神話終戦祭 5
遅くなってすみません!
「リヤス様、そろそろですねぇ」
「ああ、始めるぞ。ルガナの使者に天罰を! 共に女神の救済を!!」
「「共に女神の救済を!!」」
昼前、リヤス達が行動を開始した場所は表通りから少し外れた道の入り組んだ路地裏だ。
リヤス達はルビアが対峙したワビス達と同じような武装をし、路地の壁に打ち付けてあった板を剥がし、その奥に姿を消した。
◇◇◇
(ジーアスさんにも一応、依頼をしておきたいです……)
フィレアは王城でイザン達と話した後、二人の護衛を連れて、そこから直接とある場所に向かっていた。
「そういえば、二人に護衛してもらうのは久し振りです! 最近は屋敷でも見かけませんでしたが何をしていたのですか?」
ルビアの代わりの二人の護衛、デリーとナルガは、ルビアが専属になる前によくフィレアを護衛していた。今でも、ルビアが居なくない時や公式の式典の時などにフィレアを護っている。
二人は夫婦で共にユーラスト公爵家の古参の使用人であり、ルビアの体術の師匠でもある。
屋敷の使用人は多少の戦闘が出来るが、ルビアやこの二人は特別強い。
フィレアが幼い頃の二人の日課は、送られてきた暗殺者の返り討ち。ちなみに、襲って来たルビアを返り討ちにしたのもこの二人。
二人は使用人だが、第2の親、家族の様にフィレアは思っており最近会えていなかったのは寂しかったのだ。
「……旦那様からのお仕事を頼まれましてな。少々離れておりました」
「そうですか……」
(わざわざ二人に頼む仕事とは何だったのでしょう? 私は聞かされていませんでしたが……)
「……そんなことより! お嬢様、本当に着替えずに行くのですか!? もしマントが脱げてしまえば、そのお召し物が目は立ち過ぎますわ!! 冒険者はいくらお嬢様といえど、用心しないといけません!」
「デリー、だからです。私はマントを脱ぐつもりはありません。ですが、最悪私が公爵令嬢として行けば、ギルドも下手な対応はしないでしょう? それに、貴族からの依頼を貴族本人が頼みにいけば、それだけ重要という事を分かってもらえると思います。民の命にも関わるのですから! やれることはやらないといけないのです!」
「確かにごもっともですが、お嬢様はもう少し貴族の自覚、公爵令嬢としての自覚を持ってくださいまし……」
「はははっ、相変わらずですな、お嬢様。ですが、デリーも心配して言っているのです。それに、冒険者は荒くれ者も多いです。我々がいますが、どうか気を付けて下さいな」
「うっ……そうですね、少し熱くなってしまった様です。それはそうと二人とも、今からギルドに入ります。私はフードを被っておきます。多少絡まれるかも知れませんが、頼りにしてますよ!」
「「勿論です(わ)!」」
◇◇◇
冒険者ギルド内では貴族のルールは通用しない。貴族だから優遇しろ、と言うような貴族がたまにいるが、そういう類いのものは一切受け付けない。
依頼として王族や高位貴族を優先することはあるがあくまでも優先であり、何でも出来る訳ではない。
冒険者ギルドはどんな国にも支部があり、もはや国に無くてはならない存在だ。敵に回せば、どんな国よりも恐ろしいだろう。
また、最大の特徴が異種族も冒険者として活動出来るということだ。冒険者ギルドは神話大戦後、いつの間にか出来ており、その成立は謎に包まれている。
異種族の冒険者の中でも、有名で人気のある者もいる。
セメリア王国は異種族に対して友好的ではない人が多いが、隣のロビン公国では一部の種族が受け入れられており、異種族間での結婚も認められているそうだ。
◇◇◇
「指定依頼を頼みたいのですが、その前にジーアスさんを呼んでくださいませんか?」
「はい? あなたがギルドマスターを? すみませんが名前を教えてください。今日はギルドマスターに面会のご予定は無いはずです」
「名前を教えなくてはいけませんか? 緊急の用事なのですが……」
冒険者ギルドに入り、真っ直ぐ受付に向かったフィレア達だったが、名前を告げるつもりななく、告げても会えない可能性もあるので、少し手間取っていた。
「まあ、教えてもらっも、あなたが気軽に会えるような方ではないんですよ。だかーーっ!?」
(な、何だ!? この殺気は!!)
