迷子事件簿!?(後編)
店長と別れ、私が来たときのままの自転車で戻ると、既に荷物は家のなかに運び込まれていた。
店長、めるちゃんが来てから本当に気が利くようになったね。
私が家に入ると
「おねーちゃん、おかえいー!」
可愛すぎるお出迎えが待ってました。
「めるちゃん、起きてたのー?ただいまー」
「おかえいー!!」
めるちゃんはご機嫌さんで、足元にきゃっきゃとくっついてきた。
…お姉ちゃん、もう今死んでも悔いはありません。
「悪い。荷物、台所に置場なかったからテーブルの上に置きっぱにしちまった」
私が幸せ気分に浸っていると、
店長が「参ったな」と頭を掻きながら台所から出てきた。
「ですよねー」
そんなことだろうと思ったから、ゴミ袋と掃除道具も買ってきたんだよ!
「じゃ、掃除しますよ!店長も手伝って下さいね。めるちゃんは取り敢えずコレ食べて、お遊びしててねー」
「はーい!」
めるちゃんにおやつのクッキーとパックのオレンジジュースを渡すと、喜んで食べ始めた。
一人でも食べやすそうなの選んで良かった。
さて、めるちゃんがおやつ食べて一人遊びしてくれてる間に樹海(台所)の掃除をしてしまおう。
しかし、それは想像を絶する戦いとなった。
「何ですか、これ!10年前に賞味期限切れてるじゃないですか!」
「ね…年季が入ってるな…」
「年季どころの騒ぎじゃないですよ!」
「はい…」
「てか、この黒い物体ナニ?」
「…た、多分バナナ…?」
「牛乳が発酵して、半分ヨーグルトになっちゃってますよ?」
「……」
「ねぇ」
「ハイ」
「どうしたらこうなるんですか!?樹海どころの騒ぎじゃないですよ!もっとちゃんとして下さい!!」
「この度は本当に申し訳ございませんでした!」
ひねくれ店長が珍しく顔を真っ青にして、素直に謝るレベルの汚さ。
「店長はまな板と包丁とフライパンと鍋を買ってきてください。今あるのはカビが生えてて使えないので全て捨てます」
「承知しました!」
ということで、取り敢えず台所にあったものは問答無用で全て捨てた。
その後、パイプに超強力な洗剤を浸け、その間にコンロ周りとか調理台とか食材を置く棚とか冷蔵庫などなどを、店長への恨みを込めつつゴシゴシして、終わったら流し台も綺麗にして、食器も全て洗った。
そうしてる間に店長が帰ってきた。
「俺んちの台所ってこんな感じだったのか…!」
「そこ感動するとこ?」
まぁ、原型なかったもんね。
てか、台所掃除だけで1時間かかっちゃったよ。
時計を見ると、時刻は夜19時半。
もっと早くご飯食べて、早くめるちゃんを寝かし付けようと思ってたのにな…。
「今からご飯、超特急で作るんで、店長はめるちゃんの相手お願いします」
「任せとけ!」
急にやる気マンマンですね、めるちゃん大好き店長。
見違えるほど綺麗になった台所でハンバーグとポテトサラダを作る。
ポテトサラダを作りながらハンバーグをジューッと焼いていると、店長とお絵かきして遊んでいためるちゃんが寄ってきた。
「いいによい~」
「でしょー?楽しみにしててね~。店長!もうすぐ出来るので机の上綺麗にしておいて下さい!」
「ほーい」
ハンバーグを焼き終えたらあとは盛り付けて完成!
