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瞳に映る輝く世界 ――英雄の残したもの――  作者: カンタロウ
エピローグ
3/63

異世界人と初対面

 行く手を阻むように現れた白い鎧。それはまさにゲームとかで出てくるようなプレートアーマーというやつだ。

 さっさと家に帰りたいのだが、少し帰るのが遅くなりそうだ。

 

「はぁ」


 またもやため息が出る。


「………」


 白い鎧の首がガシャンと動き、彼をジッと見つめた。まるで何かを見定めるかのように。

 しかし彼はマジックとしか思っておらず、白い鎧の事なんて気にしていなかった。


「この国はどこだ」


 喋るとは思っておらず、つい体が後方へとのけぞる。

 声からして女性なのは明らかだが、とても低く刃物のように鋭い。

 警戒心むき出しだ。


「………」

 

いきなり青い光が現れたかと思えば、次は見たことのない西洋の鎧が現れる。一体どうなっているんだ。

 考えようとするが、なんだが馬鹿馬鹿しくなり、どうでもよくなった。

 この人物が何者で、どういった目的をもって目の前に現れたのかわからない。しかし、それを知った所で何かになれるとは思えなかったし、おかしな人間のようなので逃げる事が一番だろう。

 蔑んだ黒い瞳で見た後にイヤホンをし、鎧に背中を向ける。帰りが遅くなるから引き返したくないけれど、よくわからない人間と関わるぐらいならば致し方ない。

 海斗は、歩き始めた。


「ま、待て。どこに行く」


 後方から聴こえる大声は、海斗に届かなかった。

 音楽が全てを遮ったからだ。

 

「………」


「ま、待て。立ち止まらんか」


 もう一度呼ばれた声は、彼の耳に微かに届いた。が、気付いていないふりをして歩みを進める。

 一応気になってはいるけれど関りを持てば、めんどくさいことに巻き込まれるか、自分が損をするだけかのどちらかに転ぶと考え、後ろへと首を向けない。正面だけを見つめて、体を動かす。


「………」


 鎧は、地面を蹴った。

 周りには風を巻き起こし、砂が舞い、瞬間移動のような高速スピードで彼を追い越した。


「うわぁ!」


 流石の海斗でも目の前に鎧が一瞬で現れたことには驚き、尻もちをついた。その拍子に耳にしていたイヤホンが両方とも外れる。

 

 ――どうなってんだよ。


 宙をヒラヒラと泳ぐ木の葉が、どれだけのスピードで近づいたのか物語っている。


「止まれと言って止まらなかったのが悪いんだぞ」


 鎧は、右に添えてある西洋の剣を鞘から抜いた瞬間、宙を舞っていた木の葉を切り、海斗の喉元に突き立てた。

 ピンと張られた左手に握られた剣は、ゲーム序盤で入手できる至ってスタンダードな形ではあるものの、気高く気品があり、大事に手入れしているのだとわかった。

 その剣と海斗の隙間には、わずか数センチほどしか空いておらず、くしゃみでもしてしまえば刺さる距離だ。


 


「………」


 浮いていた木の葉を切れるほどの切れ味を持つ剣。きっと喉元を突き刺すことぐらい安易なはずだ。

この状況をどう打開するべきかを考えてみるが、自ら仕掛ける必要は無いだろう。というか、仕掛けようものなら、自分の非力さと武器の有無を見れば一目瞭然、十中八九殺される。ならば、剣を下ろすまでの間、自分から行動せず黙っていたほうがいいのではないか、と考え、『何もしない』という行動をしかけた。

 それはつまり、鎧に対して質問することも、攻撃を仕掛けることも、命乞いもしない。言葉通りのノーアクションを起こしたのだった。


 今後の差異を見つけるために、鎧の立ち姿を脳裏に焼き付ける。ドカッと開いた足、ピンと張られた左手とその手頸に巻き付いている黄金に輝く腕輪、だらんと開ききった右手、一点だけを見つめる頭。

 どれも自身が優位であると言わんばかりに肝が据わっていた。


「………」


「………」


 お互いが喋らない。剣で脅している人間も、脅されている人間も口が閉じている。

 意地と意地のぶつかりでもない。ただただ両方とも出方を伺っていた。

 海斗と鎧は、お互いがお互いを危険視し、どんな行動を仕掛けているのか警戒した結果、待つことがこの場を収める一番の手だと考えたからだ。

 

「………」


 どちらも同じ作戦を実行していることを知らない。

 どうして喋らないのか――そればかりをお互い考えている。


「………」


 海斗は、待つことに慣れてはいるけれど、いつまでも待てるほどに我慢強くはない。正直もうしびれを切らし始めている。

このままお互い黙ったままならば、もういっそ自分から喋ったほうが、と口を開いた瞬間、会話の啖呵を切ったのは鎧のほうだ。


「この国の名はなんだ」


逃げる前と同じ質問が鼓膜に届き、脳へと行きつく。


「日本」


 ぶっきらぼうな口調で答えた。

 全ての主導権を鎧に握られているが、何もしないことによって逆上されることもなく、死ぬこともなく、生き残ったのは確かだ。

 それに、臆することなく、強気に返答することで平気なんだとハッタリをすることに成功するだろう、と踏んでいる。


「……そうか」


 返答には多少のタイムラグがあったが、弱弱しい声で言葉が返ってきた。

 武器も、防具も、身体能力も全て鎧のほうが上だけれど、このタイムラグと声音の弱さを分析した結果、相手は精神的に負けているんだと実感した。


 ――作戦は続行だ。


バクバクと音を立てる心臓が耳元に響いていた。


「お前の名は何だ」


 身構えてはいたが、いざ来るとなると少し躊躇した。しかし、ここで黙っていては、相手に精神的に負けていることを知られることになる。ただでさえ武器が無いのだ。たった1つでも勝っておかなければ、相手にいいようにされる。

