8話 模擬戦開幕
遅くなりすみません。
ルーナによりレインとシアの模擬戦の幕が切って落とされた。
今回の模擬戦は魔法、飛び道具何でもありの試合方式である。 互いに決定打が決まるまでは例え手足が切り離れようとも試合は続行される。
普通ならこの様な条件を模擬戦とは言わないだろう。 ここまで来てしまえば最早決闘だ。
しかし、この様な滅茶苦茶な条件がレインとシアの場合には成り立つ。何故ならこの二人は優れた魔術師なのだ。手足が切り離されるくらいなら片手間で直せる。
さらに、極めつけは二人の模擬戦の審判をしている少女、ルーナだ。 彼女は魔法に関して天賦の才脳を持っている魔法の天才だ。 彼女の魔法は固定概念を払拭した最早奇跡と呼ぶにふさわしいものだ。 彼女なら例え死者でも死後三十分以内なら蘇生が可能なのである。
故にこの様な滅茶苦茶な条件の中『模擬戦』と呼べる決闘が行えるのだ。
「ふっ!」
先手を打ったのはレイン。自身に【身体能力補正】の魔法を使用し、しっかりと踏み込み加速。一瞬にしてシアへ肉薄する。
レインの使用した【身体能力補正】はその名の通り使用者の身体能力を一定時間向上させ、反射神経、筋力、瞬発力、持久力、動体視力、更には五感まで鋭敏にさせるという強力なものだ。
またこの魔法は実にポピュラーなもので魔法を学ぶ者なら誰しも一度は学び、使用することが可能な低コストかつ強力という非常に優れた魔法でもある。
だかその反面、能力の上昇の上限幅が使用者の元の力量に依存するという風変わりな魔法なので、一般的には精々一割二割しか能力が上昇の見込みが無いため、近年廃れ始めている魔法でもある。
しかし、能力の上昇幅が元の技量を基準とするなら武術に長けた武人が使用した際はどうなるだろうか……
それこそレインのような魔法にも剣術にも長けた生粋の武人ともなればその上昇幅は――
疾っ!
一瞬にして自身の間合いに踏み込まれたシアは内心驚愕していた。
(疾い! いつものレインの速さの約二倍!? 幾ら【身体能力補正】を使っていたって二倍まで強化されるなんておかしいわよ!? 全くあの子は一体何なのよ!?)
――正に驚愕的だった。 レインの技量は剣の腕だけの話なら師匠であるシアに迫るほどだ。
しかし、それは剣だけでの話だ。シアは剣よりも魔法を得意とする、本来魔法士だ。 故に剣の腕は拮抗していようとも"魔法"という相手の土俵に立たれてはレインに勝ち目はほぼ無いだろう。
そこでレインは近接戦闘のみで戦う事にした。 その際、剣術で押し負けることの無いように【身体能力補正】の魔法を使用したのだ。
……そしてその効果は覿面だった。 それは使用者であるレイン自身も予想だにしてない程で、正に驚異的だった。
本来なら一、二割の上昇で済むはずのものが二倍まで上昇するのだ。 驚異的としか言い様がないだろう。
しかし、それはレインにとっては嬉しい誤算であり、事実シアは一瞬、レインに反応できずにいた。
その反応はレインを前にしては致命的だ。
自身の間合いにまで接近されたシアは咄嗟に剣を振るおうとするが急遽振るわれた雑な剣などレインに通用する訳もなく、軽々とシアの袈裟斬りを弾き返すとその反動を利用し、大きくためを作った上段からの唐竹を振るった。
轟ォォォォ!!!