「できましたよー」
「いい匂いだな」
「いいによい~」
机に料理を並べてやっと晩御飯。
「「いただきまーす」」
「うまっ!」
店長はハンバーグを一口食べるなり感嘆の声を上げた。
「おいちーねー」
めるちゃんも満面の笑みでそんなことを言ってくれる。
「ありがとうー!」
「お前って、料理上手かったのな」
「独り暮らしですから、よく自炊するので。店長と違って」
「最後の一言は余分だ」
「間違ってないでしょ?」
「反論できません」
「「ごちそーさまでした!」」
「はい、お粗末さまでした」
二人ともハンバーグもポテトサラダも、ペロリと綺麗に完食してくれた。
特にめるちゃんは私のハンバーグをいたく気に入ってくれたようで、
「ハンバーグおいちかったー!」
と食べ終えてからもずーっと言ってくれている。
めるちゃんがそんなに喜んでくれたなら、台所の掃除、頑張った甲斐があったよ。
1時間の努力が報われたよ。
「それならよかったー。また機会があったら作ってあげるね!」
「やったー!」
さて、ちゃっちゃと食器を片付けて、お次は…。
「お風呂掃除してきます!」
「見てねぇのに汚い前提かよ」
「100%汚いでしょう?」
「…よろしくお願いします」
案の定、とってもとっても汚いお風呂を、店長への恨みを込めて力強く磨きあげる。
結果、台所同様、見違えるほどにピカピカになった。
店長への恨みパワー凄いわぁ。
私の日々の恨みパワーを経てピカピカになったお風呂を見た店長はというと、
「お前、掃除の天才か」
と自分への恨みをこのお風呂掃除で発散されているとは知らずに、ただただ感嘆の声を上げた。
「店長が掃除をしないだけです。よくあんな汚いお風呂に入れますね。もっと掃除したらどうですか?」
「ぐうの音もでません」
綺麗なお風呂にお湯を張って、ようやくめるちゃんお待ちかねのお風呂!
「…お前も入るのか?」
「私が入らなくて誰がめるちゃんをお風呂に入れるんですか?」
「……」
何か複雑そうな店長の事は放っといて、私は先にめるちゃんとお風呂へ。
「や~!くすぐった~い!」
「めるちゃん、逃げちゃダメ~!そうやって逃げちゃう子にはこうだっ!」
「きゃははっ!くすぐったいの~!」
遊びながら体を洗った後は、店長が玩具と一緒に買ってきておいてくれた水鉄砲とアヒルさんでめるちゃんと遊んだ。
お風呂を上がり、スーパーに併設されていた小さい服屋さんで買っておいた服に着替えて、居間に戻った。
「お先しました~!…って、珍しいことしてますね」
…店長が部屋の掃除をしていた。
「おぅ、上がったか。ここで寝るなら色々邪魔だろ?ガンプラ全部押し入れに突っ込んどいた。める、随分とはしゃいでたな。気持ち良かったか?」
「うん!たのしかったの~!」
「そうか、良かったな」
そう言って店長がめるちゃんの頭をわしわしすると、めるちゃんは「きゃーっ!」と楽しそうにした。
…本当の親子みたいだなぁ。
「ほい、ドライヤー。押し入れから出てきた」
「ありがとうございます!無いものかと思ってました」
「古いから威力弱いかもしれねぇけど、乾かさねぇよりはマシだろ。んじゃ、俺も風呂行ってくる」
「はーい」
「よーし、じゃあめるちゃん、ここに座ってねー」
「あーい!」
私はまずめるちゃんの頭を乾かし始めた。
「熱くなーい?」
「だいじょーぶー!」
めるちゃんの髪を乾かし終え、自分の髪を乾かし始めたところで、お風呂の方から何か声が聞こえてきた。
…なんだ?
私はドライヤーを止めて、風呂場の方に寄っていって、耳を澄ませた。
すると中から、
「気持ちいいなぁ」と聞こえてきた。
独り言か…。
と思って離れようとしたとき
「なぁ。気持ちいいなぁ、アヒルちゃん」
……。
まさか店長、アヒルちゃんに話しかけてる?
「…アヒルちゃんがいてくれて良かったな」
…大の大人の男が一人でお風呂に入って何を…
はっ!
もしかしたらあれなのか、私とめるちゃんがお風呂に入ってるときに楽しそうな声が聞こえてきたのに、自分は一人で静かにお風呂に入らなければいけない現実に気がついて、寂しくなったのか…?
それで、丁度お風呂場にいたアヒルちゃんに話し掛けて寂しさを紛らわしているのか…?
