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中野君、説明が長くなる。

 松永さんが来てから、大人しい中野君がますます静かになりました。

 先輩達が、次々に中野君をからかいます。

「中野君、顔真っ赤だあ」

「中野、彼女欲しいならもっと女の子と話せるようにならないと! 練習練習!」

「気に入ったら私達、協力しちゃうよ?」


「な、なんで松永さんを連れて来ちゃったんですか!? イキナリ過ぎますよ。松永さんに迷惑ですよ」

 中野君はうつむいたまま、先輩達に抗議しました。


「大丈夫。松永は優しいから、私達には怒っても中野君には怒らないもん。ね?」

 松永さんに、友人がたずねます。


 しかし、説明もなしに連れて来られた松永さんは、まだ心の準備が出来ていません。

「いや、こういうの本当に苦手なんだけど! せめて、連れて来る前に説明してよ」

 と、笑いながらではありますが、一応怒ってみせます。


「ごめんごめん。男に会って欲しいって言ったら、恥ずかしがって嫌がるかと思って」

 松永さんを連れて来た先輩が、こちらも笑いながら、一応謝ります。


「それ分かってるなら呼ばないでよ。変な人だったら本気で怒ってたよ私」


「変な人だったら紹介とかしないって。無害な子だから紹介したの。ちょっとで良いから話してみて」


「そんなこと言われてもさあ、こういう事には慣れてないし……」

 松永さんは溜め息をつきながら、クッキーをパクパクと食べます。


 一番申し訳なさそうにしているのは、中野君でした。

「ボクのせいで、すみません。

 部活、途中で抜けたんですよね? 大丈夫ですか?」

 中野君は、恥ずかしそうに謝りました。


「あ、部活は平気だよ。ウチ、いつでも出入り出来るタイプの部活で、図書室に調べものに行ったりとか自由なの。

 それと、中野君が謝ることないよ。コイツらが勝手にやった事なんでしょ?」

 松永さんはクッキーを手に持ったまま、クッキーで知人を指しました。


「はあ……」

 中野君は曖昧に頷きました。中野君の性格では「そうです! ボクは悪くないんです!」とは言えないのです。


「大体さあ、中野君だって困っちゃうよね。私みたいな子供っぽいの連れて来られても、ねえ?」

 松永さんは、中野君に笑いかけました。


 すると中野君は、自分の手をぎゅっと握りしめて言いました。

「そんなことないです。松永さん、すごく可愛いです。

 ボク、松永さんの事は前から知ってました。名前とかは分からなかったですけど、学食とかで見たことあって。ボクより背が低い先輩なんて少ないので、見掛けるとなんだか勝手にホッとしちゃうんです」


「あー、あるある。私も去年、入学したてで友達少ない頃、やってた。

 遠足とか修学旅行でも、背が低い人を見ると、勝手に仲間意識感じちゃうよね」


「あ、そういうやつです。それで、松永さんの事は覚えちゃってました。

 ……ただ、知っては居たんですけど、近くで見たことは殆どなくて。可愛い人が居るなって思ってて。

 でも、初めて近くで見てみると、とても綺麗な人でした。さすが年上っていうんですかね。大人っぽくて、ビックリしました」

 中野君は、素直な気持ちを伝えました。

 松永さんが到着する前にあらかじめ、先輩達に「ウソはつかなくて良いけど、もし可愛いって思ったら絶対に可愛いって言うんだよ?」とアドバイスされていたのです。


「ウソだぁ。綺麗だとか大人っぽいとか、言われた事ないよ」

 松永さんは、慌てて手を振りました。

「可愛いって言われることはあるけど、完全にチビだから可愛いって感じだし」


「綺麗だからこそ可愛さが目立つんですよ。チビでも、ボクみたいな奴は可愛くないじゃないですか」

 中野君は照れながらも、更に自分の思いを伝えます。


「中野君、可愛いよ?」

 不思議そうな顔で、松永さんが言いました。


「そうですか?」


「あ、ごめん。可愛い扱いされるの嫌かもだよね。特に男の子は」


「いや、ボクは言われて嬉しいタイプです。可愛いって言われるとすごくホッとするんです。とりあえず嫌われてはいないんだなって。

 小学校の時、ちょっといじめられてたので」

 中野君はそう言うと、笑顔を見せました。

「吹奏楽部に来た時も、緊張したせいでお腹が空かなくて、せっかくのお菓子が食べられなかったんです。でも、先輩達が可愛いって言ってくれて。それで安心して吹奏楽部に入部出来たんです。

 なのでボクは、可愛いって言われるとむしろありがたく感じます」


「あ、一番最初に可愛いって言ったのって、私だよね?」

 先輩の一人が、嬉しそうにたずねます。


「すみません、誰かは覚えてないです」


「なんでよぉ!?」

 そう言って先輩が大袈裟(おおげさ)に嘆くと、音楽室に皆の笑い声が響きました。


「す、すみません。まだ顔とか全く覚えられてなかったんですよ。部活の状況がいじめられた時と似てて、怖くて」

 中野君は恥ずかしそうに頭をかきました。

「小学校の時、正式名称は忘れたんですけど、カラーバンドって言うんですかね? マーチングバンドでパレードして学校から駅まで歩くやつの、棒みたいなのを振る役の募集があったんです。