シアを起点に爆音が訓練場内に響き渡り、凄まじい衝撃となって壁に打ち付ける。 シアとレインが接触し発生した衝撃音の爆心地には浅いクレーターが出来ており、その衝撃の凄まじさを物語っている。
「きゃぁぁぁぁ!!!!!」
訓練場内にルーナの悲鳴が木霊する。
「模擬戦に熱中するのはいいですけどルーナの事も考えてくださいよぉぉぉ!!!!」
突如響き渡った爆音と衝撃に審判として二人の試合を見守っていたルーナは悲痛な叫びあげ、その惨状を作り上げた二人に対し、抗議の声を荒らげる。
そんなルーナの叫びはつゆ知らず、その惨状を起こした二人は獰猛に笑い合い、互いを讃えあっていた。
「もぉ!!!少しは手加減しなさいよ!!!!もし、お母さんじゃなかったら死んじゃってんだからね!!!!」
「…流石母さん。これを受け止めるのか…。……いや、今の一撃はあの体勢で打てる最善の一手だった…。 それをまさか普通に止めるとは……。いや、しかし……」
凄まじい衝撃とそれによって巻き起こった砂嵐が晴れると、そこにはシアに唐竹を今にも打ち付けんとするレインの姿とそれを光り輝く壁で防ぐシアの姿があった。
シアの作り出した光の壁の正体は、自身の魔力を壁として使用する【魔法障壁】という魔法で、魔術師が使用する防御系魔法の中で最も使用されている魔法だ。
この魔法は基礎魔力量に依存しており、基礎魔力量が多ければ多い程厚く、大きな障壁を展開する事が出来る。
シアにもなればレインの一刀も難なく防ぐことの可能な障壁を作り出すことも容易い。
結果、シアはレインの唐竹をくらうことなく防いだという訳だ。
「もぉ!!!冷静に分析してんじゃないわよ!!!全く…… 反省の欠片も感じられないわ…」
「いや、母さんは普通に受け止めてんじゃん。それに母さんがこの程度の攻撃受け止められない訳無いし」
「ふふ、それは素直に称賛として受け取るわ。…そして、これはお返しよッッ!!!」
レインの唐竹を受け止めたシアは魔力障壁の展開を解除すると、勢いの殺された唐竹を大きく上に弾き返すと黒い刀筋を描く袈裟斬りを放つ。
「くっ!!!」
シア。それはレインの剣の師匠である――
――そう、レインに剣を教えた者こそシア張本人なのだ。
故にレインの剣を知り尽くしている者はレインだけで無い。
それが意味する事は一つ。
――如何に高速で振るわれる剣も、如何に研ぎ澄まされた一刀でも、その太刀筋の尽くを知っていれば何ら脅威ではない と……
シアはレインを幼い時から見てきた。 そして、何も力など持っていなかった子供から今の強者としてのレインにまで育て上げた母であり、師だ。
そんなシアだからレインのことは誰よりも知っており、その太刀筋、苦手な攻撃、そして、体の構造から骨格まで、知り尽くしていると言っても過言ではないだろう。
そして、今放った袈裟斬り。
これこそ、レインを知り尽くしたシアが放つ最善手。
腕が上に伸びきっている状態からのカウンターなど体の構造上不可能、そして、レインの得意とする機動力を生かしたヒットアンドアウェイに近いが酷く攻撃的な超連撃も、魔法による防御もその剣の速度の前では不可能。
更に如何に剣を振るおうとシアの教えた太刀筋なら当たるはずもなく寧ろ隙を与えてしまう。
レインを知り尽くしたシアだからこそ繰り出せるレインにはどうやっても不可避の剣技"レイン殺し"。
その一刀が今シアの振るった袈裟斬りだ。
故にレインにこの一刀を回避することは不可能で――
「母さん、俺も日に日に成長してるんだよ?」
疾っっ!!!!
「えっ?」
レインにシアの一刀が刻まれる刹那、シアの持つ黒嵐の軌道がグニャリと右に逸れ、空を切る。
そして、剣を振るったことにより死に体となったシアに――
一閃。
――そこには肩口を切り裂かれたシアと木刀を赤く染め、残心するレインの姿があった――