王子の婚約者である君 (騎士視点)
騎士視点のお話です。
楽しんで頂けたら嬉しいです(*ノωノ)
僕は騎士の家に生まれた。
名はリチャード、父の伝手で物心ついてすぐに城へ赴き、クリストファー王子と対面した。
生意気そうな見た目に反し、理知的な方で、すぐに意気投合したんだ。
それから僕は将来彼を守るためにと、騎士の道へと進むことになった。
そんな時にやってきたのが、公爵家の令嬢であるエリザベス。
男の中に女が入ってくるのが何だか気に食わなくて、最初は相手にしていなかった。
だけど彼女も活発で、僕の態度などお構いなしに割り込んできた。
彼女は王子とよく似た性格で、気が付けば仲良くなっていたんだ。
クリスとリサはどちらも気が強くはっきりとものを言うからよく喧嘩をする。
険悪になる二人の仲裁をするのが僕の役目。
僕が間に入ると、二人は素直に話を聞きすぐに仲直りする。
そして3人で笑いあうんだ。
これからもずっと3人で笑いあいたい、そんな大事な存在だ。
けれどもリサと過ごしていくうちに、僕の中にある感情が芽生え始めたんだ。
彼女の笑みを見て嬉しいと感じ、傍に居ると何だか落ち着かない。
会いたいと思う気持ち、だけど会うと真っすぐに彼女を見られないそんな不思議な感情。
最初はこれが何なのか、わからなかった。
けれどある日、リサと王子の婚約が発表された。
二人は何も知らされておらず、彼らはずいぶん怒っていた。
お互い不平不満の言い合いで、クリスは聖女と結婚したいと、そう話した。
リサも王妃なんて自由が奪われるものにはなりたくないと、そう言った。
だけど僕はそんな二人を見てお似合いだと思ったんだ。
王子は王になる為の素質は十分にあるが、人の気持ちを汲み取れないところがある。
リサは器量が良く、周りをよく観察し、相手を見て空気が読める。
王子に気後れすることなく間違っていることをはっきりと言葉に出来る女性。
二人が結ばれれば、きっとこの先より良い国を創っていくだろうとは安易に想像できる。
二人を宥めながら、婚約を祝おうとした。
だけどわかっているはずなのに、納得できない自分がいた。
モヤモヤと渦巻く黒い感情。
二人の姿を真っすぐに見られない、素直に祝福できない。
何だか叫びたくなるこの感情、悔しい悲しいと複雑な想いが込み上げる。
心地よい関係だったはずなのに、二人を見ていると苦しくなる。
そんな僕を心配して、気にかけてくれる二人。
申し訳ない気持ちと苛立ちが交ざって……。
だけど成長していくにつれて、気が付いたんだ。
リサの笑顔を見て、その笑顔を僕が守りたい、クリスに渡したくない。
僕はリサを好きだったのだと。
けれど気が付いた時には、もう手の届かない存在だった―――――――。
婚約が正式に決まり、不平不満を漏らしていたリサがある提案してきた。
この世界へ稀にやってくる聖女を召喚すると。
それは良い案だと賛同する王子を横目に、僕は嬉しいとの気持ちが込み上げた。
だけど正直無理だろうとわかっていた。
今まで誰も聖女を召喚したことなどない、いつもならここで止めにはいるのだが、僕は何も言わなかった。
聖女を召喚すると決めた彼女は、よく図書館へ行くようになった。
聖女に関する書物を読み漁りうんうんと頭を悩ませる姿。
そんな本など存在しない、していれば今まで見つかっていないのはおかしい。
見つからないとわかっていながらも、もし見つかれば……そんな希望が胸に奥にくすぶった。
図書館で悩む彼女の傍に近づいていく人影に、僕はスッと隠れるとコッソリと様子を窺った。
彼女の隣へ腰かけ、軽く頭を叩いたのはクリス。
話している内容は聞こえないが、怒る彼女の反応を嬉しそうに笑うクリスを見ていると、その瞳が僕と同じだった。
本を読み進めようとする彼女にちょっかいを出し邪魔をする。
その姿に王子の本当の気持ちに気が付いた。
彼も僕と同じで彼女を好きなのだと――――。
クリスが彼女を想っていないのなら、僕の気持ちを話そうと思っていた。
