クレーマー事件簿!?(後編)
「いらっしゃいませー、こんばんはー」
私が挨拶をすると、
「まだこんにちはじゃないの!?」
早速文句言われました。(もう19時です。)
「198円が一点、256円が一点…」
「ちょっと、何値段読み上げてるのよ!?」
「申し訳ございません、何か間違えがあるといけませんので、読み上げさせて頂いております。お気に障るようでしたら、止めさせて頂きますが…」
「読み上げないで!あと、あの値札との値段違うじゃない!?」
「申し訳ございません、値札に書かれているのは税抜き価格でして…」
「税込みで書いておきなさいよ!分かりにくい!!」
「申し訳ございません、上司と本部にそのように伝えておきますね」
こうやって、文句を聞けば聞くほど思う。
このおばさん、今までどうやって買い物をしてきたんだろう。
だって、大体のお店で値段の読み上げ登録は行われているし、最近のお店では大体税抜き価格で書かれてるし…。
…もしかして、これはあれか?
ただただ文句を言いたいだけなのか…?
「ていうか、遅いわね。早くして頂戴!」
「申し訳ございません。急ぎますね」
「最初からそうすればいいのよ!」
1分後。
「いい加減にしなさいよ!私はマンションのオーナーなの!時間があまりないの!早くしなさいよ!!」
……。
えぇぇぇぇ。
これはあれか。
ボンボンのお嬢様の「どんな我儘を言っても叶えてもらえる」ってやつ?
ていうか、マンションのオーナーってそんなに時間無いもんなの?
基本オフってイメージ何ですが…。
そして、そんな「権力(?)振りかざしてやったぜ!」みたいにドヤ顔されても、コンビニの店員とレジの機械からすればみんな平等なお客様なわけでして。
レジに商品を通す早さはこれ以上は早くなりません。
「申し訳ございません、只今最速でやらせて頂いております」
「おっそいわね!」
…あのさぁ、そんなに時間が無いならこんなに商品買うなっつーの!
つーか、お前これやってみろ!?
これでも私はレジ打つの早い方だ!
私はそんなかなりの怒りを抱えつつも、それをおくびにも出さずに、笑顔で「申し訳ございません」と謝りつつ、どんどんレジに打ち込んでいく。
文章なので分からないと思いますが、結構なスピードで打っております。
レジのバーコードを拾うアレ(スキャナー)が追い付かなくて読み取らないくらいに。
早く読み取ってくれよ!!
しかし、頑張って最速でやろうとしていても、ババァの怒りは収まらない。
「…あぁ、もう!遅いわね!!他に店員はいないの!?」
「申し訳ございません。今は二人でやっておりまして、もう一人はあちらでレジをしておりまして…」
いつの間にかフライヤー室を出た榊くんは隣のレジでお客さんの対応中。
そして、休日出勤の店長は裏で面接中。
私は必死でレジを打っている。
これって、仕方ないことだよね?
これ以上はちょっと無理があるよね??
さて、ここで問題です。
ババァはこの後、榊くんの方のレジまでスタスタ歩いていき、とある言葉を言い放ちました。
その言葉とは一体なんでしょう?
ヒントは信じられない言葉です。
正解はコチラ☆↓
「他の人はいいから、早くこっちに来て私のレジを終わらせなさいよ!!」
……。
えぇぇぇぇ。(二回目)
え、マジで何この人?
こんな自己中、いるんだ!
もしやあれ?私は神様!とか思っちゃってる感じの人なのかしら??
マンションのオーナーがそんなに偉いのか!?
金持ちがそんなに偉いのか!?!?
そうなのかぁぁ!?(怒)
多分だけど、まだ各国総理大臣とか石油王とかの方が余程謙虚だと思う。
会ったことないからわかんないけど。
人生、21年。コンビニバイト歴、3年。
こんな人、初めて見ました。
ごめん、榊くん。
私の勇姿を見よ!とか偉そうに言ってしまったけど、前言撤回。
私にもこれは無理です。
この間の酔っ払い+認知症の佐々木のおじちゃんの事件の方が全然よかったわ。
むしろあれは天国だった。
佐々木のおじちゃん、難易度ハードとか言っちゃってごめんね。
ちなみに、あれから何回かうちに来ちゃった佐々木のおじちゃんはもう施設に入ったんだって。
そして、佐々木のおじちゃんの娘さんは今やこの店の常連さんで、今榊くんの方のレジに並んでる。
「大丈夫?」って顔してこっち見てる。
心配して頂き、ありがとうございます。
あまり大丈夫じゃないかな。
まぁ、それは置いといて。
遂に榊くんに「早くこっちのレジやりなさい!」って文句を言い始めたババァ。
困っている榊くんに、「いいよ。向こうやってきて」と気を使っているお客さん。
これはもうダメだわ。
ババァ、追い出すか。
営業妨害だし、何より周りに迷惑かけすぎ。
これはもう、出禁案件だわ。
ただ、そんなことをいちアルバイトである私がそんなことを出来るわけがなく。
なので、ごめんなさい。
カモン!休日出勤の店長!!
