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瞳に映る輝く世界 ――英雄の残したもの――  作者: カンタロウ
プロローグ 英雄ジークの死
1/63

プロローグ。英雄の死と転生

 

 7年続いた戦争は終わりを迎えた。これからあるのは、平穏で平和な安らぎの時間。


「………」


男は、砂浜の上で仰向けとなり、波の音を癒しの音楽と捉えて、天空に浮かぶ星を見る。


 願いが叶った――男は笑顔を浮かべ、お腹に刺さった1本のナイフを撫でた。そのナイフには蛇の刻印が彫られており、ある人の誕生日プレゼントとして5年前に送ったものだ。

 年頃の女の子に送ったプレゼントだったから正直捨てていると思っていたが、こうして持っていてくれているのは素直に喜んだ。

 そんな状況でもないけれど、自分のプレゼントを大事に使ってくれていたことに男は嬉しかった。

 傍に座り込んで肩を震わせている女性へと目を向ける。


「そんな悲しい顔をしないでくれ。キミはよくやってくれたよ」


 女性は小さく頷いた。

 彼女にはこんな役目をしてほしくはなかったし、自分もこういう運命を辿りたくはなかった。しかし、仕方が無いことだ。世界を敵にした人間が生きれる居場所なんてあるはずないのだから。


「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい」


 女性は謝罪の言葉を連続に吐いた。

 見ているだけでも痛々しくて、胸が辛くなる。


「キミは悪くない。悪いのは俺のほうだ」


 彼女のだらんと力なく垂れている右手を握る。

 海の向こう側からオレンジの光が微かに漏れ始めていた。

 夜が明ける合図だ。


「キミは帰ったほうがいい」


「嫌だ。ここに残る」


「キミまで残る必要はない。待っている人たちがいるだろ」


「そんなの知らない」


 彼女はこうなると頑固だ。しかし、こんな一面も惚れた理由なのだろう。

 上体だけを起こし、血が付いていない左手で頭を撫でた。


「お願いだ、エルピス。俺の最後の言うことを聞いてくれ」


 エルピスは、受け入れたくない気持ちと彼の意思を尊重して受け入れようとする気持ちで葛藤した表情をする。しかし、彼女にとっても彼は大切な人だから最後の言葉を尊重し、受け入れることを選んだ。


「立ち去ればいいの?」


 声は震えており、また何か刺激すれば泣いてしまうだろう――辛い気持ちを押し殺して、


「そう立ち去ってくれれば」


 と言った。


「そんなの……酷いよ」


 やはり、また泣いた。それも今度は大泣きだ。

 彼には、時間がなかった。一刻も早くエルピスが立ち去ってくれなければ、彼女も巻き込んで無の空間へと連れて行かれることになる。

 あえて彼女を傷つけようとしたそのとき、彼の首に手が回る。


「わかった。言うことを聞くわジーク」


 これ以上傷つけたくなかったから、こうして尊重して承諾してくれたことに目を丸くするも、また同じように微笑を浮かべて、彼女の背に左手を回す。


「ありがとう」


 自然と涙がこぼれた。

 戦争を終わらせた達成感ともう皆に会えない悲しい気持ち、そして今から死ぬんだという恐怖がぐちゃぐちゃに入り乱れている。どれも正しい感情ではあるが、どれも間違っているようで、不思議な状態となっている。

 だが、1つわかることがあるとすれば、感情を感情だと認識できなくなっていた――これだけは、しっかりと終わりに向かっている魂で感じることができた。


「俺は消えるだろうから、エルピスも忘れてくれ」


「わかった。頑張ってみるよ」


 ジークは、エルピスから手を離し、もう一度顔をよくみた。

 銀色の髪は今登り始めている朝日のように綺麗で、涙を流す青い瞳は海のように深く鮮やかだった。

 本当は彼女にしてほしくなかったけど、最後に死ぬのが彼女の手で良かった。ジークはまた砂浜に体を倒す。


「じゃあね」


 エルピスはお別れの言葉を告げたあと、背中を向け走って行った。決して後ろを振り返ることもせず、逃げるように砂辺を走る。


「ああ。じゃあな」


 彼女の遠くなる背中に手を伸ばそうとした無意識を抑え込み、口を強く閉じた。

 本当は怖い。消えるのが怖い。自分という存在が消え、誰からも忘れ去られ、存在さえしないことになる恐怖がここまでとは思わなかった。

 「消えてもいい」そう思いながら生きていた15年間を彼女は、救ってくれた。それから、数々の人と出会い、時には失うこともあったがそれでも前に向けて歩くことができたのは、きっとみんなのお陰で、何よりも彼女が救ってくれたからだった。

 消えたくない、と思わせてくれたエルピスには感謝しかない。


 また、エルピス以外のロバート、ブレイヴ、ユリも忘れてはならない。彼らと出会い共に過ごし、冒険した日々も最高だった。あのときに培った絆があったからこそ、世界を巻き込むほどの大戦争を起こし、何千年と続いた災厄を7年で終わらせることができた。仲間たちが自分を信じ、最後まで付き添ってくれたから成し遂げられた。きっと自分1人では、無理だった。