 

「諸星海斗」


 これも同じく、強気にぶっきらぼうに返す。

 嘘をつくことを考えたが、嘘の名前を考える余裕が無かった。そのため、本名を強く主張する。


 ――しくじった。


 相手の出方を伺うばかり、肝心な偽装を全く用意していなかった。詰めが甘い。


「海斗と呼べばいいのか」


「呼びやすい方で」


「なら、海斗と呼ばせてもらおう」


 相手は誰かわからない。しかし、自分が口にしていいタイミングなのは確かだ。


「さて、ワレの名だがジークだ」


 自分から身分を証明したのは意外だった。脅す人間と言うのは自分の身を晒さないのが一番最適ではないのだろうか。

 行動が読めない。どうして自分から名を名乗る行動に出たのか、不思議だった。


「……そ、そうか」


 驚きの行動に言葉がつまり、返答が遅れる。

 相手に自分が弱い事を知られたのではないだろうか、と考えるも、顔を覆う白いヘルメットが邪魔で表情が見えない。

 いや、表情は見えなくてもいい。彼女が起こす行動に集中して見ればいいのではないか、と考えた。

 目線をくまなく動かし、彼女の異変を探す。間違い探すかのように、記憶の立ち姿と照らし合わせながら違う場所を見つける。


 ――あった!


 彼女の違うところは、右手だ。剣を突き立てた時は、右手の力は抜けて、開いていた。だが、今はその手に力が入っている。その証拠として、グーに握られているからだ。

 ジークという名前に何か意味があるのか、それとも隠したい何かがあるのか。

 どういう心理が後ろに隠れているのかわからないが、わかることは、あの質問を嘘つかずに正々堂々と答えてよかったことだ。それにより、自分の嘘で自分が悩まなくて済んだ。逆に相手は、この言葉に囚われることになると予想できる。


「さて海斗。質問だが、その髪の色は生まれつき黒か」

 

 身体的な特徴の質問にどんな意味が込められているのかサッパリわからないが、どの質問にも躊躇してはならない。

 どの質問にも答えられるよう心構えをした。


「黒だ」

 

「瞳の色も同じく黒でいいのか」


 この質問に海斗の動きが止まる。理由は本当の色が赤色だからだ。

 だが、悩んでいる暇はない。

 咄嗟に頷き、言葉を繋げた。


「あぁそうだ。生まれつきこの色だ」


 ヘルメットの暗闇を見つめて答える。


「顔は生まれつきか?」


「いや、幼いときはもう少し可愛げが合ったと思う」


「成長というやつだな」


「そんなところ」


 よく何かを睨んでいる、と言われていた。


「身長は?」


「一七五センチ」


「体重は?」


「覚えてない」


「利き手は?」


「右手」


「職業は?」


「学生」


「年齢は?」


「15」


「家族は?」


「姉が一人」


「両親は?」


「もういない」


 食い気味に答える。


「姉はどこに?」


「仕事だと思う」


「どんな?」


「普通に会社員だった気がする」


「年齢は?」


「えっと、二三歳」


雨のように降り注がれた質問は止んだ。


「………」


質問によっては、言葉が詰まったのは反省点だ。


「……じゃあ成功したんだな」


 成功と言う言葉を使っているが、とても喜んでいるようには見えなかった。肩の力は抜け、剣を持っている手の肘が曲っている。明らかに悲しそうだ。


 何か目的があるのは見えた。しかし、その目的が何かを知るには、まず自分がどこかのタイミングで優位に立つ必要がある。

 どのタイミングで――動くべき瞬間を待って、体を動かす心の準備をしていた。いつ動いてもいいように、全神経を研ぎ澄まして、獲物を狙うライオンのごとくたった1つの隙を狙っていた。