…待って。何これ、悲しすぎる…。
私は何だか泣きそうになりながら、居間に戻ってもう一度髪を乾かし始めた。
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「おふとーん!」
居間にお布団を敷くと、めるちゃんが布団に飛び込んだ。
「良かったな、める」
お風呂でアヒルちゃんに話し掛けていた可哀想な店長は何事もなかったようにお風呂を出てきたが、私は店長を見るたびに悲しくなって泣きそうになる(これは言い過ぎ)。
「さぁ、めるちゃん。おねんねしようねー」
「うん!」
めるちゃんは素直に布団のなかに入ってくれた。
本当に言うことすんなり聞いてくれる、素直ないい子や…。
めるちゃんの隣に寝っ転がって、下手くそだけど子守唄を歌っていたら、めるちゃんはすぐに眠りについた。
「眠ったか?」
「はい」
私が頭を撫でると、めるちゃんはくすぐったそうにした。
「篠原、ちょっと外に出ねぇ?」
「え?めるちゃんを置いてですか?」
「話がある。10分位で済む」
珍しく真剣な顔をして言う店長に、何かあるんだな、と思った。
「わかりました」
「やっぱ、夜は冷えますねー」
「もう11月だからな」
私と店長が外に出ると、人影が見えた。
…え、何かスキンヘッドの厳つい顔をした、如何にも本職です!みたいな人がいるんですけど…。
「おぅ、山内。手間をかけさせたな」
「うす!兄貴の為ならいつでも!」
…やっぱ、店長の家の人か…。
よくこんな所に立ってて、誰にも通報されなかったね…。
「篠原、紹介する。本家の山内だ」
「うす!山内っす!兄貴を慕ってます!よろしくお願いします!」
そう言って勢いよくお辞儀する山内さんに、私は少し圧倒されてしまった。
「えと、店長…あ、島田さんの同僚の篠原です。こちらこそよろしくお願いします」
「コイツは俺が本家と縁を切っても、俺がもう関わるなって言ってもしつこく慕ってくるんだよ」
「うす!兄貴には恩がありますから!何があっても一生付いていきます!」
「え?店長に恩?」
「…篠原。そんな心底信じられないみたいな顔をするな…」
「兄貴には命を助けて貰ったんで!」
「大袈裟なんだよ、お前は。それより本題を話せ」
「うす!」
あ、そういえばこんなことで私も連れ出されたんじゃないよな…?
「で、めるの身元と親は分かったのか?」
そうか。
店長はこの山内さんにめるちゃんの身元を探して貰ってたんだ。
もしかして、だからこそ今日はめるちゃんをコンビニから連れ出したのか…?
「うす。兄貴が保護した子供は平山 芽琉ちゃん。5才。彼女には…両親はおりません」
…両親は…いない…?
「…どういうことだ?」
「へい。実は彼女の両親は彼女が3才の時に失踪しておりまして。まぁ、その理由は恐らく抱えていた借金が返せなくて、海外へ高跳びしたって感じみたいですが。
で、彼女は引き取り手もなく、今養護施設におったようで…」
「…養護施設?何てとこだ」
…何か、嫌な予感がして、私は無意識に隣にいた店長の服をぎゅっと掴んでしまった。
その手に気づいた店長が私の手にそっと手を添えてくれた事に、私は気付かなかったけれど。
「…宮間養護施設っす」
「みやま、ようご、しせつって…」
「おいおい。マジかよ」
今朝会ったばかりのオーナーが紹介してくれた宮間養護施設の園長の顔が思い浮かんだ。
「…どういうこと。今朝会ったとき、そんな素振りはしなかったじゃない…。それどころか、芽琉ちゃん、私の後ろに隠れてて…」
「篠原…」
「あそこには、いい噂がありませんでした。幼い子供に漬け込んで、色々していたみたいで…」
「そんなこと、許されるわけないじゃない!」
私は怒りのあまり、思わず叫んでしまった。
それは、園長に対しての怒りでもあり、自分に対しての怒りでもあった。
「しのは…」
「芽琉ちゃんは…今朝…怖がってたんだ…っ!」
園長の顔を見て、怯えて、私にすがった。
園長が怖いって…思ってたんだ。
「わたし…っ、気づいてあげられなかっ…」
思わずボロボロと泣き出してしまった私の頭を、店長は撫でてくれた。
「仕方ねぇよ。そんなことだとは俺も思ってなかったし、悪いのはあの園長だ」
「でもっ、何で芽琉ちゃんを見て、あの園長は知らないフリをっ…?」
「…恐らくですが、一人減ってラッキーとでも思ってたんでしょう」
「っ、酷い…」
「山内!余計なこと言うな!」
「…でもこれが現実なんすよ、兄貴…」
「……」
「どうしますか」
「どうしますかもこうしますかもねぇよ。許しておけるワケねぇだろ。お前もそうだろ、篠原」
「とーぜんっ…!」
「おい、もう泣くなよ。ったく…」
そう悪態を付きつつも、店長は変わらずに私を慰めるかのように頭を撫で続けてくれた。
「まぁ、俺らに見つかっちまったのがあのクソ園長の運のツキだったな。おい、山内。俺を事務所に連れていけ。本当は行きたくねぇが、仕方ねぇ」
「うす!」
「篠原はここで待ってろ」
「え、でも…」
「事務所に来たって怖ぇだけだ。さっさと泣き止んで、ここで芽琉の子守りでもしてろ。…大丈夫だ。上手くやってくる」
「…わかりました。お願いします」
「…つっても、俺はヤクザじゃねぇし、本当は関係ねぇ奴だから、やってくださいって頼みに行くだけだけどなー」
そう笑って、最後に私の頭をぐしゃぐしゃっと撫でると、店長は山内さんの車に乗り込んだ。
「…頭、ボサボサになっちゃったんですけど…」
その文句が店長に届くことは無かった。
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30分後。
私が店長宅でスマホゲームをやって店長のの帰りを待っていると、チャイムが鳴った。
チャイム?店長じゃないな。誰だろ?
