!


 鞭がしなる音と共に、カルミアの胴体に強い衝撃で体が沈んだ。

 顔を上げると、ビック・ウォーウルフの背中からイカの触手が生えていたのだ。

 よく見てみると、それは魔獣クラーケンの触手が8本うにょうにょと蠢いている。


「………ッ!」


 ウォーウルフには触手が生えるなんてことができる魔物ではない。奴は見た目だけウォーウルフであるが、考えは違う生物と思ったほうが身のためだと知る。

 あの8本の触手を相手にしつつ2体のウォーウルフを相手できる自信が無かった。だけれど、逃げるなんて馬鹿な真似はできない。ただでさえこの世界に逃げて来たのだ。そこからまた「自信がないので逃げました」なんてなれば、ドラグネス王国の王女として恥である。

 自分はもうただの女ではない。国を守る立派な戦士なのだ。


 近くに落ちてあるはずの『ドラゴンスレイヤー』へと手を伸ばす。しかし、どこを触ってもあるのは地面の感覚のみで、剣ならではの感触が無い。


「うそ………」


 カルミアは焦り、魔物から目を離してしまった。その瞬間、目の端から飛んできた1つの巨大な触手は、彼女の横腹を突き、壁へと叩きつけた。


「ガハッ……」


 口から血を吐き、ヘルメットの隙間から赤黒い液体が漏れる。この前に負った傷も相まって腹部の痛みは呼吸を困難にさせるほど彼女の体を蝕んだ。それでも力を振り絞って、腹をさすりながら立ち上がる。

 『ドラゴンスレイヤー』が無いのであれば、新しい武器を握る必要がある。カルミアは、左手で右腰に添えてある『レイヴの剣』を鞘から抜いて構えた。


「……ッ!」


 左からくるウォーウルフを交わし、グリップ部分で頭を殴りつけ、正面からの触手をジャンプで交わした。

 下で吠える魔物を無視し、一番厄介であり、大きな存在であるビック・ウォーウルフに向けて剣先を向ける。


「ホワイト・ショット!!」


 その言葉と共に『レイヴの剣』から4本の光が飛び出した。それは、尖った物というにはあまりにも形が整っており、剣そのものである。

 空中で浮遊する光の剣は、ビック・ウォーウルフを見つけた瞬間、剣先を突き立て一直線に飛び出した。音速は超え、光の残像を作るほどに速い。



 ビック・ウォーウルフはその何かを捉えられていないようだが、ただ本能で危険を察知したらしく、触手で顔を覆った。

 ただこれは、カルミアにとって好都合だ。


「いけ!」


 魔物の顔を左右に横切り、背中――つまり、触手の付け根に『ホワイト・ショット』がXのように急降下した。

切る音もなく、血が出ることもなく、ただただボトボトと合計8本の触手が顔から離れる。

ビック・ウォーウルフがハッとした表情になったときは、ドンと体についていたものが落ちた時だ。

しかし、そのときにはもうカルミアは次の行動へと動いていた。


 鎧でコーティングされた右手で剣先を撫でると『レイヴの剣』が白く光り始めた。それは新たな魔法の始まりだ。


「ホワイト・ミーティア・エアラリス!」


 カルミアは光で満ちた『レイヴの剣』を前へと突き出した。

どこを切ってもアンデッドは死なないが唯一の弱点としてあるのが頭部だ。ここを切り離すか、破壊すれば砂になってアンデッドは死ぬ。

 カルミアは、勢いのまま、無我夢中のまま貫こうとしたとき、全身の血が沸騰した。

 彼女の体は、地面へと墜落し、ビック・ウォーウルフに背中を見せる事となった。


 何が起きたのかわからないが、ジリジリと体が痺れる感覚で自分に雷の魔法が撃たれたことを知る。

 歯を食いしばり、痙攣する腕でなんとか上体だけを起こし、その犯人を突き止めようとした。しかし、いない。その犯人と見える者が誰1人としていない。

 そこで思い浮かべるのは、1つの答え。今目の前にいる魔物がもし魔獣であれば、雷魔法を撃つことが可能である。そこで考えて気付いたことが、誰がどうやってウォーウルフを連れてきたというのだという点だ。

