幸せだった日々 2
朝の支度が終わり、フィレアはルビアを連れ、急いでダイニングに向かう。
ダイニングの扉を開けるとそこには美男美女がいた。フィレアの父と兄、母のアリアである。
家族は既に全員集まっていて、フィレアと待たせてしまったとため息を吐きたくなる。
「おはようございます!お父様、お母様、お兄様」
「おはようございます、旦那様。奥様、若様」
フィレアは自分の椅子に座り、ルビアは扉の少し横に立つ。
「ああ、二人ともおはよう。……フィア、今日は早いんだね」
「ヒュー兄様、その言い方はひどいと思います!そう思いませんか、お母様?」
「ふふふ、そうね、ヒュース。あまりフィアをいじめないでね?」
(まったく、母上はフィアに甘いんだから)
フィレアに少し……いや、かなり甘いと思われる自分の母親の様子に肩を竦めて視線をフィレアからイザンに向ける。
「おはよう。今日も元気そうで何よりだ。会議を始めよう。【風のいたずら 仕掛けの合図】」
と、イザンが魔法を使い、空気が引き締まった。
「ところで父上、無詠唱でなくわざわざ詠唱してまで強化した【風のいたずら】を使うとは……今日はどういった案件なのでしょう」
「宰相殿から、マドレード教会の仕業とみられる動きがあったと話を聞いた。明後日からの始まる神話終戦祭の3日目。つまり最終日に『女神が降臨する』という噂が広がっている。その影響で、ルガナ教会からの反発が強く、祭の期間中に何かことが起こるかもしれない」
実はユーラスト公爵家、この国で建国当時からあり、王家とも深い関わりを持つ、由緒正しい大貴族。イザンは国王の側近で毎日忙しい生活を送っているはずである。
「なっ!それは……祭の最中に教会同士の抗争が起きると?」
「ああ」
「そんな!それでは民に被害が出てしまいますわ!」
「お、落ち着いてください、ヒュー兄様、お母様!わ、私も出来ることをしますから!」
ヒュースとアリアは落ち着けと言っている相手よりも慌てるフィレアを見て段々、普段の冷静さが戻ってきた。アリアは苦笑する。
「…………ふふ、フィアを見ていたら何だか落ち着いてきたわ」
「…………本当ですね、母上。フィアのこの慌てぶりを見てると逆に冷静になれますよね、」
「そ、それはどういうことですか!……もうっ」
◇◇◇
マドレード教会とルガナ教会の水面下での抗争は、この世界『エデン』の歴史と深い関わりがある。
始まりは何千年前、この世界には様々な神々がいた。
世界には3つの大陸があり、存在する全ての種族が神々からの寵愛を受け、良き隣人、この世界に生きる友として暮らしていた。
まさに『楽園』。
しかし、神々が気まぐれで特定の誰かに加護や武器、力を与え始めたことで、その『楽園』は崩れ始める。
神の力を与えられたことで驕り、怠け、他の人々を支配しようとする者が現れた。
それを見た一部の良からぬ考えを持つ神々は人々を誘導し、狂わせ、争わせた。
人は出過ぎた力など、持ってはいけなかった。
人々がそう気がついた時には、なにもが遅かった。すでに戦禍の渦は世界中に広がり、人と人、神と神での戦いは激化した
そのなかで、戦争を止めようと集まった善き神々がいた。そのなかで最も高位であり、善き神々を率いていた神ルガナ。のちに神王と呼ばれ、その力は底を見せなかった。
ルガナの率いていた神々のなかで、ルガナの次に高位の神々は6柱いた。
緑の神ソルトス、水の神ミラスト、火の神ヌゼ、風の神フノリア、地の神ガイレス、愛の神マドレード。
神は戦った。大陸に巨大な穴が空き、そこには海水が入った。大地は割れ、川になり、いくつもの美しい湖が干からびた。精霊は全てに敵対し、魔物や魔族という訳の分からないものすら出てきた。
それは人の力では何をしても抗えるものではなかった。
善き神々が居なければ、世界は今でも形を変え、戦争と混沌に満ちていただろう。
善き神々は悪しき神々を封じ、誘導されていた人々を解放した。そして、荒れた大地を開拓し、また全ての人々が『楽園』を築き、繁栄していって欲しいと願い、自らも眠りについた。
しかし、元に戻るにはこの大戦は多くのものを傷つけすぎた。
大切な人や家族、自分達の国や思いでの場所。共に笑い合い、手を取って暮らすためには、それがなければ話にならない。悲しみや切なさ、憎悪、それらの感情が遠い昔の輝かしい過去を記憶の奥底に葬った。
神々が居なくなっても種族争いは続き、大切な物を失った憎悪憎悪は心の底で受け継がれる。
そして、この神々と人々の大戦の詳細は古い古い文献にも、ほとんど遺されてはいない。
その結果、多くの人々は善き神々が悪しき神々と戦い、2つの大陸が消滅し、豊かだった頃の文明がほとんど滅び、異種族間での争いが絶えないこと。また、その頃から魔族や魔物の出現しだした、ということしか知らない。
『楽園』は世界の記録からも、完全に無くなってしまった。
◇◇◇
宗教のなかで人間族に信仰されているのは主にルガナ教。
だが、数百年前からマドレード教が人間の国々の間で広がっていて、今や侮れない勢力になっている。
マドレード信者曰く、神王はルガナではないしましてや他の神々ではない。慈悲深く、心優しいマドレード様なんだそうだ。
マドレード教の方には像や聖書があるらしいが、ルガナ教はそういったものを一切公表していない。
そういう点もマドレード教が進出してきた理由かもしれない。
ルガナ教や他の宗教も自らが信仰している神が貶されるのは耐え難い。
しかし、付近の人間国家はルガナ教会以外の教会の勢力が弱く主にマドレード教会に表だって不満を申しているのはルガナ教会くらいだ。
そのため、マドレード教会とルガナは教会同士や信者同士でたびたび抗争が起きている。
一般的にマドレード教の信者は狂信者とも言われており嫌われものだ。
もしも、マドレード信者の前でマドレードを貶したりしたならば、翌日にはその者の家は燃やされているだろう。
犯人の信者は捕まるのだが、一向に宗教関係の犯罪は消える気配はない。
どの国も危険な宗教をマークしていることが多いが、その網をくぐり抜けるものはいまだいる。
(マドレード様自身は人気なのに、どうしてでしょうね)
そんなことを思いながら、これらのことを公爵令嬢教育として知っているフィレアは、これからどう行動するべきなのか、より良い結果を出せるように考えるのだった。
ちょっとしたこの世界の歴史を少々書いてみました。