「はい」
とドアを開けると、山内さんが立っていた。
「うす。兄貴に篠原さんが心配だから一緒に待ってろって言われて来たっす!」
「…店長、心配しなくていいのに…」
私は苦笑いして、山内さんを中に入れた。
「この子が芽琉ちゃんっすか」
山内さんは布団で眠っている芽琉ちゃんを起こさないように小声で喋った。
「そうです。可愛いでしょ?」
「寝顔マジ天使っすね」
「それ」
山内さんも子供が好きなのかな、芽琉ちゃんを見て、凄いいい笑顔を浮かべてる。
厳つい顔に似合わず、いい人そうだなぁ。
私は台所に行って二人分のお茶を淹れ、布団の間の少しだけ空いている畳の所にお茶を置いた。
「あ、すんません。ありがとうございます!」
「いえいえ」
私が布団の上に座っても何故か山内さんは座ろうとしないので、私が
「座って落ち着いてください」
というと、山内さんはやっと
「いいっすか。じゃ、遠慮なく」
と座った。
「…私にそんな遠慮しなくてもいいですよ?」
「うす。しかし、兄貴の彼女ですから…」
「かっ…彼女じゃないですよ!?」
「え?違うんすか?自分にはそう見えたんで…すいません」
「断固として違います!」
「…そうなんすか…」
何でちょっとがっかりしているの、山内さん…。
「そっ、それより、山内さん」
「うす。何でしょう」
「店長に命を助けて貰ったって言ってましたけど…」
「あぁ、その話っすか!」
私が話題に出したとたん、山内さんは目を輝かせて、身を乗り出してきた。
え、そんな嬉しいの?
「何で…」
「これ、17年前の話なんすけど…」
17年前ってことは、店長が18歳の頃って事か。
…18歳の店長とか全然想像出来ない…。
「自分、借金抱えてまして」
「借金?」
「へぇ。5千万」
「ごっ…5千万!?」
桁が違う…。
「母親が病気しましてね、その治療代で。父親はもう自分が生まれてすぐに蒸発しちゃったらしくていなくて、自分には母親だけでしたから、何としてでも助けたくて借金してでも治療費を払って、お医者さんに母親の病気を治して貰おうと思ったんですよ。
でも自分はその時まだ19歳でしたから、5千万なんて大金を貸してくれる所なんてなくて。それで、仕方なく闇金に手を出しまして。
でも最悪な事に、母親が入院してた病院、治療費詐欺してるとこだったんすよ。
なんで、お金取られた挙げ句、母親の病気は治らなくて…。
そのあと病院は捕まったんすけど、でもお金は返してもらえなくて…それからは利息が付いた借金を返す為に、働いて働いたんすけど、毎日毎日取り立てが来るし、勝手に色々差し押さえられちゃうし、自分ももう首が回らなくなって…過労と栄養失調でぶっ倒れたんすよ。
で、もう生きていくのが辛くなっちゃって、
もう嫌だ、もう死のうって思って、病院の屋上から飛び降りようとしたんすよ。そこで出逢ったのが兄貴でした」
「店長と?」
何か意外な場所での出逢いに、私は少し驚いた。
「うす。その時の兄貴はバリバリのヤンキーでして。1人で10人と喧嘩して怪我して入院してたんすよ」
「1対10って、よくそんな勝ち目のない喧嘩したね…」
「何か分からないんですが、兄貴も色々抱えていたようでして…。
で、自分が飛び降りようって思って屋上の高い柵を乗り越えようとしてる時に偶々屋上に来たっていう兄貴が『あぶねーことしようとしてんなぁ』って後ろから声かけてくれて。
で『そっから降りて一緒に最期の珈琲でも飲まねぇ?死ぬならそれからでもいいじゃねぇか』って言われて…何故だか分からないんすけど、その言葉に抗えなかったんすよ」
山内さんは懐かしそうに遠い目をした。
「で、兄貴が珈琲くれて、『よかったら、死にたくなるほどの何があったのか、教えてくれねぇか』って言うんで、自分、思わず洗いざらい話しちまって。
