獲れたて?新鮮マグロちゃん!!
家に帰ると、部屋の真ん中に女の子が眠るように横たわっていた。そしてその周りを鉢巻きを締めた屈強そうな男達が取り囲み、僕を見るなり、先頭の男がスッと手を挙げてメガホンを口に当てて声を出した。
「えー、本日の目玉! クロマグロ56kg! 1200円から!!」
男がメガホンを上げると、周りの男達が次々と声を出した。
「1500!」
「1700!」
「1900!」
次々と値の上がるクロマグロ。僕は扉を開けた手のまま、茫然と見るしか無かった。
「2000!」
一際背の高い男が手を上げると、他の男達から歓声が上がった。そして皆が沈黙してしまった。
「ないか!? 他ないか!?」
チラチラと僕の方を見てくる男達。これはつまり、そういう事なのだろうか。
「……2200円」
「はい2200!!」
「2300!」
「2500!」
「2700!」
僕の一声が呼び水となり、男達が再び沸き上がった。
「2900!」
「んー3100!」
「…………」
「…………」
男達が再び沈黙し、僕の方をチラチラと見てくる。そして机に置かれた豚の貯金箱へと目配せをする。確かあの中には3210円程入っていったはず…………。
「3200!!」
一人の男が大きな声で手を上げた。
「3200! 他ないか!? 他ないか!?」
チラチラと見てくる男達。そして横たわっていた女の子が片目を開けて僕をチラチラと見ている。これはつまり完全にしてやられたと言うわけだ。
「……3210円」
「はい決まりー!!!!」
男達がガヤガヤと何かを喚きながら部屋を出て行く。先頭の男が去り際に僕の貯金箱を抱えて行った。出来れば返して欲しい。
「…………」
残された僕と横たわる女の子。女の子が僕に見えないように、こっそりとリップを塗っているが、壁の鏡に移って丸見えである。
──ガラッ!!
「へいらっしゃい!!」
今度は板前風の男が、ピカピカの包丁を持って部屋へと現れた。
「もしもし警察ですか?」
スマホを手にするが、コトンと上半分が床へと落ちる。板前風の男が包丁を手にニヤリと笑い、僕は青ざめた。
「マグロ解体ショーの始まりでおま!!」
横たわっていた女の子が、いつの間にか大きな木の板の上にうつ伏せで寝そべっている。準備が良すぎてツッコミが追いつかない。そして何故か僕が通う高校の制服を着ている。
「お客さんはトロは好きかい!?」
威勢良く声を発する板前風の男に僕は「サーモンが好きです」と冷静に返した。
「はいよ! 先ずは中トロ!!」
話を聞かない板前風の男は、指先で女の子のスカートを指差し、僕に包丁を手渡した。
「ココ チュウトロ オスキニスルヨロシ」
「──!?」
僕が何の事か分からず戸惑っていると、女の子が突然スカートを脱ぎ捨てた。
「アイヤー! 見事な中トロアル!!」
思わず目を摘むってしまったが、よくよく見ればスカートの下はスクール水着を着ていた。
「オキャクサーン? 『大トロ』ハ スキアルカァ?」
いつの間にか如何わしい中華街になったのか、男は女の子の背中をツンツンと指差した。
「……剥いで……良いのか……?」
僕の邪な呟きに、女の子と板前風の男が酷く頷いた。
「ヤル ヨロシ!」
「お、おう……!!」
僕は包丁を手に女の子へと近寄った。
──ポーイ
しかし僕より先に、女の子は自分の手で上着を脱ぎ捨ててしまった!
「アイヤ 残念!! しかし見事な大トロアルヨ!!」
喋りが統一されず、取り敢えず読みやすさを重視した男は、うつ伏せで良い感じに押し潰された大トロを指差し、僕に微笑んだ。それを見て僕もニッコリと微笑んだ。
「ネギトロ イクアルカ!? ネギルカ!! ネギトルアルカ!?」
ネギトロと言えば骨際の美味しい身の事。つまりその衣服は全て……!!
「お醤油をかけてね♡」
女の子が初めて言葉を口にしたとか、そんなことすら気にならない位、僕は我を失った。
「オォ! スシクイネー!」
男が後ろで写真を撮っているが、もう僕はそれどころではない!!
「こうしてママとパパは結ばれたのよ?」
「聞くんじゃなかった……」
アルバムに残された謎の写真の謎が解けた所で、私は全てを忘れることにした。