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「……とは言え長官は意外と人見知りなので、普通にテンパってもいる」
「メイスン君、ちょっと黙っててもらって良いだろうか」
なるほど。要件が単刀直入に過ぎたのは、事態の緊迫性の他にそんな理由もあったのか。
それはそうと、今更ながら「軍服のおっさん」は二人から「長官」と呼ばれているようだし、以後は「長官」と表記する事にする。
「あー長官、自分の心読まれたからってひどくない?
パワハラなの? バカなの?」
長官の言葉が物議を醸し、労働争議にまで発展しそうな空気。っていうか『状況は切迫している』んじゃなかったのか。
「えーと……」
次郎は目を泳がせながら、自分が発するべき言葉を探していた。
何故自分がここに呼び出されたのか、この三人が何者なのかも全くわからない状況で、本当に自分がここにいる必要があるのかという疑問が心の中に渦巻いていたのだ。
なにしろ、決まったばかりのアルバイトを急遽お休みしてここへ来ているのである。店長からの信頼度はだだ下がりだ。
今なら急いで向かえば「変なのに騙されたドジなやつ」でワンチャン笑い話に出来るかも知れない。
「いやいや美優くん、べ、別にパワハラとか、そういうわけではなくてだな」
「長官、了解した」
慌てて言い訳をはじめる長官と、納得した表情でうなずく黒ずくめ。次郎を見ている者は誰もいない。
なら俺、帰ってもいいんじゃないかな。次郎がそう思うのも自然である。
「では、僕はこれで……」
くるりと背を向けた次郎の襟首を、何者かが掴んだ。
そして。
≪ぬぅん!≫
エコー気味の声が響き、次郎の身体は掴み上げられ、部屋の中央にそっと下ろされた。
響いた声のテンションにそぐわぬ優しい扱い。まさに生まれたての子猫を扱うような……。
その優しさを持った腕は、部屋の隅にいる黒ずくめの男のものだった。つまり……。
「うわっ!
あ……あ……っ、この人、腕が……腕が……!」
そう、黒ずくめの男の腕が伸びたのである。
次郎は腰を抜かしそうになりながら、じりじりとドア方向へ後ずさった。
「はいはい、帰るのナーシ。
ワケわかんないだろうけど、結構ガチなのよねー。
この長官もあたしたちも、一応は国連安全保障局所属の国際公務員だし」
童顔最終兵器がにこやかに、さらっと重要な事を言った。
だが、次郎にとってはそれどころではなかった。なぜ自分以外の二人が驚かないのか信じられなかった。
黒ずくめの男の腕が伸びたのだ。しかも数メートルの長さに。そして次郎の襟首を掴んだのである。
既に腕は元の長さに戻っているが、その場にいる全員がその光景を見ていたはずなのだ。
「い、いやっ、で、でも! この人、今腕が伸びましたよ!
国連ってことは、外国の人ですか? 外国だからって腕伸びませんよね?
国連だと伸びるんですか?」
さすがにパニック状態の次郎。長官は次郎を優しくなだめるように、それでも無駄に大きい声量で言った。
「まぁ落ち着きたまえ、レッド。いや、田中君。順を追って説明しよう」
「ってゆうか、あなたたちはなんなんです!?
春の新戦隊って、子供番組でしょ?
僕は俳優でもないし、オーディション受けたりもしてませんよ?
何で僕が呼ばれたんですか!?
何で国連が出てくるんですか!?
何で僕がレッドなんですか!?」
長官が次郎を落ち着かせようとした発言は、完全に逆効果となっていた。
次郎が今まで疑問に思っていたこと、不審に思っていたことが、一気に噴出したのである。
「はいはーい。だ・か・らぁ。
……落ち着いて? ね?」
ここで童顔最終兵器が事態の収拾に乗り出した。しかし、ここまで逆上した男が簡単な色仕掛けで収まるのか。
「え? あ、はい……」
……収まるんかい。
「まず、いっこ誤解があるようだから、そこから説明しなきゃね。
ジロちゃんはテレビの戦隊モノと勘違いしてるみたいだけど……。
実はこれ、ガチなの」
「ガチって……」
思わず鸚鵡返しにつぶやく次郎。ガチというのはまさか……。
「そう。これはガチなのだ。
地球に迫る危機に対応するため、国連の肝入りで発足した地球防衛チーム。
それが、我々【究極……」
「ちょ、ちょっと待って下さい。
地球に迫る、危機……?」
長官の説明を遮って、次郎が声を上げた。
さすがに、いきなり『地球の危機』なんて大人が口にするとは。童顔最終兵器がガチと言っていたが、次郎には、にわかに信じがたかった。
「それについては、メイちゃんが詳しいよ。
メイちゃん、説明して?」
童顔最終兵器が黒ずくめに顔を向ける。
……沈黙。
「……。
……メイちゃん?」
≪長官が、黙っていろと≫
黒ずくめのエコー風の声が響いた。だが、黒ずくめの男は口を開いていない。
「え? こ、この声、まさか……! 腹話じゅ……」
「だからって直接頭に語りかけないで!
もう、長官!!」
黒ずくめの男は声を使わずに、直接テレパシーで語りかけてきていたのである。
読者諸氏におかれては、今後テレパシーでの台詞は≪≫で表記する事をお含み置き頂きたい。
とにかく、ちょっと頭の悪そうな勘違いを口にしかけていた次郎は、ぎりぎりで恥をかかずにすんだわけだ。
「メイスン君、さっきの命令は取り消しだ。
レッドに、現在地球に迫っている危機について、レクチャーを頼む」
「了解した。
説明しよう。現在、この地球には、暗黒星団ゴズメズーンの魔の手が迫っている」
黒ずくめが厳かに口を開いた。