 ジークは、そう断言する。


「ありがとう」


 二度目の感謝の言葉は、波の音が返事をした。


「………」


 右側から差す太陽の光は、強くなっている。この太陽が昇り終える前に息を引き取るのだから、それまでは思い出に浸るとしよう――様々な記憶を呼び覚ました。

 豚小屋に監禁され、虐げられていた自分に希望を見せてくれたとき。

 世界を冒険し救ったことで、悪いうわさから名声に変わったとき。

 7年も続いた戦争を勇敢に立ち向かえたとき。

 最後の最後まで勇者として高貴に生きることができたとき。

 忘れたい過去もあったけど、今では愛せる過去だ。

 いい人生だった……。


 波の音と共鳴するかのように、呼吸、意識、記憶、思いが遠い所に流されていった。ゆっくりと1つ1つ、彼を縛る全ての物から解放されていく感覚、自由とはすばらしいものだ。

 太陽の光を赤い瞳が反射した。しかし、そこには光が無い。もうなに一つの光を受け付けない、ただの無となっていた。


 全て登りきった。約束通り終わるとしよう。


22年の苦しみと幸福に満ちた人生は幕を閉じ、ジーク・フリーダンは誰の記憶にも残らない、消えた英雄となった。


――――


 ジークはある空間で目を覚ます。

 この状況は元々わかっていたから不思議に思ってはいなかった。しかし、『消滅』が一向に始まらないことに、いつしかジークは危機感を募っていくことになる。


 何が起こっている?


 何もない無の空間。自分の肉体も感覚も言葉もなければ音もない。全てが無い世界で1人――魂だけとなった彼は佇み、浮いている。

 まだ死ぬことができなかった。


 残っているというのか。


 なんてことだろう。死んで終わるはずだった自分の存在が、死んでもなお終わってなどいなかった。

 つまり、やり残しがあったのだ。


 ジークは、全てを解決し、戦争もこの手で終わらせることができた。しかし、『消滅』が始まらないことが証拠となる。彼を残す何かがまだあるのだ。

 このときのために転生の準備をしていて良かった、と安心した。いい状況ではないけれど、準備をしておいた自分には感謝するしかない。


 ただ転生してくれるよう駆け寄った神は「人間しか無理」と言っていた。つまり、それはどっちの世界で転生するのかわからない状況である。

 もし仮にこの世界であれば、魔法も存在し、人間としての強さがあるからこの記憶を引き継いでも問題は生まれない。

 ただあの世界――魔法も無ければ、人間も弱い世界であればこの記憶を引き継いだとき肉体は耐えられない。

 きっと思い出した瞬間、肉体、あるいは魂が崩壊して、自分という存在が今度こそ消える。確かに消えることは世のため人のためではあるが、それでもこのやり残しがあるまま消えることは許されない。

 必ず自分で達成しなければ、世界が終わってしまう。


 

 色々と考慮した結果、自分の記憶を消すしかなかった。

 あの神のことだ、きっとこの世界に復活をさせるつもりなんて最初からないはずだ。


 しかし、記憶を消して生まれ変わったとき自分が苦労するのは目に見えていた。魔法がない状況下であんな世界の人間と対峙することはほぼ不可能だ。


 そこで呼び出したのは、自分が愛用し、長い間ずっと戦ってくれた『ドラゴンスレイヤー』だ。正確には本物の『ドラゴンスレイヤー』ではなく、自分の記憶にある『ドラゴンスレイヤー』なのだがそれでも書き換えることは可能だった。


 黄金の輝きを持ち、剣と言うにはあまりにも不格好で鉄板のように太くたくましい武器。

 最後の戦争にも使っただけあって所々に傷が見え、自分がどれだけ酷使させたのか見て取れる。本来であれば休ませるべきなのだろうけど、もう少し働いてもらう必要があった。他の武器ではできない役割をこなせるのがこの武器だけだからだ。

 ジークは書き換える文を考え、その通りに空間へと指を動かす。


 生まれ変わった先でも出会えるように――と。


 これじゃあただの乙女ではないか。

 思わず苦笑してしまう。

 気を取り直して、もう一度打ち込んだ。


 転生先でももう一度使えるように――と。


 我ながら上手いこと書けたのではないだろうか、と納得する。

 その後に『ドラゴンスレイヤー』の中へ制限をつけた自分の力を注いで、無の空間から排除した。


 全ての準備が整った。


 炎のような赤い光が魂だけとなった彼を包み込む。

 ただこれはあまりにも優しくない。世界が拒んでいるのだとすぐにわかった。新たな人生の幕開けなのだから多少は受けれてほしい、と思いつつも自身の魂に埋め込んだ転生魔術の呪文を解放した。



――――――



 魔法も無ければ、魔物もいない。異世界とかけ離れた世界で、2005年10月23日に男の子が誕生した。名は諸星海斗、英雄ジークの生まれ変わりである。

 その証拠として、日本人であるにもかかわらず、海斗の目には英雄と同じ赤い瞳が宿っていた。

 ただ彼は知らない。自分と言う人間があの消えた英雄だと言うことも、自分が特別だと言うことも、それは全てを危惧したジークが消したからだ。

 ただ1つのやり残しを達成するために。

 どんな辛い現実が待っているのか、彼の瞳が赤く光ったとき運命が決まるのだった。

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