謎
人生の転機は、何の前触れもなく訪れる。
田中次郎にその転機が訪れたのは、24歳の春の事だった。
「えーと、貸し会議室「料亭」……。ここか」
田中次郎はその建物の前で、手にした葉書に印刷された地図を念を入れて確認した。
「……それにしても、なんで俺が呼び出されたんだろ」
葉書の文面にもう一度目を通し、考え込む。現在は指定された時間の15分前。まだまだ彼が頭を悩ます時間は充分にあった。
【春の新戦隊召集のお知らせ】
これがこの葉書に大きく印刷された表題である。5色に色分けされたポップなフォントが、否応なく次郎の目を引く。
(戦隊って、やっぱりアレだよなぁ……。
ほら、あのなんとかレンジャー! ってやつ。
俺、そんなのに応募したりオーディション受けたりとかしてないんだけどなぁ……)
次郎は葉書の宛名を確認してみた。もちろん間違いなく自分宛だ。この葉書を受け取ってからすでにもう数え切れないほど確認しているが、やっぱり宛名が変わるわけはない。
時間は刻々と迫ってきていた。次郎は建物に入り、エレベータで3階に上がりながら、さらにもう一度、ダメ押しで宛名を確認した。
もちろん、宛名が変わるわけはなかった。
田中次郎は、いわゆる普通の「大卒フリーター」である。
アクションの経験はおろか、演技の経験すらない。そもそも運動神経もあまりよろしくない。
では、何故【春の新戦隊召集のお知らせ】が送られてくる事になったのか――。
「302会議室。……ここか」
指定された会議室は目の前。部屋番号も間違いない。そして時計の針は指定された時刻の3分前を指している。
さすがにもう、覚悟を決めるしかない。
次郎はそろそろと、302会議室のドアを開けた。
「失礼しまーす……」
「時間通りだな。よく来てくれた。レッド。
早速だが、地球は狙われている!!」
次郎を迎えたのは、無駄に声量のある、おっさんの野太い声だった。
「……は?」
次郎のこの反応は当然だろう。次郎は面食らいつつ理解不能でありつつ驚きつつ……という、かなり複雑な心持ちになっていた。
「ちょっと、長官。いくらなんでも唐突すぎでしょー?」
ちょっと鼻にかかった、ハスキーがかった、高めの声が響いた。もう、アニメのような可愛い女子を強制的に想像させられてしまう声だ。
「……俺は知っている。
あれは人間が「どん引き」をしている時の顔だ」
次に響いたのは闇雲に低い声。少しこもっているかのように聞こえるその声には、何故か軽くエコーがかかっているようだった。とは言えはっきりとクリアに聞き取れるのだから不思議なものである。
次郎は改めて室内を見回した。
「料亭」とは名ばかり(本当に名前だけ)で、完全に「ちょっと狭めの貸し会議室」である。7~8人で会議をするのにちょうどいいくらいだろうか。
声の主は、三人。
まずやたらと声量のあるおっさん。
大時代な軍服を着て、巨大な八の字髭、そして太く濃い眉がいかつい、いかにもな感じの男だ。
そして声にぴったりの美少女。
赤を基調とした、フリフリたっぷりのヘソ出しファッション。スカートは大きく広がり、膝上十数センチまで完全露出している。まさにもうメイド服か女の子ヒーローのコスチュームだ。真っ赤な片脚ニーハイがまぶしい。ピンクから赤へのグラデヘアはツインテールに束ねられていて、もうほんとお約束感満載。
だが諸君。ヘソ出しに気を取られてはいけない。その直上にある、女性特有の幸せなふくらみは、もうむしろ凶器レベル。童顔にこの推定Fカップの胸は、最終兵器と言っても過言ではないだろう。
最後の一人は、存在感が独特だった。
全身黒尽くめのスーツ。エコーのかかったような声同様、身体の輪郭さえぼやけて見えるような、そんな心許ない風体。だがそこに何かが秘められている事を予感させる、危険な男。
次郎はそれだけの視覚情報を得る事ができたが、結局この連中がなんなのかはさっぱりわからなかった。
「うむ。確かに、事態が急を要するとは言え言葉が足りなかったようだ」
腕組みをして『わかっとる。みなまで言うな』感を出しつつ、軍服のおっさんが厳かに口を開いた。
「レッド。いや、田中次郎君。
どうだ、改造手術を受けてみないか?」
「……はい?」
次郎の顔に恐れの表情が浮かび、思わず二三歩後ずさりする。そりゃそうである。単刀直入といえば聞こえは良いが、それも度が過ぎれば単なる意味不明だ。しかも改造手術とか、危険な香り満載である。
「……むしろ悪化してるんだけど。
説明へたくそなの? バカなの?」
呆れ顔の童顔最終兵器。その風貌にそぐわず、いささか辛辣な性格であるようだ。そそる。
「まぁそう言うな。
状況はそれほど切迫しているのだ」
「まぁそう言うな。
状況はそれほど切迫しているのだ。
……あの、メイスン君。私の言う事を先取りするのはやめたまえ」
黒ずくめの男が言った言葉をそっくり繰り返し、軍服のおっさんが抗議の声を上げた。
起きた現象からすると、軍服のおっさんが黒ずくめの男の言葉を繰り返した形だが、実は黒ずくめの男が軍服の言おうとした事を先読みしたらしい。ある意味ネタバレ的行為である。
しかしこのネタバレ行為に何の意味があるのか。
「あのー……」
次郎の声に、少しイラッとした響きが乗ってきている。無理もあるまい。
黒ずくめの男は、フォローする必要性を感じたのか、次郎へ顔を向けた。