だけどこれまで通り3人仲良く居続けるには、二人を祝福しなければならない。
だから僕はこの気持ちを一生口にしないとそう心に誓った。
リサのことは諦めようと、僕は両親の紹介で婚約者を作った。
相手には悪いが誰でもよかった、彼女を忘れるためだけに必要な存在。
僕より格下の家の令嬢で、美人というよりは可愛らしく、リサとは違いお淑やかで令嬢らしい令嬢。
とてもいい女性だ、これならと……リサを忘れられるように努力したけれど無駄だった。
彼女を諦めることが出来ないまま、聖女を召喚する方法は見つけられず、僕たちは18歳になった。
僕は騎士学園を無事卒業し、近衛騎士団へ入ると、彼女の護衛についた。
新参者が王妃になる彼女の護衛なんてと思うかもしれないが、彼女が僕を選んでくれたんだ。
その事実だけで、想いが溢れそうになる。
だけど彼女はもうすぐ王妃となる。
刻一刻と彼女が婚礼の日が近づく中、あの日彼女が古い本を持って聖堂へと入って行った。
そこで彼女が目の前から消えたんだ。
本当に突然で、一瞬何が起こったのかわからなかった。
だけどいたはずの彼女がどこにもおらず、探しても見つからない。
王子にすぐに報告し、僕は罰を受ける覚悟をしていた。
けれど王子は咎めなかった、聖堂という場所は時折人が消える事があるらしい。
だからあそこには誰も近づかないのだと、教えてくれた。
このことは彼女にも伝えていたようだ、自業自得だとクリスは聖堂をじっと睨みつけていた。
彼女がいなくなって、王子は女遊びをやめた。
後から聞いた話だが、手当たり次第に女を抱いていたのは、リサと結婚した初夜の練習の一環だと話していた。
後はリサに少しでも自分を男として見てほしいと、そんな気持ちがあったらしい。
リサにはまったく伝わっていなかったようだけれど……。
彼女がいなくなって一年が過ぎたあの日、聖堂の鐘がなった。
最初は信じられなかった。
慌てて聖堂へ向かうと、そこに居たのは二人の女性。
一人は黒髪に黒い大きな瞳をした、可愛らしい女性。
もう一人の女性は同じ黒髪に黒い瞳だが、目に変なものを付け、髪はボサボサで表情はあまり見えない。
最初はどちらが聖女だと戸惑ったが、答えはすぐにわかった。
可愛らしい女性はこちらの言葉を話し、そしてここへ来る前に鐘の音を聞いたのだと。
もう一人の女性は言葉が分からず会話すらできない。
王子と聖職者と話し合い、杏奈という異世界の女性を聖女として城へ招いた。
そしてもう一人の女性は聖女ではないと判断され北の塔へ移された。
北の塔は城から大分離れ、孤立した場所だ。
面倒事や匿いたい者を閉じ込める。
そんな面倒事の相手をクリスは僕に命じた。
最初はとんだ面倒事を任されてしまったと頭が痛い毎日だった。
聖女を見ているとあまりに違う生活様式。
聖女と違いコミュニケーションをとる手段がないのも致命的だ。
どうしたものかと思っていたが、実際に彼女の世話を始めてみると杞憂となった。
彼女はこの世界を知っているかのように馴染んでいた。
聖女が驚いた食事や湯あみ、マナーを彼女は自然と行う。
寧ろ貴族令嬢と思うほどに洗練されていた。
ある日、言葉を学ぶ彼女にハーブティーを用意した。
このハーブティーはリサが好きだったものだ。
香りが鼻孔を擽ると、今でも彼女の姿がはっきりと思い起こされる。
彼女はどこへ行ってしまったのか……。
僕は勉強する彼女の肩を叩きハーブティーを差し出すと、眼鏡というもの越しに嬉しそうに笑う彼女を見た。
その姿がリサと重なった。
彼女もハーブティーを用意すると、嬉しそうに笑う。
目の色も髪の色も違う彼女の笑みが、なぜか彼女ととても良く似ていると思ったんだ。
その笑顔が忘れられなくて、僕はハーブティーを淹れるようになった。
その度に彼女は嬉しそうに笑ってくれる。
次第に彼女が気になりよく観察してみると、笑顔だけでなく仕草や反応がリサとよく似ていることに気が付いた。
例えば食事だ。
その日はたまたまリサの好物が用意されていた。
夕食を持っていくと、彼女は目を輝かせ嬉しそうに食べ始める。
