中野君、大喜びする。
音楽室から出た松永さんが辺りを見渡すと、ちょうどトイレから中野君が出てきました。中野君は不安げな表情で、松永さんから借りたハンカチを見つめています。
「中野君」
「あ、松永さん。あの、これ鼻水でちょっと汚しちゃって、一応洗ってみたんですけど……ちゃんと洗濯した方が良いですよね?」
中野君は、おそるおそるハンカチを松永さんに見せました。
「ううん、これで大丈夫だよ。ありがと」
松永さんは、クスッと笑ってハンカチを受けとりました。
「松永さん、今日はすみませんでした」
「あ、それは良いんだけど……」
松永さんは言い淀みました。
「あのね、私って優柔不断でね。ここでみんなにガアガア言われながら考えても、中野君をたくさん待たせちゃうと思うの。だから、とりあえず今日のトコロは解散っていうか……」
中野君は、心底ホッとしたような顔で頷きました。
「分かります。間違いなく良い人達なんですけど、あの人達は即断即決というか……エネルギーが凄いですよね。
今日だって、俺が何気なく答えたせいで、あっという間にこんな事になってしまって」
「たまに困っちゃうよね」
「そうですね。
でも俺、あの人達が大好きです」
「うん。私も好きだよ」
「それで、ちょっと聞きたいんですけど……」
「え。なんだろ?」
松永さんは、少しだけ身構えました。
しかし、中野君の質問内容は、松永さんの予想外のものでした。
「俺、いつも部活でお菓子を食べさせて貰ってて。
たまにはお返しした方が良いのかなって思うんですけど、手作りのお菓子と市販のお菓子って、どっちの方が良いですかね?」
「中野君、お菓子作れるの?」
「いや、全く作れないんですけど……家ではお菓子とか出てきたことがなくて、手作りのお菓子ってすごく美味しいなって思って。
もし喜んでくれそうなら、一回くらい挑戦してみようかなって」
「おおー、偉いじゃん」
「ただ、俺なんかが作っても気持ち悪いかなとか思ったりして……迷ってます」
「その可能性は低いんじゃないかな?」
松永さんは言いました。
「絶対に喜ぶよ」
「そうですかね?」
「中野君の手料理を気持ち悪いって思う人は、あそこにはいないと思うよ。みんな、中野君の事を気に入ってるみたいだったもん」
「じゃあ、頑張ってみます。
けど、大丈夫かな……」
中野君はまだ不安げです。
「食中毒の理屈とかも全然まだ知らないし。
松永さんは料理とかしますか?」
「それが、ダメなんだよね。
料理出来るようになりたいとは思ってるんだけどね」
と、松永さんは自分をフォローするように言いました。
「そうですか。食中毒とかは本当に心配なんですよね……」
「何を作りたいの?」
「カレー味のポテトチップスを作ろうかと思って。
小学校の教科書に作り方が載ってて、とにかく美味しそうで」
「あ、それ私の小学校の教科書と同じかも!
授業で作ったけど、すごく美味しかったよ。オススメ!」
「あ、やっぱりアレ美味しいんですか」
「美味しいし、それにたしか、すごく簡単だし安全なの。スライサーで皮ごと切るだけで、包丁とかは使わなかったよ」
「へえー……包丁使わないなら、出来るかもしれないです」
「たしか、芽だけくりぬくのかな? 忘れたけど、こんなに簡単なんだって思ったんだよね。アレなら、私でも教えられるかもしれない」
松永さんは興奮しながら言いました。
「今度、一緒に作ろうか?」
「良いんですか?」
「うん。私も、もう一度アレが食べてみたかったから」
思い出しただけで口の中にヨダレが出てきて、松永さんは慌てて口を押さえながら笑いました。
「ずっと、いつかまた食べたいなって思ってたんだよね。でも、一人じゃ作る気にならなくて」
「じゃあ、教えてもらって良いですか?」
「うん。頑張ろ!」
「はい!
――あ、コレはまだナイショにしておいて貰えますか?」
「分かった。みんなをビックリさせたいもんね」
「そうなんですよ」
二人は、同時にニヤリと笑った。
松永さんはワクワクしながら音楽室に戻る途中、中野君の横顔を見ながらふと我に返りました。
ん? 一緒にポテトチップスを作ると言っても、ドコで作れば良いんだろう……。
アレ? もしかして私、中野君を家に誘った感じになってる? それか、中野君の家に行く感じ?
それはマズくない? 一緒に作るのはキャンセルして、電話とかで教えた方が……。
松永さんが悩んでいたその時、中野君が拳を握りしめて言いました。
「うわー、相談して良かったあ。やっと、少しだけ恩返しが出来ますよ」
中野君の満面の笑みを見てたら、松永さんは約束をキャンセルしにくくなってしまいました。
……ま、良いか。中野君なら大丈夫でしょ。
松永さんは微笑みながら、そう思いました。
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