「海斗、気になった事が1つあるのだが」


「なんだ」


 どんな質問も答えられるつもりでいる。


「どうしてお前は姉の質問には、曖昧だったんだ」


「あっ」


 不覚だ。

 しっかりとどの質問も答えられたつもりでいた。しかし、姉に関しての質問は答えられていなかったことを思い出す。

 たった1言で、今まで有利だったであろう精神的余裕が一気に崩れ落ちる。

 心臓が高まり、血液の流れが速くなる。今まで使っていなかった脳を動かし、なんと言うべきか考えた。

 1つの失敗と返答を同時に考えているから、うまく言葉が見つからない。それでも、なんとか答えを見つけ、絞り出すかのように喉から発した。


「い、一緒に住んでないからわすれた」


 これは、真実ではない。無自覚の嘘だ。

 確かに海斗と姉は、同居などしていない。彼が高校生に上がったとき姉の沙月は仕事の関係上、出て行ったのだから正解だ。

 しかし、彼が忘れた理由に関係ない。

 本当の理由は、興味が無かったから。

 親、姉、クラスメイト、他人――人に関連する情報に興味がなく、知ろうとせず、覚えようとしなかった。その結果、こうして姉の質問には曖昧な答え方になっている。

 ただ姉に関する情報は、すべて正しいことを思い出した。


「そうだったのか。それだったら仕方ないよな」


 しかし、ジークは納得し、頭を軽く下げる。

 疑ったことを申し訳なさそうな謝罪だった。


「………」


 状況は変わっていない。だが、海斗の情報を知ってからか、ジークの雰囲気が穏やかになっていた。

 視覚から得る情報と聴覚から得る情報で、彼が敵意を持っておらず、例え持っていたとしても脅威となる存在ではないことを悟っている。

ジークは、突き立てていた剣を鞘へと納めた。


「海斗、お前の事はよくわかった。脅して悪かったな」


 流れる空気が完全に変わった。

 ほんわかして柔らかい、ジークから殺されることは無くなったのだと実感した。


「お、おう」


 ジークが何を考えているのか、わからない。しかし、こうして警戒を解かれたことは喜ばしい事だ。

 いつまで続くかわからない状況が終わりを告げたことに、彼はホッとした。



 この状況を産んだのは、彼の行動が招いた幸運だ。海斗が恐怖に負けなかったこと、平気だとハッタリをしたこと、その選択が功を奏したのだ。この選択をしたからジークは冷静に相手の情報を読み取ることができ、彼を敵だと認識しなかった。そして海斗もまた、『剣を鞘に納めた=もう警戒はされていない』と判断できた。

 もし冷静になるよう努めていなければ、ジークが鞘に剣を収めた瞬間、襲い掛かっていたかもしれない。そうすれば、もっと泥沼の争いとなり、海斗は死んでいただろう。

 まさに奇跡だった。自分が非力だとわかっていたからこそ起こした行動により、救われた結果だ。


「………」


 海斗は立ち上がり、ズボンに着いた砂を叩き落としながらまじまじと鎧を見る。

 泥、血、割れ目が所々についていた。彼の中ではもうマジックという結論は消え、新たに出てきた本物の異世界人という考えが浮かび上がっていた。もちろんこれが本当だとは思っていない。あくまで可能性として考えている。しかし、この傷の具合や血の乗り方を考慮すると、そう結論付けてもいいのではないかとさえ思っている。

 どうせこれ以上関わらないのだから、自分が納得するのであればなんでもいいか、という投げやりな考えも入っているが。


「………」


 視覚からの情報を元に考察していたそのとき、ジークが手を引っ張った。

 海斗の体は前へと傾き、引っ張る力が相まって足が前へと力なく進む。なんとか倒れることなかったが、引っ張る力がもう少し強かったら倒れていた。


「いきなり引っ張るなよ」


 驚きのあまり、口調が強くなった。


「すまない。何かが来る予感がして、引っ張ってしまった」


「は? 何言って……」


 最後まで言い終える前に、ジークが現れた方向から黒い光と共に黒い影が3体浮かび上がった。

 2つは同じ大きさで、あまり大きくはない。しかし、真ん中を堂々とそびえ立っている1つの影だけは、大きさが違う。3メートルは超えて、他の2体と完全に別個体だ。

 

 幽霊、鎧ときたら、次は謎の生物。もうここまで来ると、マジックとは疑えない。この状況が現実にあり、危ない何かが始まろうとしているのを思い始めていた。


 やがて、真ん中の大きな1匹が顔を上へ向ける。


「ワオーーン!!」


 狼の鳴き声だ。耳の鼓膜に振動するほど大きな遠吠えが聴こえたと思えば、

 

「ワオーーン!」


「ワオーーン!」


 と、2連続で遠吠えが響き渡る。

どの声にも拭えない違和感があった。低く、潰れたような遠吠えで、力強さも感じられない。

 この前たまたまテレビで聞いた遠吠えと比べても、明らかに違いがある。

 正体を突き止める必要があるけど、それは叶わなかった。


「逃げろ海斗。やつら、魔物がくる」



 ジークが彼を庇うように立って、剣を構える。

 

「………」


魔物……?

 ゲームとかで出てくるモンスターの事か。


 ――なんだよそれ。

 

疑いの気持ちはあるが、あの光から見えている影がただ事ではないことを察する。


 危険からはさっさと逃げるべきだと本能が訴えている。


 学力も、体力も、武器も無いのでこのまま居座ればただただ死ぬのだと、直感が囁いていた。

 自分の直感と言うのは当てにならないが、今回に関しては従順に従ったほうがいいだろう。


「わかった。じゃあな」


 ジークに背中を向け、全速力で走る。

 あの鎧には悪いが自分が遠く離れるまで生きてくれることを望みながら。

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