そのマナーも完璧だ。
聖女様は見た事の無いこの料理の食べ方が分からなく、暫く手を付けなかった料理。
しかし彼女は知っていたのではと思うほど、綺麗に完食した。
他にも同じような出来事が続いた。
リサとよく似ている、もしかして何か繋がりがあるのかもしれない。
けれど言葉が通じない以上、確かめるすべはない。
まだまだ語学を始めたばかりの彼女では到底理解できないだろう。
だけど世話役になって数か月後。
彼女を連れて初めて塔の外へでたあの日、僕は確信した。
彼女は言葉をわからないふりをしているのだと。
だがなぜ言葉をわからないふりをしているのか、そもそもそれは不可能ではなかったのか?
残っている聖女の書物では、聖女の言葉が全てこの地の言葉に変わる。
そう記載されていたはずだ。
元の言葉が自然に変換されているのだから、元の言葉はこちらでは発せないと―――――。
考えてもわからないと悟った僕は彼女に問いただそうと試みた。
けれど彼女は言葉が分からないふりをして、答えてはくれない。
お手上げだと思っていたあの日、事件が起きた。
塔の近くで火災が発生したのだ。
僕は慌てて塔へ向かうと、そこに愛しいリサの姿。
髪の色も目の色も違うが、間違いなくエリザベス。
驚きすぎて固まっていると、彼女が半泣きでこちらへ振り返り、僕の名を呼んだ。
すぐに彼女の腕を取り塔から脱出させると、僕は人目を避けながら離れた丘の上へやってきた。
彼女を抱きしめ存在を確認する。
温かい熱が伝わると、離したくない、そんな気持ちが込み上げた。
彼女を下ろし腕を掴めると、真っすぐに見つめる。
一年前とは違う黒い瞳、だがその奥にある光は同じもの。
「あなたは……エリザベス様なのですか?」
問いかけてみると、彼女は狼狽した様子で首を横へ振った。
言葉がわからないふりも忘れ、エリザベスとは誰なのか質問すらない。
必死に否定しているが、その行動こそ自らがエリザベスだと認めていると同じ事だ。
似ているとはおもっていたが、まさか本人だったとは予想外。
なぜ隠していたのか彼女に問いただすと、私が聖女だとクリスが知ればがっかりするとそう話した。
そんなはずはない。
寧ろ喜んだだろう、だけどそれは口にしない。
今もまだクリスはリサを想っているのだろうか。
風にのって焦げた匂いが鼻孔を擽る中、火は沈下したが北の塔は燃え尽き灰が舞っている。
そろそろ城へ戻らなければいけない。
近衛騎士の僕の役割は、彼女を連れて城へ戻り全てを報告すること。
報告すれば彼女はクリスと結婚し、聖女となるだろう。
だが触れた彼女の熱にその瞳に、躊躇する自分がいる。
リサだということは隠して欲しいと、聖女になりたくない、そう話す彼女の言葉に僕は思わず彼女を抱きしめる。
このまま僕だけのリサとして、閉じ込めてしまおう、そんな考えが頭を過った。
火災が治まった翌日、僕は城へ帰りクリスへ報告した。
北の塔にいた女性は助けられず、死体は燃えてなくなったてしまったと。
そして格下の令嬢との婚約を破棄し、彼女を両親へ紹介した。
身元がわからない彼女の存在に猛反対されたが、僕は強引に話を進めすぐに結婚したんだ。
彼女との新婚生活は幸せだった。
新居を立てて屋敷から離れ、二人だけの生活。
家に帰れば彼女が迎えてくれて、他愛無い話に花を咲かせるそんな日常。
軽いキスをするだけで真っ赤に頬を染める彼女が愛おしい。
もちろん好きだとはっきりとした言葉はない。
だけど傍に居てくれるそれだけで満足だった。
だって彼女は僕のものになるはずのない人だったから。
けれどそれは長くは続かなかった。
あの日、僕は仕事が休みで二人で街へ出かけた。
馬車を用意し市街地へ向かい、食事をしたり買い物をしたり楽しんでいた。
馬車を降り街中を歩いていると、そこになぜか聖女様がやってきたんだ。
彼女の姿を見て泣きながら抱きついた。
どうしてここのいるのか、狼狽する中、馬車が傍に停車した。
聖女がここにいるということは……きっとクリスも?