そしたら、兄貴…泣いてくれたんすよ。『辛かったな、よく頑張ったな』って」
「店長が…泣いた?」
私は何だか信じられなくて、思わず聞き返してしまった。
「へぇ。自分もビックリしたんすけど。まさかこんな赤の他人のために泣いてくれる人がいるなんてって思って…。自分、それまでどれだけ辛くても苦しくても、母親が亡くなったときすら泣かなかったんすけど、でも泣いてる兄貴見たら自分も泣けてきて…おかしいっすよね。男二人で、病院の屋上で大泣きなんて…」
山内さんは自嘲気味に笑った。
「で、ひとしきり二人で泣いて。もう涙出ねぇって位泣いたあと、兄貴が言ったんすよ。
『借金なら、俺が丸ごと肩代わりしてやる。その代わり、死ぬな。そんで、俺についてこい』って。
自分、涙はもう枯れたと思っていたのに、また泣いちまって。それから、何があっても一生兄貴に付いてくって決めたんす」
「…っ」
私は思わず泣き出してしまった。
「…泣かないで下さい。芽琉ちゃんが目を覚ました時に心配しちゃいますよ。…話、続けてもいいっすか?」
私が無言で頷くと、山内さんはまた話始めた。
「宣言通り、兄貴は借金を全て肩代わりしてくれました。今思えば、あの頃の兄貴はまだ18歳だったのに、5千万なんて大金を他人のために背負うなんて、よくやってくれましたよね…。
更に退院後、兄貴はご本家に自分を連れてってくれて、親父さんに『こいつを雇ってやってくれねぇか。ただ、借金取りはさせないでくれ』って土下座で頼み込んでくれまして。
それで自分は無事、兄貴のご本家に雇っていただいてヤクザになりまして。でも、兄貴はヤクザには向いてないからってなれなくて家追い出されて、あちこちで仕事をし始めました。
だから自分、しばらくしてから言ったんすよ。
いい仕事も紹介して頂きましたし、兄貴に肩代わりして頂いた借金、自分が払いますって。
そしたら、兄貴、何て言ったと思います?」
「……了承の、返事したんじゃないんですか?」
「いえ。『俺はあのとき、お前の借金を丸ごと肩代わりしてやるって約束して、お前の借金、全部貰ったんだ。だからもうこれは俺の借金だ。頼まれてももう返してやらねぇよ』 って。自分、また泣いちゃいました」
そう言う山内さんも、泣きそうになってる。
「…兄貴、その借金まだ払ってんすよ」
「あ、もしかしてここに住んでるのって、ガンプラ買ってるからじゃないの!?」
「それもあるかもしれないすけど、」
あるかもしれんのか。
「何より、借金の返済にお金使ってるからでしょうね」
「そうなんだ…それって、まだ結構あったり?」
「いや、兄貴相当頑張ってくれたんで、もうあと少しみたいっす。…本当、兄貴は凄いっす」
…山内さんは心の底から店長を尊敬しているんだな。
「…私、今回で店長の見方が大分変わりました」
芽琉ちゃんの事といい、山内さんの事といい、意外とそういう優しさとかあるんだな…って今、凄く思ってる。(さらりと失礼。)
「だらしないかもしれないすけど、でも根は本当にいい人なんすよ」
「そうですね」
「…次は兄貴の面白い話でもしましょうか?」
泣いている私に気を遣ってくれたのか、山内さんはそう提案してくれた。
「面白い話…ぜひ聞かせてください!」
「いいっすよ!兄貴もまだ帰ってこなさそうですし。何から話しましょうか…じゃ、自分を初めてご本家に連れてってくれた時の、ど緊張兄貴の話とか」
「なにそれ面白そう!」
そうして山内さんの昔話を聞いているうちに、私はいつのまにか眠りについてしまっていた。
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「ん……え?」
私は目を覚ましたら知らない天井が見えて一瞬戸惑った。
