幸せだった日々 3
「では、以上の通りでいいですか?」
「いいと思います」
「そうね。問題ないと思うわ」
「この方向で対策を立てておこう。皆、くれぐれも気を抜かないように」
ふわっと4人の回りにあった風の壁が消え、各々はいつも通りの生活に戻る。
(それにしても、最近は宗教関係の事件ばかりですね)
ここ最近に解決してきた事件を思い返してみると、宗教関係の事件が多かったとフィレアは思う。
振り返っていると、ある話が頭に浮かんできた。
(そう言えば……今日はダリューク様が来てくださる日でした!)
「ルビア!今日はダリューク様がいらっしゃる予定のはずですが、あの……何時頃でしたか?」
「はぁ、お嬢様。先日行った案件で忙しかったとしても、婚約者の訪問を忘れるとは………さすがにそれはない」
「そ、そんなこと言わなくていいではないですか!……本当に、本っ当に忙しかったのですから」
やれやれと言うように肩を竦めてからニヤと笑うルビア。
「知ってますよ。それと、ダリューク様ですが……もういらしてますよ?」
「ル~ビ~ア~!もっと早く言ってくださいって、いつも言ってますよねっ!?」
「ふん。あの王子には待たせるくらいで十分だよ」
婚約者との約束をすっかり忘れていたフィレアは急いで走っていくのだった。
◆◆◆
フィレアは急いで人と会う用の服に着替え、ダリュークといつもお茶をする庭へ小走りで向かう。
ダリュークがフィレアに会う時で、事前に知らされていた場合、彼は何故か毎回疲れているとフィレアは確信している。
フィレアが気になって本人に聞いても、のらりくらりと躱されて答えない。
「どうしてだろう」とフィレアがルビアに聞いたところ、「……連日夜の仕事で疲れてるんだよ。早く女に刺されて死ねば良いのに」何て言ったそうだ。
「夜までお仕事をしているなんて……凄いですね」と素で返したフィレアもある意味すごい。
「ダリューク様、お待たせしてごめんなさい」
「フィレア、そんなに慌てなくていい。今日も本当に可愛いな」
自然な動作で手を取って手袋の上から口を付ける。
彼はダリューク・セメリア。この国の第1王子。
王妃譲りの金髪。目元は国王にそっくりで、瞳はセメリア王族特有の紫に輝いている。
また、セメリア王国は6人の王子と7人の王女がいて、全員美形。
だが、その中でもダリュークは結構目立っていた。
もちろん、継承位が高いという意味もある。
だが、彼にはこんな噂がある。
『爽やかな笑顔で何人もの女の子を泣かせた』、『同年代だけでなく幼女や熟女も囲ってる』、『陛下直伝の技を受け継いだ』などなど。
第一王子は15歳でありながら、女たらしで有名だ。
婚約後そんな出来事はフィレアの知るところでは無く、「婚約する前だって線引きはきっちりしていた」というのは本人の言だ。
最近はフィレアを溺愛しており、それは日々悪化(?)しているように見えるとか。
「からかわないでください」
「ごめんな、フィレア。でも、お前は可愛い」
「反省してないではないですか!……はぁ、ルビア。紅茶を入れてもらえますか?」
毎度のことながら、「可愛い」と連呼してくるこの残念なイケメン王子にフィレアはため息を漏らし、ルビアに紅茶を注いでもらう。
「ダリューク様、この前の件ではありがとうございました。何かお礼をしたいのですが」
「別にいい、畏まらなくても。私はお前が側に居てくれるだけで幸せだ。……だが、どうしてもお礼がしたいというなら、膝枕をしてくれないか?」
「……そんなことでしたら」
(ちっ、あの王子……滅びればいいのに)
しょうがなく了承するフィレアを見て、少し離れた所で待機しているルビアは思う。「あいつ、殺ってやろうか」と。
ルビアのフィレア溺愛度はダリューク以上に高い。
この日は城から迎えの者がくる昼まで(ダリュークが一方的に)イチャイチャしてた。
流石のルビアもこれ以上ダリュークが帰らなかったら――自国の王子暗殺計画を練り終えてしまっただろう。
◆◆◆
「フィレアさまー!これをよんでください!」
「ずるい……これも!」
「あっ、やめろよチビたち!フィレアさまが困ってる!」
「み、皆!全部読むので待って下さい!」
「そこでしゃがんでは服が汚れてしまいます!立ってくださいお嬢様!」
「ルビア姉がおこってるー!」
「あはは、おこられてる~」
「おじょうさま!しゃがんじゃダメだってよ?」
「でたっ!ルビア姉鬼もーどだ!」
「こら!皆!フィレア様とルビアさんが困っているでしょう。おやつがあるからこっちに来なさい!」
今、フィレアとルビアはある孤児院に来ていた。
公爵家のお屋敷から遠い、貧民街にあるこの孤児院は、ルビアには縁のある場所だ。
この孤児院はルビアの暗殺者時代、フィレアを襲う事前準備をしに帝国から来た時に、孤児院の院長モルが野宿していたルビアを見かねて保護されていた場所。
公爵家に捕まったと聞き、彼は幼いルビアの為に必死に頭を下げた。
その時、フィレアはルビアが罰せられそうなことに気付き、結局ルビアはフィレアのメイドになった。
最初はそんな繋がりだったが、フィレアとルビアはそれとはあまり関係なく、この孤児院に2ヶ月に1、2回遊びに来ている。
子供達はたまに遊びに来るフィレアとルビアを姉と思って慕っており、フィレアとルビアは身分に関係なく慕ってくれる子供達を日々の癒やしとしている。
モルはその状況に青くなったり、白くなったり顔色が忙しくなるのだが、それもご愛嬌というものだろう。
「いつもありがとうございます。お二人には感謝してもしきれません!この前の敷地を取り囲む不審者防止用の結界だって、無償で提供してもらっちゃって」
子供たちが全員無事、おやつに夢中になっているのを確認してから、頭を下げるモル。
「いいのです。この国の未来を担う子供たちが攫われないようにするのに、必要なことですから。………それに、無償でと言っても準銀貨6枚程の一般的なものです」
「……それでも、ありがとうございました」
モルは頭を下げた。
しかしこの時、モルがどんな顔をしていたか、フィレアは知らない。
その後、子供達と遊び、読み聞かせをした後、フィレア達は屋敷へ帰った。
フィレアの婚約者・セメリア王国第1王子
ダリューク
孤児院の院長
モル