 思い返してみれば、このビック・ウォーウルフが吠えたときに反応してウォーウルフも出現していた。もしこの魔物が呼び寄せているとしたら、全ての辻褄が合う。魔物が転移することも、背中から触手が生えていることも、雷魔法を撃つことも、魔物を超えた存在――魔獣であればその不思議が全てスッキリと解決した。

 でも、

 「そんなことが……ありえるのか」


 ウォーウルフから魔獣になるとは聞いたことが無い。

 彼らは下級魔物だ。冒険見習いが狩るような登竜門すらなることがない。群れることが厄介であるけれど、それでも簡単に処理ができるような存在が魔獣まで進化するとは、考えられない。

 しかし、目の前にいるのは、ウォーウルフそのものだ。

 これは揺るぎない事実。


 魔獣と判断して戦う必要がある。

 地面に落ちた『レイヴの剣』へと手を伸ばすが、遮るようにウォーウルフが左手を噛む。


「は、離せ……!!」


 右手で殴ろうとするも、その手も動きを封じられた。

 両腕を噛んだウォーウルフはなかなか離そうとしない。噛む力は想像を絶する痛みと苦痛だ。抵抗しようとするも、自分の中に駆け巡る力が抜けていく。まるでコウモリのようにチューチューと吸われ、振りほどく力がない。


「………」


 こんなとき思うのは、今まで殺してきた魔物や敵兵だった。

カルミアは、初めて実感する死の恐怖に足が震え、戦意を喪失していた。痛みに耐えながら、死ぬまでのタイムリミットを両親と仲間に向けて謝罪を送るしかなかった。


「………」


 ここに来るまでの戦争が彼女の精神を壊していた。

その戦争により、多くの仲間を失い、両親が敵国へ囚われる事となった。生き残った兵士500名のうち50名の兵士たちは彼女をこの世界へ送る時間稼ぎとして命を落としていった。カルミアは、自分のために次々と死んでいく兵士たちをただ黙ってみている事しかできず、その光景が脳裏に焼き付いている。そうした記憶は彼女を歪め、だからあのとき武器や状況が優勢であったにもかかわらず、カルミアは精神的の戦いで海斗に敗北したのだ。


 そして、今回もその時の光景と体の痛みが合わさって、命を落とそうとしていた。



 魔獣は、背中からニョキっと新たに触手を生やし、カルミアの顔を集中的に攻撃する。それによって頭のヘルメットが割れ、顔が露わになる。

 透き通った髪は、金色に光り、彼女の赤い瞳は輝きが無いはずなのに皮肉にも涙によって明々と灯りがともされている。

 結局、自分は何もできず、父や仲間が残してくれた国は壊滅した。これも全て力が無かったからだ。

そのとき、


「オラぁ!」


 右腕を噛んでいたウォーウルフの首が切り落とされる。

 誰がやったのかと考える。

 仲間のロビンやマリーのことを考えたが、彼らはまだ来ていない。


 次に左腕を噛んでいたウォーウルフの胴体が真っ二つに切断された。


 顔を上げて、その人物を視界にとらえる。


「戦えるか?」


 「逃げろ」と言い放ちそそくさと逃げたこの世界の人間――諸星海斗は戻ってきていた。しかし、ただ戻って来たのではない。黒かったその瞳が、赤く光った状態で戻ってきていたのだ。

 

 ――なんて美しいのだろうか。


 彼の瞳を見ると、希望が湧いてくる。ここで絶望的だったのに、助かるような気がした。

 赤い瞳がルビーのように輝き、海斗が手に持っている『ドラゴンスレイヤー』まで鮮明に見えるようになった。

 無くしたと思っていた武器を軽々と持ち上げる15の少年。

 

 ――なぜお前が……。


 赤い瞳に意識を奪われ、数秒間だけ見つめていた。

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