中野君、皆に笑われる。
吹奏楽部の優しい女子達に囲まれながら、中野君は自分なりに部活を頑張りました。
中野君は普段は真面目です。入部して数ヶ月、きちんと練習していました。
自主練の時間にすぐ恋の話かエッチな話を始める先輩達より、中野君の方がよっぽど練習時間は長かったくらいです。
女子にからかわれると、すぐに顔が真っ赤になる中野君。高一女子の平均身長より背が低く、童顔な中野君。
吹奏楽部のみんなは、中野君のことを大人しくて可愛い男子だと思っていました。
入部初日は食欲がなかった中野君ですが、すぐにお菓子を嬉しそうに食べるようになりました。特に、手作りお菓子には大喜びです。中野君があんまりお菓子の出来を誉めるので、一時期お菓子作りが部活内で流行ってしまいました。
吹奏楽部の皆は、中野君をすぐに気に入りました。誰一人、中野君の事を嫌ってはいませんでした。
制服が夏服に変わり、中野君にとっては女子の太ももが眩しい、嬉しい時期になりました。
中野君にとって大事件が起きたのは、夏休みが迫ったある日の部活中です。
いつも通り、先輩達は恋の話に夢中。
自主練の合間に、彼氏が欲しい彼氏が欲しいと、今日も皆で唸っていました。
先輩の一人が、何気なく中野君に話を振りました。
「ねぇねぇ、中野君も恋人欲しい?」
「欲しいです」
中野君は答えました。
「マジで!?」
先輩が話に食い付きました。
「あんまり興味なさそうなのに」
「彼女はかなり欲しいですよ。もし彼女が出来たら楽しいんだろうなって、ずっと思ってました。
俺、漫画でも恋愛漫画を一番読むんです。なんというか、恋愛漫画って続きが気になるんですよ。
けど、満足度はイマイチっていうか……昔から、一つ納得いかないことがあるんですよね」
中野君はそう言うと、思春期の始まりからずっと感じてきたこと――恋愛漫画の主人公は、何故あんなにヒロインを選り好みするのか――を語り出しました。
その内、中野君の周りに部員が集まってきました。しかし中野君は話に夢中で、最後まで堂々と自分の意見を言い続けました。
「――というわけで、彼女がいたら大切にするのになあって思ってて」
中野君の話が終わると、すぐに何人か同意しました。
「ああ、あるある。付き合ってみりゃ良いのにってやつ」
「あとさあ、女が明らかにキスとかして良い感じで迫って、男がなんもしないやつね」
「別にヤッときゃ良いじゃんね、あんなの」
みんなで、わいわいと盛り上がっています。
中野君は、クスクスと笑いながら先輩達の会話を聞いていました。
しかし、先輩の次の質問で顔が真っ赤になりました。
「中野君は、どんな女の子が好きなの?」
「それって、理想ってことですか?」
中野君は、ドキドキしながら聞き返しました。
「そうそう。タイプ的にどんな子?」
「えっと……どうなんだろ、分からないです。
安心する人は、良く笑ってくれる人とかですけど……」
中野君の言葉に、女子は可愛いものを見るように微笑みました。
「やっぱり笑顔なんだ?」
「しょっちゅうゲラゲラ笑う人って誰がいる?」
「高校だと居なくない? 中学から高校で激減するよね」
「さすがに、しょっちゅうはねえ……」
「そもそも、そういう事じゃなくない?」
「ワケ分からないタイミングで笑う人とか居るよね」
「それお前じゃん」
先輩達の話が、やや変な方向に進んでしまいました。
中野君は慌てて
「笑ってくれなくても、背が低い人とかは安心します」
と情報を追加しました。
「背が低い方が良いの?」
「俺の場合、相手が低い方が慣れやすいみたいです。俺より明らかに低い感じの人だと、なんだかあまり怖くないんですよね」
中野君の発言を聞いて、再び女子がきゃあきゃあと会議を始めます。
「中野っちより明らかに低いってなると、あまりいないね」
「二年で背が低いって言うと松永さんでしょ」
「あの人、私の肩くらいだよー。羨ましい」
「めっちゃ良い子だよね。私、話してていつも抱き締めたくなるわー」
「お前それはヤバイぞ」
「松永呼んでくる。文学部だよね」
「違う。文芸部の方。小説書く方」
「了解」
話があっという間に進んで、中野君が止める間もなく先輩が出て行ってしまいました。
数分後、松永さんが連れて来られ、吹奏楽部に歓迎されました。松永さんは、その場の謎の熱気に、不思議そうな顔をしています。それもそのはず、お菓子パーティーだと騙されて連れて来られたのです。
中野君は、松永さんの姿を見て驚きました。中野君がたまに学食や登下校中に見掛ける、密かに気になっていた小柄な女性――それが松永さんだったのです。
松永さんは、なんだか分からないまま机に案内され、座らされます。机越しに、中野君と向かい合う形になりました。
松永さんは、妙な空気を感じながらも中野君にペコリと頭を下げます。中野君も、慌てて頭を下げました。
吹奏楽部は松永さんにお菓子を食べさせながら、経緯を話し始めました。
説明が終わると、松永さんが中野君を見つめました。
松永さんはショートヘアの可愛い人で、はにかみながら中野君に微笑みます。目が合った中野君は、ドキドキして何も言えません。
興味があった女の子を紹介して貰えて、中野君は恥ずかしいやら嬉しいやら。顔が赤くなったまましばらく戻らず、皆に笑われてしまいました。