ごめんなさい、面接中のアルバイト希望の方!
心の中で謝罪をしつつ、
店長を呼ぶべく、事務所のドアを開けようとした所でまさかの店長出てきた。
「うわっ!」
「あれはもうダメだな」
「えっ?」
「防犯カメラで見てた。もうあれは出禁案件だな」
…………。
見てたのかよ!
面接はどうした!
そして、見てたならもっと早く助けてくれよ!!
私もう限界だよ!!!
「何か喚いてるババァがいるなって、河井と見てた。…っていうことで、追い出してこい」
「何で私なんですか!?店長やってくださいよ!!」
「お前なら大丈夫だ」
「とか言って、あの佐々木のおじちゃんの時、私散々な目にあったじゃないですか!」
そんな、二人で不毛な言い争いをしていると。
「いい加減にせぇや!」
という怒声が聞こえてきた。
あのババァか?…と思ったが、今の声、男だったよな…?
「さっきから文句ばっかり垂らしやがってよぉ!周りの事をもっと考えろや!このくそババァ!!」
「…おい、篠原。あれは俺の幻覚と幻聴か?」
「いえ、あれはどう見ても…」
「「怒り狂った榊だよな(ね)…」」
えぇぇぇぇ!?
どうしちゃったの、榊くん!?
あの、いつもニコニコ笑顔の天使の榊くんが、怒り狂ってカウンターから身を乗り出しちゃってるよ!?
「なっ、なんなのよ、あんた!?何私にキレてんのよ!客にキレたりして、そんか事許されると思ってんの!?お客様は神様でしょう!」
「何がお客様は神様だ!店員は奴隷じゃねぇ!!客も店員も同じ感情がある人なんだよ!!」
そう言いながら榊くん(だよね…?)がババァの胸ぐらを掴みそうになったので、
「榊くん、よく言った!でも暴力はダメー!!」
私は必死に止めに入った。
「離してください!篠原さん!!俺はこのババァを痛い目に合わせないと気が済まない!!」
「気持ちはわかるけど、手を出したらこっちが悪くなるから!!出すなら口だけにしなさい!」
「そうだぞ、榊!口ならいくらでも出せ!!」
あ、店長。多分今あなたは出てこない方が…。
「っていうか!あんたは本当に店長ですか!?」
ほら、飛び火した。
「さっき、篠原さんと話してるの聞きましたけど!女性に行かそうとするなんてあんたそれでも男か!!」
「さ…榊…」
「榊くん!本当によく言ってくれた…!!店長になら手を出してもいいよぉ」
「よくねぇよ!!」
「じゃ、遠慮なく!じゃ、店長!歯を食いしばって!!」
「やめろ!榊!!手を出すな!!…ぎゃーっ!!」
「…っ、本当に何なのよ!この店は!!」
あ、ごめん。ババァの事、一瞬忘れてたわ。
悲鳴に似た怒声とカウンターをバン!と叩く音でババァの存在を思い出した私は、榊くんにアッパーをかまされる店長を横目に見ながらババァの方を見た。
ババァはドラマの悲劇のヒロインかってくらい戦慄いていた。
「何もちゃんと出来てないし、挙げ句お客様に向かって暴言を吐くなんて…信じられないわ!」
あ、今、折角収まりかけてた榊くんの怒りスイッチがまた入る音がした。
「あんたみたいな常識知らずがいるなんて、本当信じられないな!」
「はぁ!?私が常識知らずですって!?あんたたちみたいな若造に言われたくないわよ!世間の事を何も知らないくせに!!」
「それを、あんたみたいないい年した世間知らずのババァに言われたくないね!」
「はぁぁぁ!?」
いけー!榊くん!!
…何て思ってる場合じゃないか。
さっさとババァ追い出さないと、周りのかたの迷惑になるよね…。
「あのー、すみません」
私は意を決して榊くんと言い争っているババァに声をかけた。
「何!?」
「篠原さんは下がってて下さい!」
やめて、二人して睨まないで。
特に榊くん、怖いから…。
でも、私が言わないと延々と二人で言い争ってそうだから、私が行かないとね!