 それの衣装の帽子が、いわゆる昔の漫画家の帽子みたいな、こう……なんて言うんでしたっけ、丸いやつで」


「ベレー帽?」

 松永さんがそう聞くと、中野君が嬉しそうに頷きました。


「そうです、ベレー帽みたいなやつで。ボクは子供の頃、漫画家になりたくてですね。あれを被るのが夢だったんです。

 だからその衣装の写真を見た瞬間から、すごくやりたくて。男子では一人だけでしたけど、手を挙げたんです。その日は、家に帰ってからお父さんとお母さ――父と母に自慢して、母に見に来てって言いました」


 訂正した事がおかしくて、先輩達が笑います。

「別に、お父さんとお母さんで良いって」

「そうだよー。格好付けるな、可愛いんだから」


 笑って貰えて、中野君の緊張が少し解けました。中野君は嬉しく思いました。

「えっと、それで……理由は忘れたけど、翌日になってからやっぱり抽選って事になったんですよ。人数が多かったみたいで。でも、ボクはジャンケンに勝てて。

 それでとりあえず安心してたんですけど、落選した女子もお母さんに話してたみたいで、やりたいって言って泣き出しちゃったんです」


「ひえー」


「それで、男の俺が辞退するべきみたいな感じになって。

 俺――あ、ボクは……」


「俺で良いって! ボクも可愛いけど」

 また、先輩が茶化しました。


 中野君は微笑んでから、思い出話を続けます。

「その頃の俺は、本当に心が狭くて。

 おかしいって思っちゃったんですよ。他の全員でもう一度ジャンケンするならともかく、有無を言わさず譲らないといけないのかなと。

 俺より楽しみじゃない奴が絶対に当選者の中に居るのに、なんで俺なんだよって。

 だから、ジャンケンしてよって言ったんです。そしたら、当選してた女子の一人が『じゃあ私が抜けるから! それで良いんでしょ!』って怒鳴って、話が終わっちゃって。

 ――それから、すぐに男子にいじめられて。その内、カラーバンドの練習中にだんだん女子にも無視されるようになって」


「クラスメイトの人、ひっどいね!」

 感情のこもった声で、松永さんが言いました。


「もしかしたら俺が他にもたくさんワガママ言ってて、ついに堪忍袋の緒が切れたって感じだったのかもしれないですけど……」

 と、中野君は苦笑い。


「そんなことないって! 絶対におかしいよ、その人達」


「まあ、それは今はどうでも良くて。松永さんにそんな暗い話をしたかったんじゃなくて、初日に緊張していた理由を先輩達に伝えたくて」

 中野君は内心嬉しく思いながらも、あえてそう言いました。

「この吹奏楽部って、女子ばっかりじゃないですか」


「うん」


「最初、小学校のその思い出が頭によぎったんですよ。男子一人で他は全員女子っていう、男女比の関係がカラーバンドの時に似てて。

 本当に俺、松永さんくらい背が低い人じゃないと最初が怖くて。

 だけど、怖くてまともに会話が出来なかった俺にも、ここの人達はすごく優しくしてくれて。すぐに慣れるから大丈夫だよって、優しく言ってくれて。

 お菓子も、家に帰ってからなら食べられるだろうからって、わざわざおみやげにしてくれて。

 それが俺、本当に嬉しくて……」

 中野君はそこまで言うと、涙を流しました。

 驚いたように、とっさに手で目をこすります。


「あっ、手で(こす)ったら痛くなっちゃうよ」

 と、松永さんが優しく言います。慌ててハンカチを中野君に渡しました。


 中野君は、笑いながら松永さんのハンカチで目を拭きます。

「部活の初日が怖かったワケを言わなきゃと思って話を始めたんですけど、先輩達が優しくしてくれたことを思い出したらなんか……今の俺って本当に恵まれてるなって、嬉しくなっちゃって……。

 すみません。思ったより説明が長くなっちゃいました」


 先輩達が中野君の頭を愛おしそうに撫でながら

「どう? 中野君、良い子でしょ?」

「中野と一回遊んでみてよ。合わなかったらポイして良いからさ」

「そうそう。ちょっとだけ夢を見させてあげてよ」

 と、次々に松永さんに頼み込みます。


「えーっと……」

 松永さんは、困ったように中野君と目を合わせました。


「お、俺が居ると断りにくいと思うので、外に出てますね!」

 中野君は立ち上がりながらそう言い、大慌てで出て行ってしまいました。


 一瞬の静寂の後、部員の一人が言いました。

「あいつってさあ、絶対に私より可愛い生き物だよね」


 返事は有りませんでした。


「いや、誰か否定してよお!」


 男子が居なくなった音楽室で、吹奏楽部の皆がゲラゲラと笑いました。

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