恐る恐る振り返ると、そこにクリスの姿。
抱き合う二人の姿を見て固まっていた。
「うぅぅっ、よかった……ッッ、生きてた。私、私……耐えられなくて……聖女じゃないのに……こんな……ッッ。私が塔にいくはずだったのに……ッッ」
泣きじゃくる聖女に狼狽するリサ。
リサは戸惑いながら聖女を抱きしめると、ごめんと何度も謝っていた。
「ごめんじゃないよ!私が死ぬはずだった……、なのに二度も助けてもらったうえあなたを失って……。私……里咲さんが死んだと聞いてすぐ彼に本当のことを話したわ。私が聖女じゃなくて、あなたがそうなんだって……ッッ」
「杏奈さん落ち着いてッッ、全て話してしまったの?あぁ……それはまずい……ッッ」
リサは恐る恐るに顔を上げると、クリスへ顔を向ける。
黒い瞳にははっきりと彼の姿が映し出されると、彼女は誤魔化す様に苦笑いを浮かべ、聖女がよくしていた仕草でペコリとお辞儀をした。
リサと目が合い、ハッと我に返ったクリスは慌てて駆け寄ってくると、リサの腕を取る。
「お前……エリザベスなのか?」
「あー、うん……ごめん」
重い沈黙が包み込むと、クリスは顔を上げ僕に視線を向ける。
「リック、これはどういうことだ。彼女は死んだと聞いたが?」
クリスの質問に即答できなかった。
こんな市街地にクリスが来ているとは想定していない。
異世界から来た女性が生きていて、それがリサなのだとバレてしまった。
何をどう話しても、言い訳にしか聞こえないだろう。
だけどこのままリサが奪われてしまうのは耐えられなかった。
僕は思わずリサの腕を掴みクリスと睨みあっていると、リサが慌てた様子で間にはいった。
「待って、待ってクリス。リックは私を助けてくれたの。あの日私がエリザベスだと彼に知られてしまって……。だけどどうしてもばれたくなくて……それに聖女にもなりたくない。だから無理を言って彼の屋敷に匿ってもらってたの。ごめんなさい」
リサは真っすぐにクリスを見つめると、悲し気に瞳を揺らす。
「……なぜリサだと隠したんだ?」
「それは……あなたは聖女を望んでいたでしょう。私が聖女だとわかれば残念がると思って……」
たどたどしく話す彼女にクリスは強引に腕を掴み引き寄せると、そのまま馬車に乗せる。
その刹那振り向いたクリスは、傷ついた表情を浮かべていた。
その姿にもう昔のような関係には戻れないのだと悟った。
原因は僕にある、こうならないように忘れようとしたはずだった。
なのに全てを失ってしまった。
後日僕の家に城の遣いがやってくると、処分が言い渡された。
リサが庇ってくれたのだろうか……近衛騎士団から除名されることなく、停職処分3か月と減給のみ。
もちろんリサは城に連れていかれたまま帰ってこない。
全ては僕の身勝手な行動が招いたことだ。
あの時正直に話していれば、今も3人で昔のように笑いあえたのかもしれない。
幼い頃の思い出がよみがえると、僕は新居で一人天井を見上げる。
戻れないその風景に想いを馳せながら、僕の頬には涙が伝っていったのだった。