店長はそこで血ぃ吐いて倒れてるし。使えねぇ…。
「すみません、お客様。周りの方のご迷惑になりますので、ご帰宅頂いて宜しいでしょうか?」
「は?あんたまで何なのよ!それより、早くこの男をクビにしなさいよ!!お客様に向かって暴言を吐くなんて、店員失格よ!?」
怒鳴るババァに対して、私はニコッと笑った。
「お言葉ですが、お客様。彼をクビには出来ません」
「何でよ!ほら、早く謝らせなさい!!そして辞めさせなさい!」
「彼の言っていることは一切間違っていませんから。間違った事を言っていないのにこちらが謝る必要なんてありません」
「はぁ!?何言ってんのよ!」
「申し訳ございません。日本語が通じませんでしたか。では、簡単に申し上げますね。
迷惑だから早く帰れって言ってんだよ!!」
「なっ…本当に何なのよ!この店は!弁護士に訴えてやる!」
「それならご勝手にどうぞ。ただ、ヤクザの身内を敵に回したりしたら…どうなるのか、わかっていますよねぇ?」
「はっ?」
「明石組…聞いたことぐらいあるでしょう?」
私がそう言うと、ババァはガタガタ震えだした。
「なんで、こんなとこに…!?」
「まさかコンビニで働いているなんて思ってなかったでしょう?世の中、どこにどういう人がいるか分からないんですから、態度には気を付けなくてはいけませんよ?」
「な…ぁ…っ」
「私の父にかかれば…あんたのマンション潰すのなんて、朝飯前何ですよ?」
徐々にババァの顔がひきつっていく。
そこに私はとどめをさした。
「さぁ…今ここで謝って出ていくか、このまま暴言を吐き続けてマンション潰されるのか…どっちがお好みですか?」
「もっ…申し訳ありませんでした!!」
ババァは逃走した。
ちっ、最初からこの手を使えば良かったな。
チラッと榊くんの方を見ると、必死で笑いを堪えていた。
「榊くん…」
「あっはははは!もうダメです!」
榊くんは突然腹を抱えて笑だした。
「どうしたの?」
「だっ…だって、篠原さん、本職の方の娘なんて嘘でしょう?」
「半分嘘で半分本当だよー?」
「えっ!?」
「私じゃなくて、店長だけどねー」
「…え?」
「見えないでしょ?あれでもヤクザの息子なんだよー?」
「……えぇぇぇ!?」
まぁ、そりゃ驚きますよね。
全くそんな感じないですもんね。
ただのダメオヤジにしか見えないもんね。
私も最初知ったときは驚いたよ。
2年くらい前に1回、いかにもヤクザです!って人が「若!組長が倒れました!!」って店に飛び込んで来たときに「え?」ってなって、その後あちゃーってなってた店長に聞いた。
実はヤクザの組長の息子で、でも「てめぇはヤクザに向いてねぇ!ヤクザになれねぇやつはこの家にはいらねぇ、出ていけ!」って追い出されたらしい。
だから、縁切られたからもう完全に関係ねぇから気にすんなって言ってた。
私は私で「まぁでも、ヤクザの若であろうが何であろうが店長が店長であることに変わりはないでしょ」って言って、それまで通りに接し続けて、今に至る。
ちなみに、その店長の正体をバラしちゃった組の人は店長にど叱られてた。
…組長が倒れたの、ただの過労だったらしい…。
そんな事は知らない榊くんはそこで血を吐いて倒れているダメオヤジ店長を恐る恐る見た。
「ヤバイです。僕、ヤクザの息子にアッパー決めちゃいました…。…消される…」
「あはははっ!大丈夫だって。ヤクザの息子って言っても、縁切ってるみたいだしさ。じゃなきゃ、こんなところで働いてるわけないでしょ?」
「そ…そうなんですか?」
「そだよー。だって考えてもみなよ。アレでヤクザの息子が務まると思う?」
「…無理ですね」
「でしょ?」
ヤクザの欠片もないもんね、店長。
もし縁が繋がったままだったら、あんなボロアパートに住んでるわけないしね。
「いやぁ、でも到底信じられないです。だって店長、ヤクザが大事にする仁義とか任侠とかそういうのに無縁じゃないですか」
「言えてる」
だから榊くんにアッパーかまされた訳だしね。
縁も切られるわけだな、うん。
「さて、まだ問題は色々あると思うけど、取りあえず営業再開しようか」
「あ、そうですね」
ご迷惑をお掛けしてしまったお客様に
「ご迷惑をお掛けしてしまい、大変申し訳ございませんでした」
と謝罪をして、営業再開した。
怒られる事を覚悟していたが、有り難いことに
「兄ちゃんと姉ちゃん、かっこよかったな!」とか
「あんな迷惑な人もいるのねぇ…大変ねぇ。頑張ってね」などと温かい声をかけて下さる方が多かった。
面接を途中で中断されてしまった河井くんも
「マジかっこよかったです!よりここで働きたくなりました!!」
と言って帰っていった。ありがとう。
こうしてACマートに再び平和が戻ってきたのでした。
そこで転がったままの店長は放っておこう。