しかし少ししてから、ここが店長の家であったことを思い出した。
起き上がって周りを見渡すと、隣の布団でぐっすり眠る芽琉ちゃんと、その奥の壁にもたれ掛かって眠っている山内さんがいた。
山内さん…昨夜はすぐそこにいたのに、なんであんなところにいるんだろう…。
ていうか、横になればいいのに…。
などと思いながら時計を見てみると、時刻は朝4時。
…店長はまだ帰ってきてないのか。
完全に目が覚めてしまったので洗面所に顔を洗いに行き、布団に寝っ転がって芽琉ちゃんの寝顔を見ていたら、玄関のドアがガチャリと開き、店長が入ってきた。
「あ、お帰りなさい」
芽琉ちゃんと山内さんが起きてしまわないように、小声で言った。
「おぅ、篠原起きてたのか」
「目が覚めちゃって…って、どうしたんですか、その傷!?」
店長は口の端を少し怪我して帰ってきた。
「あぁ、これか?…丁度事務所に親父がいてよ…入った途端に『何しに来やがった、この馬鹿が!』って思いっきり殴られた」
「えぇぇ…」
…付いて行かなくて良かった…。
「一応消毒しましょう」
「別にこれぐらい何ともねぇよ。それより、宮間の事はちゃんと話つけてきた」
「え、大丈夫だったんですか?!」
「俺の話には聞く耳持たずって感じの親父に無理矢理事情を話したら、『お前の頼みは一切聞くつもりはねぇが、子供たちがかわいそうだから何とかしてやるよ』って言ってくれた」
「組長…!」
めっちゃいい人や…!
「後は魔法を寝て待つだけだな」
「それを言うなら果報です…」
「……」
…折角今まで格好いい感じだったのに、締まらないなぁ…。
「ま、まぁ、そんな事だから安心しろ」
「店長…ありがとうございます!」
私が素直に礼を言うと、店長は照れ臭そうに頭をかきながら、そっぽを向いた。
「…別に礼を言われるような事はしてねぇよ。俺がしたかっただけだしな」
「…ふふっ」
「?んだよ」
「いや、縁を切っても、親子は親子なんだなぁって思いまして」
「あ?どういうことだよ?」
「いえ、別に何でもありません」
「はぐらかすなよ」
「気にしないで下さい。それより顔洗ってきたらどうですか?」
「…まぁいいか。シャワー浴びてくる」
そう言いながら店長は風呂場へ向かった。
10分後。
「何で上、服着てないんですか!?」
「騒ぐな!芽琉と山内が起きるだろ!」
「もう騒ぎませんから、早く服着てください」
「別にいいだろ。自分ちなんだしよー」
「良くないです。私がいるってことを忘れないで下さい」
「男の上半身裸くらいでつべこべ言うな!」
「店長はデリカシーって言葉覚えてください!」
思わずぎゃーぎゃー言い合っていると、山内さんが目を覚ましてしまった。
「んぁ?…半裸の兄貴と、スウェットの姉御…」
「あ、山内さんすみません。おきちゃ…」
「…すみません!帰ります!」
「えぇっ!?」
「何でだよ?」
「いや自分お邪魔みたいなんで!すみません、後はお二人で楽しんで下さい!あ、何なら芽琉ちゃんも連れ出します!」
「待て待て!お前なんの勘違いしてるんだ!?」
「山内さん、昨日も言いましたが、私と店長付き合ってないんで!帰らないで!そして私は姉御じゃないです!」
「今そこ突っ込むのかよ」
「え、でもこの状況は…」
「これは店長が悪い!山内さん。お願いですから、変な勘違いしないで下さい。考えるだけでおぞましいです」
「ひでぇ言いようだな!俺にも相手を選ぶ権利があるわ!」
「私にもあります!」
「…自分にはお二人はお似合いに見えますが…今も息ピッタリですし…」
「「やめろぉぉ!」」
…本当、最後の最後まで締まらないなぁ。
そして、これだけ騒いでも全く起きる様子もない芽琉ちゃんは最強なんじゃないかと私は思った。