この受付けの男は相手を見下す癖があり、冒険者達からの評判も悪い。そのくせ上司には媚を売る。
フィレアが少女で、しかもフードで顔が見えなかった事。それがこの男を侮らせ、失言してはならない相手に失言してしまったのだろう。
普段冒険者の近くにいて殺気に慣れているはずの男を怯えさせたのはフィレアの後ろにいたデリーとナルガだ。
二人もフードを被っていたが、男は二人が発した殺気だということに気がついた。
突然言葉を止め、顔を青くした男にフィレアは驚き、不思議そうに首を傾げる。実は、自分の護衛が男に集中的に殺気を浴びせたなんて、想像もしていない。
「……大丈夫ですか? それで、ジーアスさんの件ですがーーー」
「ーーーおい! 何だ今の殺気は!! どこのどいつだ!」
バンッと受付けの横の扉が開き、そこから険しい顔をした赤茶色の髪の中年の男が剣を片手に持って出てきた。
それを見た者達は受付に響いた大きな声に驚いた。
「って、ジーアスさんかよ。何です? 殺気って、特になにもなかったですけど?」
そうビールを飲んでいた冒険者が言って、ガハハと笑いが起きる。ジーアスはポカンとしてから、徐々に顔を柔らかくし、苦笑して頭を掻く。
「ほ、本当か?……そ、そうか。気のせいか、この祭は何か起きる気がしたんだが……じゃあ、俺は仕事に戻る。何かあったら呼ぶんーーー」
「ーーま、待ってくださいッ、ギルドマスター!! コイツらですッ! コイツら三人が、お、俺のこと殺そうとしましたっ!!」
受付けの男が受付の窓口を飛び出てジーアスに駆け寄り、フードを被ったフィレア達を睨みつけながら指差し、そう言い放った。
それを聞き、ジーアスは深くフードを被ったフィレア達に慌てて目を向ける。
「……そこの者達、今すぐ全員フードをとって、武器を床に置き、話を聞かせてくれ」
ジーアスが言ったその内容にその場にいた者は剣呑な空気を感じ、気を張り詰めていく。
そんな中、フィレアは突然、見に覚えのない事を言われ、指を差され、殺人未遂犯扱いされ、とても不快に思い、言い返した。
「何を言っているのですか! 私も後ろの二人もそこの人を殺そうだなんて物騒なこと、考えてもいません!! 私達はジーアスさんに話があって来たのですッ! 今はあなたの作り話に構っている暇はありませんが、今すぐに己の非を認めて謝罪しなさいーー」
「え、その声はまさか」
「ーーお前らが俺のこと殺そうとしたんだろ! ったく、小娘如きが冒険者に依頼なんて、自分で金稼げるようになってから言えっ! ジーアスさん、早くコイツら騎士に突き出しましょう!」
デリーとナルガは自分達が殺気を向けたことから始まったので冷や汗をながして黙っていたが、流石にこの言葉にはキレた。
デリーがフィレアの前に出て、屋敷の貸し出し用の戦闘グローブをギルドにはいる前に着けた手でゴキッと指を鳴らす。
「この男ッ!お嬢様になんてことを!! ジーアスッ! あなたも何か言うことがありまーー」
「ーーオンナぁ! ジーアスさんを馴れ馴れしく呼び捨てにするなっ! この受付ギバ様が許さないぞ! 早く奴らを突き出しましょうってジーアスさんっ!」
「おい、ちょっと……!」
「貴様ぁ!! ……妻と主人を馬鹿にされて黙っていては夫としたも使用人としても失格ですなぁ……ははは、これ以上は見過ごせませんなぁ。まさかこんなことで友情に傷が入るとは……情けなくて涙が出てくるなぁ、ジーアス? こいつが本当にお前の部下だとしたら、お前のB級時代のあれやこれやの情報を匿名でっ! 明後日の第千七百五十六回ッ【赤き風ファンクラブ】に流しておくからなッ!!」
「おほほ、そうですわねぇ、それは最っ高ですわっ! ナイスアイディアですわ、ナルッ!! 愛してますわっ!」
「やっぱりお前達か、そうかそうか……って、やめろッ! それだけはやめろぉッ!! あのファンクラブの悪夢を思い出させるなっ! あ、ていうことは!? そこにはいらっしゃるのはーー」
ジーニスはようやくデリーとナルガの一歩後ろにいる人物の正体により思い当たり、ハッとして顔を引き攣らせる。
その当の人物は時間がないのにも関わらず、こんな騒ぎになったことにかなりイラッといていた。
なので、騒ぎした本人を不敬罪で処罰するついでに、先日からの『探し物』も見つかったので、この騒ぎを早く切り上げることにした。
「ふ、ふふ、ふふふ……時間が、ないと、さっきから、言っているんですよッ!! 冒険者ギルドセメリア王国王都支部受付け担当職員バキ。これより、ユーラスト公爵家令嬢フィレア・ユーラストへの不敬罪。並びに、闇市麻薬取り引き仲介に関与していた罪により、騎士団に突き出しますッ!! 確保ッ!」
「「はいっ!」」
デリーとナルガが飛び出し、ナルガが床に押さえつけ、デリーが受付の裏にあった縄で縛る。
その早業に周りで見ていた古参の冒険者の一人は思い出す。
(そういえば……あの小さいマントの声どこかで聞いたような気がする……)
「なっ! 俺は不敬なんて働いてないし、そもそも貴族になんて会ってない!」
(何でこの小娘はこの前の麻薬取引の件を知っている!?)
「馬鹿者っ! まだ分からないのか! このお方がフィレア・ユーラスト様だ!」
「何!? ……この娘があの、フィレア様!?」
(そうだ! あれはフィレア様の声だ!)
場は騒然とした。そう、フィレアはかなりの人気がある。
次期王妃であり、とても美しく、優しい心を持ち、常に笑顔が絶えない。民の間では国の宝とまで言われている。
(はぁ……バレてしまいました……)
フィレアはせっかく正体を自分から明かさなかったのにバレてしまったと言う事実に内心、溜め息を吐く。
「ジーアスさん。後は騎士に頼んでおきましょう。それで、お話があるのですが」
「ああ。じゃあ、こちらへ」
そう言って先程ジーアス自身が出てきた扉を開けた。